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第14話 追放参謀はお目付け役をつけられたようです

「で……結局むこうにしっかり丸め込まれてきちゃった訳ッスか。はぁ、船を出る前にあれほど注意したのに、案の定というかなんというか」


 《いなば丸》の士官用ラウンジで善哉を出迎えた藤波は、開口一番ひどくしぶい表情でそう言った。


「しょうがねーだろ、このままじゃ何か月も……下手すりゃ一年くらい足止めを喰らうんだ。なんとか打開しなきゃマズかろうよ」


 うるせーなこの野郎。そういう口調でピシャリと言ってから、電子タバコを口にくわえる善哉。濃厚なミント蒸気を肺いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐き出す。


「そりゃあ困るッスけどね……自分はもう宮仕えはイヤなんスよ」


 反省する様子もない善哉に、藤波はため息しか出なかった。そして、しかめっ面のまま視線を彼の隣へと向ける。


「で……こちらが例の連絡役さん?」


 そこにいたのは、空色の髪を短く切りそろえた怜悧な美貌の少女だった。当然ながら、その頭にはヴルド人の特徴であるケモミミがくっついている。善哉とともにこの船へとやってきたこの部外者に、藤波は露骨に白い眼を向けていた。


「お名前は? ああ、自分は藤波南海、この船の副船長ッスけども」


「ミゾレ・ウェンライト」


「所属や立場は……?」


「クスノキ家兵術指南役、ウェンライト家五女。同盟軍少佐」


「しょ、少佐。マジっすか」


「まことです」


 藤波の質問攻めに、ミゾレと名乗った少女はAI電子音声のような冷たい調子で答えていく。流石に面食らった藤波が、善哉の隣へソソソと寄ってきた。


「もしかして、クスノキさんの傍仕えの……ユキさんでしたかね。あの人の御姉妹かなにかッスか? 結構、顔が似てますけど」


 彼女の言う通り、ミゾレの顔はユキと瓜二つだ。冷たい表情までよく似ている。初対面の時など、善哉は完全に彼女のことをユキだと勘違いしてしまったほどだった。


「三つ子の妹だってさ」


「おおう……流石はヴルド人。子沢山ッスね……」


 ちょっと呆れた調子で藤波は首を左右に振った。地球人よりもはるかに多産なのがヴルド人という種族だ。この人口増加速度の早さと、優れた身体能力が彼女らを銀河覇権種族へと押し上げたのだ。


「ミゾレのことは、お気になさらず。ただの連絡役ですので」


「アッハイ」


 そりゃあ無理な相談でしょ。藤波は内心そう思ったが、もちろん口には出さなかった。こほんと咳払いをし、視線を善哉に向ける。


「話は戻るッスけど……結局、仕事を受けちゃったんスか? クスノキ様から」


「ああ。まあ、アルバイトみたいなものだな。参謀の手が足りないという話だから、ちょうどいいやと思ってな」


「安請け合いは勘弁して欲しいんスけどね……」


「まあ、いいだろ。やるべき仕事は前職と一緒さ。得意分野だよ」


 電子タバコをふかしつつ、善哉が微笑を浮かべる。


「それに、気に入らない相手もいる。そいつの鼻を明かすのも目的の一つだ」


「リコリス・ヴァンベルク様ッスか。確かに、先輩の嫌いなタイプではありそうッスけど」


 昼食会でのあらましは、藤波にも説明してあった。彼女は何とも渋い表情を浮かべつつ、首を左右に振った。


「それもある。でも、リコリスさんとやらはついでだな。本命は別にいる」


「……本命?」


「アテナ・インダストリだよ。お前も見ただろ? 帝国軍は、あのクソ不愉快な昆虫ヅラをしたストライカーを使っていやがった」


 善哉の拳に力がこもった。それを見て、藤波が眉を跳ね上げる。いや、それだけではない。それまで黙って話を聞いていた、航海長などの幹部陣も一様に表情を険しくする。


「帰りの道すがら、いろいろ調べたんだ。内戦の混乱で、旧帝国領内にあった兵器設計局は軒並み壊滅状態。おかげで、正統帝国も同盟も新兵器は外部から導入するほかない状況になっている。同盟はそれをカワシマ社に求め、正統帝国は……」


「アテナ・インダストリに求めたと」


 苦い表情で、金田砲術長が言う。頷いた善哉が、ちらりとミゾレの方を見た。


「おそらくは。正統帝国がいくつかの地球系メーカーと水面下で接触している、という情報は以前から伝わってきていました。しかし、実際にそれが戦場に現れたのは先の戦闘が初めてです。アテナ・インダストリと帝国軍の関係は、取引が現実化する程度には接近している者と思われます」


「だとよ。……面白れぇじゃねえか。おれらを軍から追い出しやがったアテナが、また立ちふさがりやがったんだ。おれ個人の意見としちゃあ、尻尾を巻いて逃げるなんて御免だね」


「同感ですね。そういうことなら、同盟だろうが何だろうが協力してやろうじゃないですか」


 陰気な笑い声とともに、金田が同調した。航海長もそれに何度も頷いている。ただ一人、藤波だけがやれやれと言った様子で首を左右に振っていた。


「……確か、皆様はアテナ・インダストリとの因縁がおありという話でしたね」


 ここで、やっとミゾレが自ら口を開いた。ただ、彼女自身はゴシップめいた情報を好んでいるタイプにはとても見えない。おそらく、連絡役業務のついでに如月運送の情報収集もせよ命じられているのだろう。頭の中でソロバンをはじいた善哉は、正直に事情を話すことにした。


「ああ。大ポカしでかしたアテナの子飼い将校の側にいたばっかりに、ひどいとばっちりを食らったわけさ。おれたちはソイツの尻拭いをさせられたら挙げ句、ケツを拭いた紙はいらねぇよつって捨てられちまった」


 その下品な例えにミゾレはまぶたをピクリと震わせたが、非難を口にする代わりに別の疑問をぶつけてくる。


「軍に、企業の関係者が混ざっていると」


「ああ、そもそも地球軍はほとんど軍需企業のフロント組織と化してるからな。癒着を通り越して、ほぼ一体化してやがる」


「出世できるのは企業からのバックアップを受けた人間だけっすもんね。後ろ盾なしでは、少佐に上がるのすら大難事ッスよ」


 ミゾレの軍服に取り付けられた少佐の階級章をジロリと睨みながら、藤波が吐き捨てた。この若さで少佐にまで上り詰めるというのは、尋常ではない。彼女はミゾレのことを、家柄だけで出世した輩だと思っているのだ。

 当のミゾレは相変わらずの鉄面皮で批判を受け止めるばかり。言い返しもしなければ、睨み返すことすらもしなかった。それで余計に藤波の機嫌が悪くなった。


「……まあ、おれはもともとアテナの奴らからは睨まれてたからな。その因縁に、みなを巻き込んでしまったフシはあるやもしれん」


 電子タバコをふかしつつ、善哉は腕組みをした。その顔には何とも言えない苦渋が浮かんでいる。


「因縁?」


「士官学校の同期が、アテナCEOの御令嬢だったのさ。……ああ、とはいってもシリウス事件でやらかしたバカとは別人だが。あいつは性格こそ最悪だがそこまでの無能じゃなかった」


 そう語る善哉の声には、ずいぶんと複雑な感情が含まれていた。


「その御令嬢は、天才を自称する自信過剰女でな。見ていて腹が立ったものだから、演習やシミュレーションで鼻っ柱を叩き折ってやったのさ。そうしたら、案の定アテナの怒りを買っちまって。今思えば、馬鹿をやったもんだよ」


「口では反省してみても、同じシチュエーションに遭遇したら同じ対応をしそうなのが先輩クオリティッスけどね。反骨精神も大概にしてほしいッスよ……」


 半目になりながら、藤波はため息を吐く。しかしその声音には、妙な温かみがあった。善哉が自分を曲げられない男だからこそ。自分がしっかりと支えてやらないといけない。藤波はそう自認しているのだった。


「責任を取るのが自分だけなら、まあ今でも似たような真似はするだろうがね。とはいえ、無関係な部下まで連座で詰め腹を切らされる羽目になったんだ。ちったぁ自重するさ」


 なんとも渋い顔をしながら、善哉はため息を吐く。


「自分らが軍を追いだされたのは。善哉さんのせいじゃありませんよ。あの人事はアテナ派の連中の醜態をもみ消すために、派閥の影響力の及ばない人間をパージしたものです。たとえ善哉さんがあのボケお嬢様に歯向かっていなくても、結果は同じだったはずです」


「それに、あんな腐れ外道どもの靴を舐めてまで居続けたい組織じゃあありませんからね、地球軍は。俺には妻子もいないんだ、上に尻を振るくらいなら下野したほうがよほどマシですわな」


 金田砲術長と牛尾航海長が、そろって善哉を庇う。彼はなかなか部下に慕われているな、とミゾレは自分の中の善哉への評価を一段階上げた。


「何はともあれ、敵にアテナがついてるってんなら是非もないですよ。ボコボコに叩き潰して、アテナの兵器はポンコツだってことを銀河中に広めてやろうじゃないですか」


「お前にしちゃめずらしく好戦的だな、金田。……ま、おれだって同感だがね。おそらく、帝国軍はアテナ製兵器の試用を始めている。この段階で大損害を与えてやれば、本採用をぶっ潰せる可能性は高いだろうさ」


 ニヤリと笑った善哉が、電子タバコを片手にクルーらを見回す。


「そういう訳で、おれはひとまず船が直るまでは同盟に協力することにした。反対の者はいるか?」


 ブリッジ・クルーらはざわついたが、手を上げた者は一人っきりだった。藤波である。


「……うちは営利企業ッスよ? 営利企業の仕事は利益を上げることであって、復讐や仕返しじゃないッス。せっかく始まった第二の人生、その初仕事で以前の因縁に絡めとられるなんて、良くないッスよ……」


 藤波の表情は硬い。善哉はその言葉を肯定も否定もせず、彼女の目をじっと見た。


「……とはいえ、うちは社員同士で出資して出来た会社ッス。つまり、社員一人一人が出資者。そして、企業は出資者には逆らえないんスよね」


 しばしの見つめ合いのあと、彼女は深々とため息をついた。そして視線を他の如月運送社員にむけ、そう語りかける。


「出資者の皆さま、どうッスか? うちのボケ社長のたわけた酔狂に付き合うか否か、ここではっきりさせておきましょう。社長に賛成の方は、挙手をお願いするッス」


 素晴らしいほどのスピードで、金田が腕を高々と上げた。ほかの者たちも、迷いなく彼に続いた。迷う素振りの者など一人もいなかった。


「あー、はいはい。やっぱりッスか。はぁ、どいつもこいつも」


 口元を引きつらせ、藤波が肩をすくめる。こうなることは分かり切っていたのだ。ならば、これ以上抗弁しても致し方あるまい。彼女は腹を決めた。藤波とて、アテナには反感を抱いているのだ。仕返しをしてやりたいという気分など全くない、などと言えばうそになってしまう。


「しゃーないッスね。如月運送は、一時的に軍事会社に看板をかけ替えるッスよ」


 結局、そういうことになった。

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