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第10話 追放参謀は仲間たちと相談するようです

 アケカからの勧誘は、善哉にとって青天の霹靂(へきれき)であった。普通ならば、冗談を疑うレベルの話である。しかし、アケカはあくまでも真剣だった。そして、こちらを騙そうという意図も感じない。善哉はしばし考え込んだのち、休憩を切り上げて《いなば丸》のブリッジへ戻ることした。勧誘の件について、社員たちと話し合うためだった。


「あの依頼主も、なかなか面倒なことを言ってきたもんスねぇ」


 忌々しげな態度で、藤波が吐き捨てる。ブリッジには彼女の他、砲雷長や航海長などの幹部陣がそろっている。そしてもちろん、アケカら同盟軍のメンツは別室だ。こんな話を、客人に聞かせるわけにはいかない。


「たんなる傭船契約なら、まあ金額次第では受けても構わないッスけどね。でも、これって傭船どころか完全に傭兵じゃないッスか」


「まあ、そうだな……」


 難しい顔をしながら、善哉は電子タバコをふかす。常人ならば悶絶しそうなほど濃いミント風味の煙を吐き出し、彼はしばし考えこんだ。


「しかし、おれたちはほんのこの間まで、戦うために船に乗ってたんだ。荷運びよりは馴染みのある仕事なのは確かだぜ」


「まあ、自分らがいまだにシャバの空気に馴染めていないのは事実ですからねえ」


 善哉に同意してみせたのは、航海長の牛尾だった。いかにも古強者然としたごま塩頭の中年男で、肌は黒く宇宙焼けしている。彼は人生のほとんどを軍で過ごしてきた筋金入りの人物で、民間船に勤務するのはこの《いなば丸》が初めてだった。


「軍のあの臭ェメシが全く恋しくない、といえばウソになりやす」


「ふむ……お前はどうだ、金田」


 小さく唸ってから、善哉は砲雷長の金田の方も見た。善哉より一回り若い、いかにも陰気そうな青年だ。


「鉄砲屋としては、この船の豆鉄砲よりはその大戦艦とやらの五一センチ砲のほうに魅力を感じますね」


 お前ならそういうだろうな、という顔で善哉は頷いた。そもそも、民間船の砲雷長などという役職ははっきり言って閑職だ。地球軍で砲術士官としてのエリート・コースに乗っていた金田からすれば、はなはだ不満のある立場なのは確かだろう。


「ここにいるのは宮仕えでひどい目に遭った連中ばかりなのに、ちょっと危機感が足りないんじゃないッスか」


 藤波は、並み居る士官たちをジロリと睨みつけた。


「シリウス事件、まさか忘れたわけじゃないッスよね?」


 その言葉に、善哉らはみな一様に黙り込んだ。シリウス事件とは、彼らが軍を離れる原因となった一件である。事件のあらましは善哉がアケカに語った通りの内容で、ありていに言えば無能なコネ将校の尻ぬぐいをさせられた挙句に濡れ衣まで着せられ、軍を追いだされてしまった……というものだった。

 なんとも理不尽極まりない出来事であり、彼らはみな地球軍に対し並々ならぬ反感を抱いている。だが、だからといって軍人としてのキャリアにまったく未練がないかといえば、そういう訳でもなかった。善哉は牛尾や金田に視線を送りつつ、しばし黙り込む。


「……まあ、今のところ報酬すら提示されてないんだ。受ける、受けないの話をするのは時期尚早だぜ」


「問答無用で断るべきだと思うんスけど」


 お茶を濁したその言い方に、藤波は唇を尖らせた。


「なんでそんなに好意的なのか理解できないッスね。まさかとはおもうッスけど、ヴルド人を相手にワンチャン狙ってるとか、ないッスよね?」


 その言葉に、善哉と金田が同時にむせた。牛尾がゲラゲラと笑い、藤波がため息を吐く。ヴルド人は女性ばかりの種族だし、しかも外見も美しい者が多い。彼女らにアマゾネス的な魅力を感じる地球人男性も、実のところ決して珍しくはなかった。

……まあ、実際にヴルド人とのかかわりを持ち始めると、そんな幻想はあっというまに砕け散ってしまうのが常なのだが。下卑た欲望をストレートにぶつけられるのは、男性にとっても存外に堪えるものなのだ。


「そういう甘い考えでヴルド人に近寄って、気付けば子供が大勢できて故郷にも戻れなくなっちゃった、なんて例は掃いて捨てるほどあるッスよ。奴らを甘く見ない方がいいッス」


 若い男二人を指さし、藤波はピシリと指摘した。驚くべきことに、ヴルド人と地球人は子供を作ることもできるのだ。その理由は、いまだによくわかっていない。学会はまさに百家争鳴の状態であり、歴史から消えた先史文明人を共通の祖先とする説や、インテリジェント・デザイン説など、さまざまな学説が出ては消えるような状態だった。


「馬鹿言え、あんなセクハラオヤジも真っ青な性欲魔人どもなんざ、最初から眼中にねえよ。なあ、金田」


「まったくもってその通りですよ。あいつら、普通に話している時ですら股間をジーッと見てくるんですよ? 露骨過ぎて流石に萎えますって」


 弁明する二人に、藤波は疑惑の目を向けた。そして深々とため息を吐き、肩をすくめる。


「エロ本なんて興味ねーぜ、なんて言ってる男子中学生みたいッスね。笑えるッス」


「しばくぞ」


「まあまあ、それくらいにしておきなさいや」


 にらみ合う善哉と藤波を、牛尾が窘める。


「《いなば丸》は、しばらくの間は嫌でも同盟領に留め置かれることになります。なにしろ、舷側に大穴が開いてるわけですからね」


「流石にこの状態で遠距離航海は避けたいからな……」


 手の中で電子タバコを弄びながら、善哉は小さく唸った。《いなば丸》の傷は意外と深い。ひとまず最低限の応急修理は負えているが、所詮は突貫工事だ。超光速航法を繰り返せば、船のダメージへのダメージは避けられない。致命傷を負うまえに、ドック入りさせる必要があった。


「一度ドックに入れば、半月やそこらは身動きがとれなくなるでしょう。クスノキさんの提案を受けるにせよ蹴るにせよ、考える時間は十分にあるんじゃないですか」


 牛尾の言葉に、善哉は頷き藤波は顔をしかめた。この副長は、考えるまでもなくアケカの提案は蹴るべきだと考えているのだった。


「というか、同盟軍って今は戦時下ですよね。しかも、一か月前に艦隊戦で敗北したばかり。ドックが満杯になってなきゃいいんですがね……」


 そう指摘するのは、これまで黙って話を聞いていた機関長の榊だった。彼は《いなば丸》の幹部の中ではいちばんの年かさで、本物の戦争にも参加したことのある古兵だ。海賊相手のヌルい戦闘しか経験したことのない他の者たちと違い、正規軍同士の衝突がどれほどの破壊をもたらすのかはよく心得ている。


「確かにな……いちど、クスノキ様に聞いてみることにしよう。うまくやれば、修理枠の優先権くらいは割り当ててくれるかもしれん」


「むぐぐぐ」


 藤波が歯噛みした。アケカに借りを作れば、その見返りに参戦などを求められる可能性もある。できれば頼りたくない相手だった。とはいえ、船の修理をせねば航海の再開もままならない。ままならない問題に、藤波は頭を抱えることしかできなかった。


「まあ、もうすぐ最終目的地の斗南星系に到着するんだ。次の仕事をどうするかについては、そこで荷物を全部降ろしちまってから考えることにしようや」


 懊悩する副長などまったく気にも留めない様子の善哉は、気楽な声でそう言った。明日のことは明日考えれば良い、そういう口調だ。対照的な船長と副長を見比べつつ、クルーらは揃って苦笑いを浮かべるのだった。


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[気になる点] 善哉は三十代なんでしょうか?
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