第15話 追放参謀は作戦を立てたようです
「ひとまず、作戦案が出来上がりました」
如月運送の参戦が決まった数日後。アケカの執務室を訪れた善哉は、開口一番にそう言った。彼の顔には濃い疲労の色があったが、目だけは異様な光をたたえてギラギラと光っている。
「は、早いな……」
そう答えるアケカの顔は、流石に引きつっていた。もちろん彼女は善哉の頭脳に期待して彼へ軍師役を任せたわけだが、それにしても案をまとめるのが早すぎる。感心を通り越して、大丈夫なのかと心配になってくるのは当然の真理だった。
「これでも、時間がかかった方ですよ。“予習済みの問題”を相手にしている割にはね」
唇を半月状にゆがめてそう言ってから。彼は電子タバコをふかした。。アケカの前でのタバコは控えていた彼であったが、先日アケカ直々に『身共の前では気にせず吸って良い』との許可をもらっていたのだ。
「予習済み、とな」
片方の眉を上げるアケカに、善哉は自分の情報端末を出しつつ頷いて見せた。
「その辺りも含め、ご説明しましょう」
情報端末を執務室備え付けのホロ・ディスプレイに接続し、いくつかの操作をする。空中投影されたのは、同盟領・帝国領全体の星図だ。赤い領域で表示された帝国軍の支配地域が、同盟領の右側を蚕食している。
「今さら言うまでもありませんが、同盟は現在極めて危険な状態です。防衛線を食い破った皇帝艦隊が領内に侵入し、暴れまわっています。獅子身中の虫……いや、虫どころではありませんね。例えるならば龍でしょうか」
そういって、どこからともなく取り出した差し棒で皇帝艦隊を表す光点を指し示した。艦隊は、もと同盟領であったバルカン星系を根城にし、その周囲に散発的な攻撃を仕掛けている。
「龍が腹の中で暴れれば、どれほどの巨獣とてひとたまりも無かろうよ」
皮肉というよりはいっそ呆れているような声音で、アケカはそう言い返す。
「ええ。本来であれば、可及的速やかにこの龍は退治せねばなりません。しかし残念なことに、現状の同盟軍にそれをなす能力はないのです」
「三度やって三度とも負ければな。さしもの身共も、陛下と直接矛を交える愚は理解したよ」
手厳しい指摘だったが、アケカはこれに反論するどころか同意した。現実問題、同盟軍が総力を挙げてもエルヴィーラ率いる皇帝艦隊は倒せなかったからだ。現実を認めないことには、先には進めない。彼女はそう考えていた。
「そういう訳で、正面決戦は論外。ならば、活路は外へ求めるほかありません」
差し棒を皇帝艦隊とは真逆の方向へと向ける善哉。その先には、真っ赤に塗りつぶされた星域が広がっている。
「つまり、陛下を無視して直接帝国領を狙いに行くという事か?」
「ハイ、その通りです。どれほど強力な軍隊であっても、補給を断たれれば枯死するしかありません。糧食程度は現地調達でもなんとかなるでしょうが、弾薬や補修部品といった軍需品は本拠地から運んでくるほかないわけですし」
「確かにその通りだ。しかし……」
難しい表情で、アケカは帝国領と同盟領の境目に目をやった。そこには、艦隊とは異なる星型のマークがいくつも並んでいる。宇宙要塞を意匠化したマークだ。
「当然ながら、エルヴィーラ陛下はそういった作戦にも対抗策を用意している。反抗作戦を仕掛けられそうなルートは、軒並み要塞によって塞がれているぞ」
広大無辺の宇宙では、要塞など迂回し放題のように思える。しかし、それは誤りだった。超光速航行をする外宇宙船にとっては、豆粒ほどの大きさのデブリですら凶器になるからだ。
周囲のデブリや航行する船の位置情報を自動発信する星間灯台の設置と、定期的な掃宙。この二つの作業がなされた安全なルートを星間航路と呼ぶ。この星間航路以外の宇宙を航行するのは、ほとんど自殺行為に等しいとすら呼ばれていた。例外は、新たな航路を開拓する探査船だけだ。
逆に言えば、星間航路さえ塞いでしまえば敵艦隊の動きを大幅に抑止することができる。そのための施設が宇宙要塞なのだ。強靭な装甲と強力な要塞砲に守られた要塞は、艦隊にとっても容易には破れぬ強敵だった。
「しかもこの要塞は、戦時急造品の粗末なものではない。戦前には既に稼働していたフルスペックの宇宙要塞を移動させてきたものだ」
歴代の皇帝はたいへんに猜疑心の強い性格で、諸侯が反乱を起こしても即座に鎮圧できるよう帝国領の各地に強力な要塞を築いていた。これらは同盟軍の反乱でもある程度有効に機能したのだが、帝国軍が優勢になると同時に役割を負えてしまう。しょせん、要塞は防御的な存在なのだ。
しかし、皇帝エルヴィーラはこれらの要塞を遊ばせる気などさらさらなかった。なにしろ、帝国軍は緒戦で大きな被害を受けている。これの再建は尋常なことではなく、しばらくは手持ちの戦力でやりくりするしかない。なんの役割も持たない要塞をその辺に放置する余裕など、現在の帝国軍には存在しないのだ。
そう言う訳で、皇帝エルヴィーラは要塞の有効活用のため新たな計画を開始した。徴発した大型貨物船のエンジンをいくつも連結し、要塞用超光速ドライヴをでっちあげてしまったのだ。自航用のエンジンを得た宇宙要塞は自らの力で新たな緊要地へと移動。同盟軍の反撃を跳ね返すための盾として生まれ変わったのである。
「同盟軍全軍を要塞攻略に動かせば、その間皇帝艦隊がフリー状態になってしまう。……ですね?」
アケカの懸念は、もちろん善哉も理解していた。敵の後背地を攻撃している間に、自らの後背地を攻撃されたのでは割に合わない。それでは、無防備なままただガムシャラに殴り合っているのと変わりないからだ。そのような戦いになってしまった場合、先に倒れるのは体力に劣る同盟の方だろう。
「むろん、それではマズイので手を打ちます。具体的に言えば、役割分担ですね」
そう言って、善哉は端末を操作した。同盟艦隊を表す光点が二つに分裂し、片方は国境地帯へ、そしてもう片方は皇帝艦隊の方へと向かう。
「帝国軍の強みは、強力な個であること。そして同盟軍の弱みは、諸侯軍という烏合の衆ゆえに団結しきれないこと……」
同盟軍は一枚岩からは程遠い状態だ。主要派閥であるクスノキ派とヴァンベルク派はいがみ合っており、部隊間連携すらままならない。同盟軍などと名乗っていても、クスノキ軍とヴァンベルク軍は別の軍隊なのだ。しかも派閥はこの二つだけではなく、大小の諸侯が派閥を形成し日夜縄張り争いを繰り広げている。
一方、帝国の側はそのような内輪もめとは無縁だ。一度滅亡の危機に瀕したことにより、皇帝エルヴィーラの敵対者はみな死ぬか逃げ出すかしてしまった。こうして生まれた強烈な一枚岩体制こそが、同盟軍に対する反撃の原動力になったのだと善哉は分析している。
「しかしこれは、味方を変えれば長所と短所を入れ替えることもできます。皇帝艦隊は、皇帝が自ら率いているからこそ強みを発揮する組織。つまり、戦力を分散して行動させることができません。一方、同盟軍はそのような欠点とは無縁です。むしろ、分散していたほうが真価を発揮することができるでしょう」
ニヤリと笑い、善哉は手のひらに差し棒を打ち付ける。パン、という子気味の良い音が執務室に響き渡った。
「そこで提案するのが、この作戦です。クスノキ艦隊は敵要塞線の突破を目指し遠征。その間、ヴァンベルク艦隊は皇帝艦隊の足止めに集中するわけですね」
「二正面作戦ではないか」
だいぶ困った表情でアケカが唸った。確かにうまくいけばたいへん有効な作戦ではあるが、現実はそう甘くない。二正面作戦は是が非でも避けろなどというのは、脳筋のアケカですら承知している戦術の基本だった。
「要塞攻略も、そして対皇帝艦隊戦も、同盟軍の総力を結集したところでうまく行くかわからぬ作戦だ。それを同時進行で行うなど、正気の沙汰ではないように思えるが」
「普通にやれば、まあ間違いなく失敗するでしょうね」
アケカの反応を完全に予期していた表情で、善哉は頷いた。
「なので、正攻法は使いません。あくまで狙うのは裏口です」
そう言ってから、彼は本命の作戦についての説明を始める。それを聞いたアケカは、顔色を失い絶句する羽目になった……。