第三章 1
ようやく第三章です。
本当は修正前の原稿がさらに数話分たまっているのですが、修正に手間取ってなかなかアップ出来ません。
もっと早く上げられるように頑張ります。
「……」
「……」
「……」
静かだ……
ここはかつて……いや、ほんの少し前まで衣服を製作する場所であった。
今は入り口の扉はガラスが粉々に砕けて散乱し、室内は作りかけの衣服や制作に必要な道具など色々なものが床にぶちまけられ、機械類は倒されてしまっている。
天井や壁も至る所に損傷が見られる。
工房跡の外からカランカラン……と何かが転がっていく音が聞こえてくる。
「ふむ……」
我はこの状況になった原因について思い返していた。
……アレは……そう……伝説の服飾職人こと、ドンラーガ・ノーワンより“衣服が弾け飛ぶ様子を詳しく観察したい”と申し出があり、用意された上下一式を着用する事になったのだ。
我は用意された衣服を身に纏っていった。
白い下着を穿き、Vネックの白シャツを頭からかぶる様にして着用。
靴下も履いた。これもサンプル品なのか飾り気のない白いものだ。
次いでグレーのスラックスに足を通し、白いワイシャツに袖を通す。
シャツのボタン、スラックスのチャックを閉め、鍵ホックを止めてーーひとまず完成だ。
正装というには程遠いが、今は服が消し飛ぶ所を観察するために適当なものを着ているに過ぎない。
格好については問題は何もなかった。
この時、久方ぶりに服を着るという行為が、我の幼少期の記憶を思い起こさせた。
最後に服を着るという挑戦をしたあの日の事を。
仲の良い友人たちと晴れわたる空の下、我は友人たちが用意した数々の衣服をこれでもかと着用していった。
そう、あの頃はまだ我でも着られる服があるかもしれないと、我も友人たちもその可能性を信じていたのだ。
様々な衣服があった、どれも新品から古着まで、外国の衣装もあったし、中には服なのかよく分からないものもあったな。
用意した友人の一人は「古代人の遺跡から発掘されたという服を手に入れたよ。“宇宙服”っていうらしい。これならきっと着られるはずさ」とーー
爽やかに微笑む金髪の彼はそう言って我に、おそらく入手に苦労したであろう全身鎧よりも大仰な服をくれたものだ。
……結局弾け飛んでしまったが。
中にはお気に入りの服を持ち寄ってくれた者もいたな。
栗色の髪の彼女は「きっと大切な想いの詰まった服なら大丈夫だと思うの」とーー
そう優しげな顔で言ってあざやかな青いフリルのついたドレスを、同じ色のリボンもつけて渡してくれた。
……結局吹き飛ばしてしまった。
その後、泣きじゃくる彼女をなだめるのが大変だった。
今にして思えば大事な服をどうして我に着せようなどと思ったのか。
いや、そもそも男児である我にどうして女児用の衣服を着せようなどと思ったのか……
……まあ、子供の頃の事だ。何を考えていたかなど、その当時でしか分かるまい。
……うーむ。
こうして服を着てみると……何というか、窮屈であるな。
やはり全裸は良い。
体のどこも押さえつけられておらぬ感覚。
歩く時、走る時、何より闘う時に何ら動きを阻害しない、するものが無い。
あの自由がーー今は無い。
そう思った我は何か胸の中、いや頭の中で何か圧力が上がるものを感じた。
そう、これは苛立ちだ。
常日頃感じている、自由で穏やかで、爽やかな世界が急に暗転して我の心から消えてしまった。
我は求めた。強く、とても強く。自由を!
「ぬうぅぅぅぉあぁぁぁぁあああ!!!」
これ以降の事はあまりよく覚えていない。
我は拳を握りしめた両腕を脇に引き締める様に構え、全身に魔力を漲らせて雄叫びを放っていた……様な気がする。
とにかく強い衝動に突き動かされていたことだけは覚えている。
「ちょっ! 待っーー!」
「えぇっ? な、何でぇぇ?!」
我は単に自由を求めただけだった……はずなのだが……
この後……確か、我が身に纏っていた衣服が急に光りだしたのであったな。あれは魔力による光か?
職人の二人が何か言っていた様だが、その時の我の耳には届いていなかった。
ーーそして気がつけば、我はどことも知れない廃墟の中に移動していた。
「ふむ……」
周囲に散らばる衣服の残骸や制作用のものと思わしき道具類を見て、どうやらこの廃墟が先程までかの工房であったということを理解した。
つまり、我はーー
「……よもや……ここまで吹き飛ぶとはな……」
幼少の頃に衣服を着た時はこの様な“爆発”と呼べる様な規模で吹き飛ぶことはなかった。
せいぜい、ちぎれ飛んだ衣服の残骸が周囲の友人たちに降りかかっていた程度だった。
それに比べてこの有様は一体どうした事だ。
王という立場にあるものとして、滅多なことでは動じない様にしている我も、流石にこの状況では冷や汗が出た。
額から眉間を伝って汗が流れ落ちる。
こめかみから頬にかけても流れていた。
「う、ぅぅおぅ……」
我の傍の瓦礫が呻き声を上げたーー
よく見れば瓦礫から足が二本見えている。
かと思うと、その瓦礫を押し除けてドンラーガ・ノーワン殿が姿を表した。
彼はふるふると頭を振ることで意識がはっきりしたらしい。
正面の我を見て、次いで周囲を見渡して状況を把握している様だ。
「い、いぃ……一体……何が起きたんじゃぁ……」
震える声でノーワン殿がつぶやいた。
まあ、この惨状を見れば精神的な衝撃は大きかろう。
「ノーワン殿、無事か?」
差し当たってはノーワン殿が怪我などしていないか確かめねば。
この程度の暴発で怪我をするほど獣人類は柔ではないはずだが……
「こ……」
あたりを見渡し終えたノーワン殿が何かを言いかけたた後、ノーワン殿は目を剥いた表情で微動だにしなくなった。
そして徐々に我の方へ視線を向けた。
「ーーむ?」
我は、ノーワン殿は一体どうしたのか? と小首を傾げた。
「こんなに吹き飛ぶんなら、何で先に言わんかったんじゃぁぁっ!」
ノーワン殿が我に向かって叫んだ。
よく見ると涙ぐんでいた。
そうだな。大切な場所が吹き飛ばされ、その原因が我ともなれば我に向かって叫ぶのは当然であるな。
「すまぬ……我もまさかここまで吹き飛ぶとは思わなかったのだ……」
我も謝る他なかった。
しかし、予想外であったのは嘘偽りのない事実なのだ。
幼少期よりも肉体も精神も強靭となり、そして魔力も桁違いに高まった結果ということであろう。
「ワシの工房が……」
ノーワン殿ががくりと首を折り、項垂れた。
ーーさて、何はともあれこの状況をなんとかせねばーーむ?
何やら工房跡の外が騒がしい。
どうやら近隣の住民たちがこの爆発で騒ぎ始めてしまった様だ。