間章3
そろそろ魔王と魔人類について説明を……
と思いましたが、キャラクターに喋らせるとなかなか上手くいかないものですね。
「あん? 喋り方が変?」
あいも変わらず薄黄色い空の下と白い平坦な大地の上で、再びやってきた死神にこれまた色々聞いてみたりしている。
本当はこのファニィバーシアという世界について聞きたい事が沢山あったのだけど、ふとした流れから死神の喋り方が気になったので聞いてみた。
いや、変ということは無いんだけど、地球ーーというか日本だと一部の……といっても結構広いんだけど、地方でしか使われてない喋り方だと伝えた。
「ああ、これな。前に世界は神さんが雛形使うて創る言うたやろ。ワイ、ずっと昔にあんさんの地球と同じ雛形で作られたクァン・スァーイっちゅう世界で働いとったんや」
ん? かんさい……? いや、違う世界の事だよな。紛らわしい名前だ。
「ワイはその当時まだ若くてな、現地の人たちと仲良うしとうて仕事の合間の短い時間しかなかったけど、頑張って現地語勉強してん」
死神は懐かしそうに遠くを見つめながら語っていた。……かと思うとすぐにこちらを見た。
「ほんでもやっぱどこか間違うとったんかいな? 向こうじゃしょっちゅう、『おどれ舐めとんのかぁ!?』とか『クァン・スァーイ人やない癖に下手クソなクァン・スァーイ語喋んなや、キモいんじゃあ!』とか、散々罵られてどつき回されての……いや、ホンマ怖かったわー」
死神がなんだか萎れたナスみたいな感じになった。
しかしそうか、それは怖かっただろうなぁ……ってかどんだけバイオレンスな世界なんだそこは。
正直行きたく無いな。そんな異世界。
「ワイ、死神やから寿命なんて無いはずなんやけど、なんか縮んだ気がしたわー。特に、“言ってるところは見てみたいけど自分に向かって言われたくはない本場のクァン・スァーイ語・死神界ランキングNo.1”の『叩てまうど、ゴルァ!』が飛んできた時は、居た堪れなさと切なさと心細さで死んでしまうんやないかと思うたわー。死を司る神が死ぬとか洒落んならんでぇ、ホンマに」
萎れた死神がさらにナヨナヨとした。今にも崩れ落ちそうだ。
どうやら余程トラウマだったらしい。
「でな、ボロボロのボロ雑巾に改造されてしもうたワイが野良犬も寄り付かん様な寂れた薄暗い汚い裏路地に転がされとった時にな、助けてくれた奴が居ってん」
俯いていた死神が急にガバッと顔をあげた。死神の声のトーンが一気に数段上がってた。
ちょっとびっくりしたじゃないか。
……まあ、そんな状況で助けられたんなら嬉しいよね。
「それが、何か綺麗なおねえさんとしゃべる店? “きゃばくら”とか言うとこのおネーちゃんらしくてな。助けてもらった時に『別に、クァン・スァーイ人やなくてもええやん。好きな喋り方でええんよ。アタイは好きやで、あんたの喋り方』……って、言ってくれてん」
よっぽど嬉しかったんだろうなぁ。死神が両手を胸の前で組んで涙声で語っている。
「なんか、もう……その優しさに“キュン”と来た……あの子ええ子やわぁ、また今度会いに行こ」
死神は「ア・ケ・ミちゅあ~ん」などと言いながら自分の体を抱きしめつつくねらせている。
正直キモいんだけど……まあ、いいか。
多分、次会う時はお金かかる気がするけど、これは言わないでおいてあげよう。
「……いやいや、そないな事は今はどうでもええねん。喋り方おかしいっちゅうのは……まあ、それで分こうてんけどな?」
夢の世界から無事に生還した死神が、先ほどとはうって変わって真面目な様子で語る。
「実の所、いまさら直すの面倒でなぁ」
前言撤回。全然真面目じゃなかった。
「異世界の言語を習得するのって結構手間暇かかんねん。いや、ほんとメンドイねん。一応これで話は出来るわけやし、この喋り方で堪忍しとくれんか? な? 頼むわ」
お願いされた。
いや、これはお願いという名の強制だな。
「……んで、魔人類について聞きたいんやったな」
そんなやりとりの後、ようやく本題に入った。
今回は魔王の種族でもある魔人類についてだ。
これまで聞いたところによると、魔王以外は全裸というわけではないそうだが……
「流石に魔王を標準的な魔人類と思うたらアカンで。アレは魔人類の中でもとびっきりの変わり種やからな」
そうなんだ。てっきりみんなあんな感じなのかと思ってた。
「まあ、あんまり後先考えずにその場の勢いだけで突き進んでしまう奴らなのは魔王と変わりないんやけどな。魔王よりはまだ常識的やで。なんといっても服、ちゃんと着とるし」
比較する対象が間違ってる気がしないでも無いけど、あの世界については知らない事だらけだしスルーしとこう。
「前にも話したと思うけど、魔人類の拠点はこの世界の東の果てに当たる場所、極東の空に浮かぶ島々や」
これは前に聞いた。
島、それも大陸と言っていいほど大きい陸地の塊が実際に浮かんでる光景は本当に凄い。
今も目の前のスクリーンにそれが映し出されている。
「そんでこの領域で魔人類が造ったんが“ファーティルグラス魔王国”っちゅう国なんや」
さらに続けて死神がいう所によると、この国にはほとんど魔神族しか居ないらしい。
「なんせ、他の人類がこの浮かんどる島まで来られるようになったんがつい最近やからな。単純に魔法で空を飛べば行ける訳やないんや」
前に見た時は特に気にならなかったが、この島々の周囲は雲で囲まれているようだ。どうやらそれが原因らしい。
「よう見てみ。あの雲えらい速さで流れとるやろ? あの流れは凄まじい魔力の奔流が作ったものでな、アレを単純な飛行魔法で突っ切るなんて芸当のできる人類はまずおらん。なんの対策も無しにあの流れの中に入れば魔法は壊されて消えるわ強風に押し流されるわで、運良く外に逃げて改めて飛行魔法で浮かべば助かるものの、そうでなかったら墜落死や」
なら雲の無さそうな真下からとか雲の上を飛び越えるとかあるのではないかと思うのだが……
「下も見てみ。ものの見事に暴風圏や。というか下側の方がより流れが激しい」
死神がスクリーンを操作して浮遊陸塊の下側を映してくれた。
……なるほど。雲はないけど海の波がすごいことになってる。水が吸い上げられて逆巻いていた。
「で、今度は上やけど」
と言って、死神は今度は陸地の上を写す。
……何もない様に見える。
「なんもないやろ?」
死神がそういうので、何もないなら大丈夫なのでは? と聞いてみた。
「実は何もないのが問題やねん」
こちらが首を傾げるのを見つつ、死神が話を続ける。
「浮遊陸海の上層には何もない。ナイナイついでに魔力も無いねん」
その言葉で大体わかった。
つまり魔法で空を飛べないということか。
「厳密に言うと、人類が使える魔力が薄いっちゅうことやな」
説明お願い……と直接声に出した訳ではないけど顔に出てたらしい。
死神が「込み入った話になるんやけどな」と前置きして話をしてくれた。
「前にもちょこっと言うたけど、魔法を使うために必要な魔力はこの世界では太陽神をはじめとする神々からもたらされとる。ならこの星の周りには魔力が満ちとるんやないかと思うやろうけど、違うねん」
ふむふむと頷きながら死神の話に聞き入る。
「簡単に言うと、人類が使えるのは”太陽の魔力”とこの惑星の衛星ーーええと、月でええか。”月の魔力”と、この“惑星自体が放つ魔力”。この三つが程よく混ざり合った地表あたりからある程度の高度までの層にある“混合魔力”なんよ」
正直、頭の良さには自信がないので想像力が働かないけど、この星の表面を人類にとっての魔力が覆ってる感じかな。
「それぞれの神々から出る純粋な魔力を人類は扱うことが出来んのよ。“何で?”とか言い出したらキリがないさかい説明はここまでにしとくけどな。そんな訳で混合魔力の薄い浮遊陸塊の上空で人類は魔法を使えんっちゅうこっちゃ。ただ一人の例外を除いてな」
魔力の仕組みについては大体わかった。
例外っていうと、やっぱり……
「そう、魔王や。厳密には現在の魔王・ヴァイオルウィンド=アミグダル=ファーティルグラスっちゅう長ったらしい名前の魔王だけは例外なんよ」
あー、やっぱりあの人かー。
全裸のあの人かー。
全裸でスキンヘッドで逞しい筋肉のあの人かー。
「奴は魔人類には違いないんやけどな。それやのに自分で魔力を生み出せるんよ。神でもないのにな」
それはチートという奴なのではないだろうか。
魔法使い放題じゃん。
「まあ、せやな。チートやな。実際魔法をバンバン使いまくっても魔力が切れたこと無いみたいやし」
誰も敵わないだろ、それ。
そりゃ王様にもなるってもんだ。
「一応、魔人類も、その名の通り魔法に長けた人類なんやけどな」
なんか、死神の喋り方が急に歯切れの悪い言い方になった。
一体どうしたんだろう?
「あの世界の人類はそれぞれの種ごとで独特の魔法を使う。種によらん汎用魔法なんてのもあるけどな」
魔人類の話から急に魔法の話になった。
本当にどうしたんだろう。
まあコレははコレで聞きたい話なんだけど。
「例えば、獣人類は呪文の詠唱、魔法によっては詠唱に魔力を練るための動作ーー主に踊りを組み合わせて魔法を作る。詠唱が主やさかい“詠唱魔法”と呼ばれとる」
あの猿っぽい男の子やゴリラっぽいおじさんの人類種だな。
そんな感じで魔法を使うのか。
これまで見てきた映像には魔法を使うところは出てなかったな。
「他には小人類は魔力で紋章を描くことで魔法を作るんで、それは“紋章魔法”とよばれとるし、精人類は自然界の混合魔力が意志を持った“精霊”を使役して魔法としとるんで、まんま“精霊魔法”と呼ばれとるな」
おおー、なんか一気にファンタジーっぽくなってきた。
人類種ごとで使う魔法の特徴が違うのか。
そっちもどんなのか実際に見てみたいなー。
こういう話を聞くとついワクワクしてしまうのは仕方のない事……だよな?
ーーあれ? そういえば魔人類は?
「魔人類はなぁ……」
なんか言いにくそうだ。
さっきから歯切れの悪い感じはコレが原因か。
「なんちゅうたらええんかな……なああんさん、あんさんなら火が出る魔法をなんて言う?」
え? そりゃあ火炎魔法とか火属性魔法とかかな?
「せやろ、そしたら、“なんかのポーズを極めたりすると、なんかが起きる魔法”をなんて言う?」
え? えーと…………アレ? わからない。
「奴ら魔人類の使う魔法って、そんなんなんよ」
いや、どんなんだよ。
なんか起きるってそんなふわっとした表現されても困る。
「例えばな、昼間の公園でアクロバティックな運動のフィニッシュで脚をクロスさせた状態で背筋を剃り返らせながら両手の先をつむじにつけたポーズを極めたら通りすがりの爺さんの腰痛が治ったり」
……?
「商店街の福引で、大股になって腰を曲げて左手を上に掲げながら右手で気合いの掛け声と共にガラガラを回すと、下から2番目の賞が必ず当たるようになったついでに、同じ商店街で同じ時間に買い物しているおばちゃんの顔のシミが一個消えたり」
……お、おう。
「赤ん坊の周囲を踊りながら一周し、この上なくダイナミックな動作で“いないいないばあ”をその名を絶叫しながらしてやると、その日の夜だけは夜泣きをしなくなったり」
もういいです、訳がわからない。
「まあ、ものすごい勢いで裂帛の気合いと共に放たれたいないいないばあを見て赤ん坊は泣きじゃくるんやけどな」
それ、単に泣き疲れて熟睡してるだけじゃないのか。
って、もういいよ。
「あの魔法なのか何なのかよくわからんヤツを何て名付けるか、あの世界の魔法研究者をはじめとした他の人類種たちも頭悩ませとってな」
だろうね、ちょっと話を聞いただけでも頭痛くなる。
「ちなみに奴ら自身はこう呼んどる。なんか素敵なことが起きるから“素敵魔法”やと」
……なるほどねー。腰痛が治ったり顔のシミが取れたりねー。ステキな魔法だなー……
いや、いいのかそれで?
魔法を使う時の形式から詠唱魔法とか紋章魔法とか、魔法の性質や形から火炎魔法とか呼ぶのはなんの抵抗もなく受け入れられるけど。
この魔法についてはなぁ……そもそも魔法なのか? コレ?
「せやな、あんさんがそう思う様に、あの世界でも他の人類種から全力で“素敵魔法”という呼び名は否定されとるよ。まあ魔人類は全く気にしてないみたいやけどな」
メンタル強いなー(棒)
「うむ、奴らは何故かあの浮遊大陸から滅多に出てこんけど、はっきり言ってあの世界のあらゆる人類種の中でも最強や。どの人類種も奴らには敵わん。まあ大体あの魔法のせいやけどな」
本当に強かったのか。
なんか強いというより訳がわからないといった感じな気がするけど。
それなら他の人類から恐れられたりしてるのかな?
「魔王がやらかしたせいというか不幸なすれ違いで、一部の小人類だけは魔人類を一方的に目の敵にしとるけど、他の人類種との関係はおおむね良好みたいやで。諍いらしいモンは特に聞かんしなぁ。まあ、さっきも言った様に、滅多に浮遊大陸から出てこんっちゅうのもあるんやろうけどな」
ちょっと不思議な感じだな。
他の国を侵略したりしないのだろうか?
何か浮遊大陸から出られない理由でもあるのだろうか?
「いや、多分やけど、単に興味がないだけやと思うで。あいつら自分より強いヤツにしか興味示さんし。」
そんなどこかの格闘家とか戦闘民族みたいな…………あの魔法で?
魔人類の強さの基準って何だろう?
「……筋肉の強さやな、量とか質とか。それが奴らの魔法の強さに繋がっとるらしい……これ以上は聞かんといて。正直、ワイもわからん」
死神にも分からないときたか。
というか、筋肉と魔法がどう繋がるんだ?
確か、魔法を使うには魔力が必要で、魔力は太陽とかから来てて……えーっと……
気がつけば考えが止まらなくなり、腕を組んで首を傾げてウンウンと唸っていると死神がーー
「あんまり悩まんほうがええで。魔人類に関しては考えたら負けやと思ったほうがええ」
肩に手を置かれた。
死神は首を振っている。
うん、まあ……そうだよね、考えるだけ無駄だよね。
「さて、今回もここまでかいの」
そろそろ死神は仕事に戻る様だ。
そういえば彼の仕事は順調なんだろうか。
たしか転生者の事後調査とか言ってたっけ。
「いや、それがなー。今回はなかなか見つからんのよ。三人のうち、一人は見つかったんやけどな、あと二人どこに居るんやろか」
死神は頭を掻きながらぼやく様に言った。
なんか大変そうだ。
まあ、頑張ってと伝えておこう。
「おおきに、ほなまた区切りついたらこっち寄るわ」
死神の姿が薄くなって消えていった。
さて、またこの観測機で適当なところでも観ていくとしようか。