第13話 追放参謀は現状報告を受けるようです
「とにもかくにも、あの高慢ちきをなんとかしないことには《いなば丸》の修理が始まらないわけですね」
昼食を手早く終わらせた善哉は、その後アケカの執務室に案内された。大貴族の当主の仕事部屋だけあって、こちらもなかなかに豪勢な場所だ。調度品はロココ調のアンティークで統一され、窓は例の地下庭園に面している。大気すら希薄な極寒の天体の地下にこんな場所を作ってしまうのだから、貴族の権力・財力というのは尋常なものではない。
この部屋の主、アケカは重厚な執務机の前に座り、善哉の方をじっと見ていた。その後ろには二人の従者、コトハとユキが控えている。三人の視線を受けつつも、善哉の表情にはいっさいの気後れはない。
「ありていに言えばそうだ。いまの我は敗軍の将ゆえ、発言力が著しく落ちておる。リコリスめの反対を受ければ、修理ドックの差配すら自由には行えぬ状況だ」
腕組みをしつつ、アケカは重々しい口調でそう言う。そんな彼女を一瞥して、コトハが首を左右に振った。
「まったく、理不尽な連中です。上様は、最初から積極攻勢には反対していたというのに。なかば強引に攻撃を決定し、それが失敗すれば手のひらを返して責任を上様に押し付ける……諸侯どもは恥を知るべきでしょう」
憤懣やるかたなし、といった風情のこうだった。しかしアケカは手を振ってそれを制する。
「責任を取るのが頭領の仕事だ。この程度のことを理不尽と思ってはならぬ」
そう言ってから、彼女は善哉の方をちらりと見た。
「しかし、だからといってゼンザイ殿に迷惑をかけるのは本意ではない。貴殿はそのたぐいまれなる智謀と勇気をもって、我らのための仕事を果たしてくれたのだ。これに報いるのもまた、頭領の仕事よ」
「そう言っていただけると頑張った甲斐がありますがね」
善哉は脱いだキャプテン帽を片手で弄びながらそう返した。お世辞かもしれないが、前職の上官はその世辞すらも言ってくれなかったのだ。
「とはいえ、口ではなんとでも言える故な。誠意は行動で示すべきだろうが、現状では貴殿らの願い通りに事を進めるのはなかなかに困難だ。本当に申し訳ない」
深々とため息をついてから、アケカは湯呑に入った緑茶を一口飲んだ。どうやら彼女はふだんからこれを愛飲しているようで、何を言わずとも従兵が自ら茶を汲んできてくれたのだった。もちろん、善哉の前でも高そうな湯呑が湯気を上げている。
「そちらが頷いてくれるのであれば、我らの軍艦の修理が終わるまで同盟領で待機してもらう、という手もある。リコリスめは住居と食料のぶんしか金は出さぬと申しておったが、他にかかる経費は我が請け負えば良い」
両手で湯呑を包みつつ、アケカは善哉を見た。彼は少し驚いて、しばし黙る。ある意味、理想的な提案だ。むろんかなり長い間同盟領に逗留することは覚悟しなければならないだろうが、経費がアケカ持ちならばそれほど痛くはない。困るのは、船乗りとしての腕が鈍ることだけだ。
「良いのですか? 便宜を図ってもらいたければ、ウチで働け。そう言われることも覚悟していたのですが」
「クスノキ家の当主として、そのような吝嗇な言葉は口に出来ぬ」
「左様で」
湯呑を口に運ぶふりをして、善哉は自然と上がってしまった口角を隠した。
「しかしですね、自分は“働かざるもの食うべからず”をモットーにしておるのですよ。宇宙にも上がらず日がな食っちゃ寝をしていたら、ブタになっちまう。手が空いているうちは、そちらのお手伝いくらいはさせていただきたいものですな」
その結果、《いなば丸》の修理が早まるやもしれませんし。善哉はオマケのようにそう付け足した。要するに、成果を上げてそのぶん修理の優先順位を繰り上げてもらおう、というハラだった。
実際、いまから《いなば丸》の修理に取り掛かったとしても、完了には半月はかかるだろう。ましてや、いまは修理ドックが満杯の状態。如月運送が通常業務に戻ることができるようになるまでは、最低でも数か月はかかるかもしれない。
それだけの期間をむやみに浪費することなど、善哉にはとてもできなかった。それならば、アケカの元で秘書の真似事でもしていたほうがマシだ。どうやら、彼女は上司としてはそれほど悪いタイプでもないようだし……。
「おお、まことであるか。地獄に仏とはこのことだな。ありがとう、ゼンザイ殿」
「あまり褒めんでください、ハードルが上がるんで。……おれなんぞ、単なる不良の元軍人ですのでね。実際、期待されても大したことはできません。あとで期待外れと言われましても、困りますよ。クスノキ様のように、ストライカーを自在に操り戦場で無双、などということもできませんし」
「いや、むしろ我はそれしかできぬのだが」
なんとも苦い笑みを浮かべ、肩をすくめるアケカ。
「ああ、それと……ウチの社員らの協力についても、あまりご期待に沿えないやもしれません。ウチの連中は元軍人ばかりですが、それでも如月運送はたんなる運送会社です。社長、船長といえど、自衛以上の戦闘を命じることはできません」
「……ふむ、なるほど。それは致し方ないな。では、戦艦を与えるという話はいったん棚上げして、ゼンザイ殿のみを軍師として仮雇いする、という形で構わぬな?」
軍師。その単語を聞いて、善哉の顔に何とも言えない表情が浮かんだ。戦国武将に士官した浪人か何かかよと、背中がむず痒くなってしまったのである。
「まあ、パートタイム相談役ということで、ここはひとつ」
「うむ、まあ、何でも良いが。……ひとまず、当面の目標はあのリコリスめに反撃を仕掛ける、ということにしようか。我としても、同盟軍内の主導権をこれ以上あの女に奪われるわけにはいかぬのだ」
初仕事がいきなり組織内の権力闘争かよ。少しゲンナリした気分になった善哉だが、緑茶と一緒にそれを飲み下す。実際、彼女を何とかしないことには、《いなば丸》の修理にすら取り掛かることができないのだ。アケカの提案に乗ることは、彼自身の利益にもつながるだろう。それに、善哉個人としもあの高慢なリコリスにぎゃふんと言わせてやりたいという気分は合った。
「わかりました。……とはいえ、謀略の類は専門外でしてね。軍略をもっていくさに貢献し、結果として相手方よりも優位に立つ。そういうやり方でよろしいでしょうか?」
「むろんだ。リコリスめは我の好敵手ではあるが、味方でもある。その足を引っ張るなど論外よ」
その言葉に、善哉は密かに安堵した。危機的状況にも関わらず、味方同士での足の引っ張り合いに終始する。これほど愚かな行いはそうそうないだろう。競争するにしても、建設的な方向で競った方がよほど良い。
「では、ひとまず彼我の現状について教えて頂いてもよろしいでしょうか? 状況がわからぬことには、勝てるいくさにも勝てなくなりますんでね」
「うむ、あい分かった。ユキ、ゼンザイ殿にご説明を」
「はっ」
命令を受け、後ろに控えていたユキが一歩前に出る。彼女が手元の端末を操作すると、善哉の前に雲を思わせる立体映像が投影された。どうやら、この辺り一帯の星図のようだ。
「まずは、この戦争の経緯からご説明しましょう。ご存じのことかと思われますが、もともと我ら同盟と敵方の正統帝国は同一の国でした。正確に言えば、我々の側が帝国のアーガレイン家に臣従していたのです」
「ええ……皇帝が遠征に失敗して、独立運動が始まったと聞いておりますが」
ポケットのあたりを弄りながら、善哉は頷いた。内心は、電子タバコが吸いたいな……などと思っているのだ。とはいえ、いかに善哉でも他人の部屋で勝手に煙草を吸わない程度の社会性はある。
「その通りです。先代皇帝、ウィレンジア・レンダ・アーガレインは辺境の小国を征服せんと遠征軍を差し向けました。しかし、この侵略は小国の帝国を受けて頓挫。ウィレンジアは自ら艦隊を率いて第二次遠征を発動したのですが……」
「それも失敗した、と。いや、見事なまでの泥縄式ですな」
心底馬鹿にした様子で善哉はそう吐き捨てた。侵略を目論んだあげくそれに失敗して自爆など、よほどの馬鹿の行いとしか思えなかったからだ。
「ええ。第二次遠征艦隊は敗走。ウィレンジア自身も捕虜となり、くだんの小国で終身刑を言い渡されました。結局、いまだに身柄の返却のめどはたっていませんよ」
「うわあ」
善哉が思わずといった様子で額に手を当てる。いっそ見事なまでの自爆であった。
「その無様に加え、前皇帝は侵略の際に終末爆撃を命じたことが判明してな。これはさすがに、帝国でも問題になった」
腕組みをしながら、アケカがそう補足した。終末爆撃というのは、敵国民の絶滅を目的として実行される軌道上からの無差別爆撃だ。都市も軍事施設も区別なく、更地にしてしまう禁断の戦術なのだ。
「侵略の時点でアレなのに、さらに戦争犯罪を重ねるとは……」
「我としても、そのような外道に下げる頭は持ち合わせておらぬ。結局、有志と共同しアーガレイン帝家に対し反旗を翻すこととなったのだ」
重々しい口調で、アケカはそう言い切った。たしかに、彼女の性格を思えばいかに主君とはいえそのような振る舞いをするのは許しがたい事だろう。
「この戦争は……最初の内は我々の優位に進みました」
そう語りながら、ユキが端末を操作した。星図の大半が青く塗りつぶされる。どうやら、これが同盟側の占領領域のようだった。帝国領を表す赤は、わずかな領域をカバーするにとどまっている。
「遠征に参加していた軍主力が著しい損害をうけていたこと、帝国上層部に皇位継承に伴う混乱が広がっていたこと。これらの要素を背景に、一時同盟軍は帝国首都星を包囲するまでに至りました。ところが……」
ユキの表情に苦渋が浮かぶ。まあ、そのまま押し切れたのであればこんな事態にはなってないよな。そんなことを思いながら、善哉は星図を詳しく確認した。現在地である斗南星系は、帝国首都からはずいぶんと離れた位置にある。この戦線の下がりようは尋常ではない。
「皇帝に、先代の五女であるエルヴィーラ・ノース・アーガレインが就いたのだ。この者は、帝姫時代はそれほど目立つ存在ではなかったのだが……皇帝になったとたん、すばらしい指導力を発揮し始めたのだ。それ以降、同盟軍は連戦連敗。いまや戦場となっているのは同盟領の内側だ」
「あれまあ……」
何とも言えない顔で、善哉がそう呟く。見事なまでの大逆転だ。敵ながらアッパレ、と言うほかない。
「同盟領の防衛は、宇宙要塞を並べた二つの要塞線によって成り立っておりました。しかし、先月の会戦で一方の要塞線が崩壊。いまや、かつての後方であったこの斗南基地の周辺にも敵艦が入り込むような事態になっております」
「完全に立場が逆転しちまいましたね」
みるみるうちにしぼんでいく青い領域を見ながら、善哉はため息をついた。
「とはいえ……帝国軍だって、一時はよほどマズイ状況になってたわけでしょう? 相手側も、戦力にはそれほど余裕がないのでは」
「ええ。帝国軍の主力は、エルヴィーラ陛下自ら指揮される皇帝艦隊ひとつきり。他の艦隊は補助用の雑兵です。ですが、我々は三度この皇帝艦隊と砲火を交え、一度として勝利を掴めておりません。また、相次ぐ連敗で我が方の戦力も漸減しておりまして……現状、彼我の主力艦の保有比率は同盟四割帝国六割といったところでしょうか」
「消耗しているのはどちらも同じ、しかしその度合いは我が方が深刻……なるほどね」
敵はよほどの名将と見える。善哉は腕組みをしながら唸った。
「彼我両軍の詳しい情報と、開戦からこっちの各会戦の戦闘詳報。このあたりの資料一式を貸していただけますか。情報がない事には、作戦も立てられませんので」
善哉が要求した資料は、どちらも一級の軍機密だ。出会ったばかりの部外者に見せるなど、ありえない代物だった。しかし、アケカはしごくあっさりと「もちろんだ」と頷く。同盟軍は、今まさに存亡の危機に立たされているのだ。よほどのことをしなければ、挽回は難しい。彼女はそう考えていた。
「頼まれた資料は、しっかり用意しておこう。だが、まとめるのに少々時間がかかる。ゼンザイ殿は、いったん船に戻って身を休めると良い。船員らと、今後の身の振り方について相談する必要もあるだろうしな」
「……了解です」
相談、ね。善哉は心の中で呟いた。つまりそれは、如月運送の社員らをこの戦争に参加させるよう説得してこい、ということだろうか。同盟軍の惨状を思えば、アケカがそんな要請を出すのも当然のことと言えた。軍艦の運用には多数の専門技術者を必要とする。数が減ったからと言って、すぐに補充できるものではない。彼女らからすれば、善哉のみならず《いなば丸》の船員全体が喉から手が出るほど欲しい人材だろう。
「それから、ゼンザイ殿にはこちらから一人連絡役をつけておく。なにか要望があれば、その者に伝えれば出来る限り対応できるように手配するゆえ、遠慮なく使ってやってくれ」
「ええ、承知しました」
なるほど、監視役というわけか。善哉はアケカの意図をしっかりと察していた。彼に任される仕事は中々に重大なものだ。首輪をつけておくのは当然のことだろう。