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第12話 追放参謀はお貴族様に因縁をつけられたようです

 そのダイニング・ルームは、軍事拠点の一室とは思えないほど贅を凝らした部屋だった。高い天井からはシャンデリアが吊り下げられ、蜜蝋ロウソクが淡い光で室内を照らしている。調度品はどれもゴシック調のアンティーク品で、壁にはいかにも歴史のありそうな古びたタペストリーが掲げられている。

 さらに善哉を驚かせたのは、窓の存在だった。その向こうには手入れの行き届いた庭園がしつらえられており、地面をつつく小鳥の姿さえあった。リラクゼーション用の映像を表示するモニターかとも思ったが、どれほど目を凝らしてみてもその庭園はホンモノ以外の何物でもなかった。

 その庭は広く、緑に満ち、そして明るかった。地下特有の閉塞感とはまったく無縁の空間だ。善哉は内心ひどく呆れていた。まさか、地下空間に本物の庭園を造ってしまうとは。


「冴えない男ね」


 そんな部屋で善哉らを待ち構えていた女の放った第一声が、これだった。文字通りの黄金色の髪が特徴的な人物で、年のころは少女と大人の狭間といったところだろうか。とにかく大変に若々しいのは確かだが、階級章をよくよく確認した善哉はひどくたまげた。記憶が確かならば、この星が四つとラインが三本入った階級章は上級大将を示す代物だ。

 しかし、高すぎる階級も、そしてこの贅の限りを尽くした部屋も、彼女を前にすれば不相応という印象はうけない。気品と傲慢を両輪にした独特の威圧感を持ち合わせているせいだろう。これが本物の貴顕かと、善哉は唇を引き絞った。


「さっき言ってた軍師候補が、コレ?」


「そうだが。しかし、コレとはなんだコレとは。ヴァンベルクは客人を相手にそんな言葉づかいをするのか?」


 敵愾心を仮面の下に隠した表情で、アケカはそう反論する。どうやら、そうとうに仲の悪い相手のようだ。


「平民、それも男なんてコレで十分でしょうが」


 アケカとは対照的な色合いの髪をさらりと払いながら、ヴァンベルクと呼ばれた女はアケカの非難を傲然と受け止める。そして、ことさらに足音を立てながら善哉へと歩み寄った。


「へえ、ふーん。似合いもしないファッションを差っ引いてみれば、そこまで悪くはないか。壁を飾る花くらいにはなるかな」


 挑戦的な目つきで善哉を眺めつつ、彼女は顔を近づけてきた。その人形のように整った顔には、嗜虐的な笑みが浮かんでいる。そのお綺麗な顔にツバでも吐きかけてやろうか。そう思いながら、善哉は彼女の目を睨み返した。

 アケカほどの長身は流石に珍しいが、ヴルド人の平均身長はかなり高い。ヴァンベルクとやらもそれは同様で、視線の高さは両者ほぼ同じだった。

つまり体格的には似たようなもの。しかもヴルド人の肉体は地球人より遥かに強靭にできているから、万一つかみ合いになれば善哉に勝ち目はないだろう。それがわかっていてなお、彼は退く気などさらさらなかった。根っからの狂犬なのだ。

「へえ、根性は入ってるのね。ま、及第点くらいはあげてもいいか」


 しかし彼が本格的に喧嘩を売り始めるよりも一瞬早く、彼女はぱっと体を離した。アケカが強引に両者の間に横入りしようとしていたからだろう。アケカはそのまま、善哉を守るようにしてヴァンベルクの前に立ちふさがる。


「それ以上の無礼は身共に対する侮辱と見なす」


 ひどく冷たい声だった。背が高くおまけに素晴らしく美しいアケカであるから、下手なやくざ者でも裸足で逃げ出しそうな迫力がある。しかし、対するヴァンベルクは怯むどころか挑発的な笑みすら返してみせた。こちらはこちらで尋常な胆力ではない。


「おお、怖い怖い。ふふ、火遊びも楽しいけれど、ほどほどにしておかなくてはね」


 そう言って彼女は一方下がり、善哉に向けて優雅に一礼した。


「では、非礼のお詫びにこちらのほうから名乗らせていただきましょう。わたくし様はヴァンベルク侯爵にしてリンティア同盟副盟主、リコリス・ヴァンベルク。さあ、あなたのお名前を教えてちょうだい? 可愛いお坊ちゃん」


 しばくぞこの野郎。善哉は心の中でそう呟いた。


「これはご丁寧にどうもありがとうございます、お嬢様。おれの名前は如月善哉。まあ、しがない運送屋でございますから、お嬢様の記憶に留める必要のあるほどの人間ではございません。さっさと忘れていただいて結構です」


 リコリスと名乗った彼女に負けないほどの挑発的な声音で、善哉はそう返した。しかしリコリスはクスクスと笑うばかりで、堪えた様子はない。


「ふふん、なるほどね。気の強い男は嫌いじゃないわ。ひとまず、昼食への同席は許してあげましょう」


 お前に許してもらう義理はないが? 善哉はそう言い返そうとして、やめた。こういったタイプは口で何を言っても無駄だということを心得ていたからだ。絡まれた時点で自分の負けかと、彼は大きなため息を吐く……。

 こうして、憂鬱な昼食会が始まった。メニューは謎の宇宙人料理……などではなく、善哉にもなじみのある地球のフランス料理、そのフルコースだった。地球とヴルド、両文明が接触してすでに百年以上の時間が経過しているのだ。料理をはじめとした地球の文化はすっかりヴルド人らの間にも浸透している。


「……」


 白身魚と二枚貝のブイヤベースを口に運びながら、善哉は内心感嘆していた。今日び、一般人の口にする食材といえば合肉や遺伝子改良野菜といった“工場製品”が中心だ。しかし、提供された料理に使われているのは、昔ながらのオーガニック食品のみ。お貴族様は普段からこんないいものを食べているのかと、彼は密かに羨んでいた。


「それで、その……《いなば丸》は、そちらのご注文を順守した結果大きな損傷を受けたわけです。その努力と献身に免じて、船の修理とその代金に関してはそちら持ちでやっていただきたいのですが」


 しかし、残念ながら彼には美食を楽しむ余裕など微塵もなかった。なにしろ、彼の双肩には如月運送の全社員の命運が乗っている。さっさと船を修理してもらい、新しい仕事にかからねばならない。そうしないと、社員の給料も借金の利息も払えなくなってしまうのだ。


「まあ、新型機を無事に運んできてくれたのは感謝するけどね。でも、見ての通りウチのドックはどこも満杯なのよ。一度仕事を頼んだけの民間貨物船と、一秒でも早く戦線復帰させたい戦闘艦。どちらの修理を優先するべきかなんて、子供でもわかることだわ」


 しかし、対するリコリスは取り付く島もない様子だった。


「費用をこちら持ちで修理する、というのは認めてあげる。修理が完了するまでの、社員の食事と寝床の手当……これも認めてあげましょう。それで我慢しなさいな、こちらも余裕がないのよ」


 困ったことに、リコリスは悪意から彼の要望を蹴っているわけではないのである。藤波らが予想したとおり、現在同盟軍の艦艇修理施設はどこも自軍の艦艇の修理で手いっぱいになっているようだ。戦局に寄与するわけでもない単なる民間船が、そこへ割り込んでいこうとするのはなかなかに無理がある。


「メシの世話をしてくれるってのは確かにありがたいんですがね。地球には、人はパンのみにて生きるにあらずという言葉があるんですよ。正直、その条件ではかなり不足なんですわ」


 具体的に言えば、借金の利息である。彼は如月運送の設立に当たり、少なくない借金をしていた。なにしろ如月運送の社員は軍を追いだされた連中ばかりだ。株式を発行したところで、出資は集まらない。会社の設立費用は借金と社員のポケットマネーに頼るほかなかったのである。


「パンが無ければお米を食べればいいじゃないの」


「そういう意味のパンじゃないんですが」


「知ってる」


 にやにや笑いを浮かべながら、リコリスはそう答えた。どうやら、善哉をからかっているようだ。本当にふざけたやつだなと、彼は青筋を浮かべる。


「カタナ、そして《天羽々(あめのはばきり)》は、わが軍が反撃に転じるための嚆矢になるかもしれぬ兵器だ。それを無事に運び込んだ如月運送には、少なくない功績があると思う。少しくらいの便宜を図ってやっても良いのではないか」


 アケカが援護射撃めいたことを口にするが、リコリスは真面目な顔をして首を左右に振る。


「余裕があればね、多少とは言わずそれなりの便宜を図ってあげても良いけれど。今は余計な場所にリソースを突っ込んでると普通に死ぬ盤面よ。四の五の言ってられる状況じゃない」


「むぅ……」


 口をへの字にしつつ、アケカはうなだれた。おい、もうちょっと強気に出てくれよ。善哉が目でそう訴えるが、彼女はため息をついて彼の耳に口を寄せた。


「我が参謀団無き今、同盟軍の用兵を握っているのはこの女なのだ。我といえど、この女の意見は無下にできん」


 無下にできないというか、下手すりゃ傀儡ですよね。そう思いながら、善哉はスパークリングワインを口へと流し込んだ。


「挽回はできんのですか」


「ああ。ヤツは身共の部下ではない。わが軍はあくまで同盟、上下関係はごく緩いものだ。主導権を握るためには、武力や政治力が必要だが……」


 内緒話の声音で、アケカは言葉を続ける。


「前者では、我がクスノキ軍とヴァンベルク軍の実力は拮抗。後者では、先の戦いで多くの知恵者を失ったクスノキ軍の不利。……このままでは、盟主の座はじきにリコリスの方に移るだろうな」


「……」


 なるほど、権力闘争か。善哉は納得した。事前に調べた限り、この戦争は斜陽の帝国に内部の諸侯が反旗を翻したことが発端だ。そしてその逆臣たちが、アケカやリコリスなのだ。対帝国を旗印にまとまっているだけの組織だから、結束が弱いのも当然のことかもしれない。

ならば、いくらアケカの援護射撃を受けたところでリコリスが彼の要望を受け入れる可能性は著しく低いだろう。政治は一種のゲームだ。チップや手札もなしに、望む成果を得られることはまずありえない。


「一つお聞きしたいのですが、うちが持ってきたストライカー……《カタナ》が配備される先は、どなたの軍隊ですか」


「身共のクスノキ軍だが」


「なるほどね」


 こりゃ駄目だ。善哉はそう結論付けた。如月運送の働きは、リコリスに何のメリットも与えていない。これでは、交渉など成立するはずもないだろう。やはり、このまま食い下がっても全くの無意味だ。攻め手を変える必要があるだろう。


「ゼンザイ殿。一時でも良い、身共に知恵を貸しては貰えぬだろうか? まともな手段では、我が陣営の立て直しは難しい。ならば、マトモではない手段を使い他ないのだ」


 考え込む善哉に、アケカはそう囁きかけた。善哉は小さくうなり、リコリスのほうを見る。彼女はうさんくさい笑みを浮かべながら、二人の内緒話を静観していた。反撃できるものならしてみろ。そう言いたげな表情だ。

 面白くないな。善哉は内心そう吐き捨てた。こういう上から目線の相手に一方的にしてやられるのは、まったくもって彼の趣味ではなかった。アケカとリコリスが裏で共謀し、いわゆる“善い警官悪い警官”作戦で彼を嵌めようとしている……そういう可能性も、無くはない。しかしそれを理解してなお、リコリスの鼻を明かしてやりたいという気分が彼の中に生まれていた。


「……いったん、作戦会議と行きましょうか」


 ここは一時撤退し、態勢を整えるべし。彼の判断は簡潔だった。


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