第二章 2
ーーよう、俺はドンラーガ・ノーワンの無意識だ。
突然何言ってるんだって? すまねぇな。読者の皆様は今、ついさっきまで居たノーワンの工房とは別の場所に来てんだよ。
どうやって連れてきたんだって? 気にすんな。このファニィバーシアじゃよくあることさ。
ここはノーワンの精神世界ってやつだ。ここには俺と同じくノーワンの顔をした、ノーワンの理性や本能とかが居てな。日々、ノーワンの表面に現れてくる人格、いわゆる顕在意識をサポートしている。
どういうわけか守護霊や背後霊、ハイヤーセルフといったよくわからん奴らもいる。
っていうか、どう考えてもノーワンの精神じゃ無いはずのハイヤーセルフとかいう奴がこの場を仕切ってる。
気がついたらこうなってた。本当、誰だよお前。
まあ、なんだかんだで本体のコントロールが上手くできているので誰も文句言わないんだけど。
そうそう、この世界に流れている時間はものすごく早くて、実際の現実世界では本当に一瞬で全ての出来事が終わると考えて良い。
だから話の時系列がおかしいとか気にしなくていいぞ。
ちなみにこの精神世界、名前がある。
【万濃浅観・悩散らす業】
誰が名づけたか知らないけど、よくできた名前だと思う。
脳内というのは毎年毎月毎日毎時間毎分毎秒……葛藤し、悩み、時に激しい戦いを繰り広げているのに何と戦ってるのか分からなかったりする場所だからな。色々飛び散ることもあるさ。
(注:あくまで無意識の主観です)
この空間には大きなモニターがあってな。これには本体が顕在意識で見たり聞いたり考えたりしている事が映し出されたり音声が流れたりするんだ。
今は本体はもちろん、俺も理性や本能も、そして守護霊も背後霊も大好きな『健全魔女っ子・さじぇすてぃゔはにぃちゃん』の、“空からやってくる途中でパン●ラしそうでしてない画像”が映し出されていて、みんなで締まらない顔しながら見ている。ハイヤーセルフ? 鼻の穴ふくらましてるよ。このムッツリ野郎め。
スクリーンの前は戦艦なんかの司令部みたいな制御装置と座席がある。
真ん中奥の一番偉いやつが座るところで普段指揮をとっているのがこの“観”の観長ことハイヤーセルフだ。ウゼェ。
「あぁ、まーた誇大妄想に浸ってやがる」
理性が奴の前にある操作パネルのモニタを見ながらぼやいた。
どうやら本体はコーヒーをもうとしているみたいだな。
一人でコーヒー飲む時の“癖”って奴だな。一回やってみたら病みつきになっちまったらしい。
まあ、いつもの事だ。放っておいても大丈ーー
ーーおっと、緊急警報だ。
“観内”にけたたましい音が鳴り響いて赤ランプが明滅している。何が起きた?
「大変です観長! 本体の脳が聴覚領域から侵入した“空から”というキーワードに反応して情報の受け入れ体勢を構築したため、さらに続いて入力された“全裸の大男”というキーワードを忠実に実行! 大脳の映像情報制御領域にてイメージ構築が開始されました!」
脳の各部位との通信を担当している守護霊が、観長のハイヤーセルフへ、観測された事態の詳細を報告した。なるほど、そういう事か。
ヤベェな。野郎の全裸とか見たくねぇ。
「何だと!? 緊急事態発生! 総員、戦闘配置に着け!」
ハイヤーセルフの奴も焦ってる。
いや、今やこの“観”全体が緊張に包まれているな。
やれやれ、めんどくせぇな。
「映像情報制御領域にて構築中のイメージ、完成予測の解析結果が出ました! 筋骨隆々……これ以上無い程リアルな“すっぽんぽん・マッチョッチョ”です!」
おちつけ守護霊。
わざわざ詳しく言わんでいいから……ってか言い方。この緊迫した状況で笑わせに来るのやめてくれ。
「なんという事だ……理性、直ちに同領域へ強制停止命令を送れ! イメージを構築させるな!」
ハイヤーセルフの奴は真面目に仕切ってんな。まあ、やらせとくか。
……理性の奴、肩震えてね? アイツもツボにハマったか。
「よりにもよって、ただの男の裸像ではなく、筋肉質とは……どうなっているのだ本体の思考は……」
本能の奴が愕然としてるな。
いや、筋肉とか別にどうでもいいだろ? 男ってこと自体が嫌なワケで……アレ? 俺がおかしいのか?
「同領域への強制停止命令の送信を確認……ダメです! 突発的事象のため、命令が作動しません! イメージ構築なおも継続中!」
守護霊が焦った声で報告してくる。そういえばコイツ、こういう緊迫した場面になるといつもイキイキしてるな。
たまにいるよな、緊急事態とかでカッコつけるの好きなやつ。
「むう……」
観長が唸ったまま固まっちまった。
必死で対策を考えてんだろうな。まあ、頑張れ。
「マッチョ系 Big man! の全裸イメージが構築完了! 同時に顕在意識の妄想投影領域内に射出! 美少女イメージが急速に塗り替えられています!」
なんで守護霊の奴は報告する度に呼び方変えるんだろうな。
あーあ、理性の奴もう笑い堪えすぎてガクガク痙攣してんじゃん。
アイツ一応、この“観”の操舵士なんだよな。本体の思考の方向を制御してる役なんだけど、大丈夫か?
おっと、スクリーンの映像が上から順に書き換わり始めやがった。
やだなー。見たく無いなー。汗臭そうな野郎の全裸なんて。
やっぱ見るなら美少女だろ、全く。
「映像情報制御領域から妄想投影領域への通信経路を遮断しろ! イメージの流入を止めるんだ!」
おいおい、遮断って簡単にってくれるけど、それってーー
「観長! それはっ……!!」
守護霊が振り返って縋る様な目線でハイヤーセルフに向けて叫んだ。
……実はノリノリだろ、お前。あれか? 自分に酔うタイプか?
「かまわん、やれ!」
マジかー。あっ、理性の奴、本当に領域間通信経路の強制切断を実行しやがった。
あれ、本当に脳神経が何本か切れるんだよなー。
笑い堪えるのに夢中でなんも考えてなかったな、アレは。
「経路遮断を確認、イメージの流入の停止も確認しました!」
……まあ、止まるわな。引き換えに大事なもの失った感じだけど。
「やったな」
まあ、危機は乗り越えたけどさ……。
漢の裸も見たく無いけど、ハイヤーセルフ、オメーのドヤ顔も見たくねぇんだわ。嫌な気分だ。
「観長、今回の処置により、将来的な認知症発症率が2パーセント上昇しました」
ほら~。ちょっと驚いただけで2パーセントも上がるか? 普通。
……ってか、淡々と報告してるけど、本能よ、そこは……むしろそここそ愕然とする所なんじゃないかな?
「やむを得ん。美少女の妄想を守る為には犠牲は付きものなのだ」
え~、そうか~? 犠牲出さなきゃいけないほどのモノかそれ?
せいぜい俺らがちょっとゲロ吐きゃ良いだけだったと思うんだが……。
美少女イメージなんて作り直せば良いんだし……。
「ーー!? こっ、これはっ!?」
ちょ、脅かすなよ守護霊。まだその緊張してるフリ続ける気かよ。もういいって。
「どうしたっ!?」
観長も合わせなくて良いから。落ち着こうぜ、みんな。
「かっ、観長! イメージの書き換え止まっていません! ネイキッドハイパーマッチョ領域、尚も拡大中!」
……嘘つけ。まだ自分に酔いたりなかったからってそんな……うわ、マジだ。スクリーンの書き換え止まってねぇ。
はにぃちゃんのおでこが消えちまって代わりになんか脂汗浮き出たオッサンのデコが見えてる。
「馬鹿な、経路は遮断しただろう!? 一体何が起きている!?」
観長、ほんとそれ。実は遮断できてなかったんじゃねぇの?
「通信経路は遮断中で間違いありません!」
本能が慌てた感じの、ほとんど悲鳴じみた声で報告してきた。これは慌てるんだ。いまいちよくわかんねぇ奴だな。
「では一体なぜ……」
んなこと言ったって、誰もわかんねぇよ……あれ? コレ、マジもんの危機的状況って奴じゃね?
「……まさか……寸断されたイメージデータが自己修復を!?」
なんか、理性が怖いこと言ってんですけど。
やめてくれよ。俺、ホラー系は苦手なんだよ。
「ありえん! たかがイメージにそんな能力があるわけが……」
ハイヤーセルフ(おまえ)に同意なんかしたくないけど、その通りだ。
あるワケない。そんなこと。ないない。うん、無いって。
気がつくと、スクリーンの画像の顔部分が変わってた。
もうその顔だけでそこから下がムッキムキなのが分かりそうなぐらい精悍な顔つきした野郎のにやけ顔が、はにぃちゃんの胴体から生えてた。自然な感じに。
そんなもんだから俺は思わずーー
「首の部分のつながりが自然すぎて気持ち悪ぃ」
と、画像を指さしながら思い浮かんだままの感想をつぶやいた。
「「「……」」」
ーーん? なんだよ、全員黙りこくっちゃって。みんなスクリーン見て固まってるな。作業はいいのか? 緊急事態だろ?
「そんなこたぁ、どうでもいいんだよ! 気にすんなよ! 今それどこじゃないだろうが!」
なんか、ハイヤーセルフが急にキレた。なんだよ、思ったままを言ったまでじゃねぇか。
「だから無意識は精神世界に入れるなと進言したんです! 観長が聞いてくれないからぁ……」
おい、理性。何言ってくれちゃってんの? 初耳なんですけど? お前とは一回本気で殴り合う必要がありそうだな。
「時間が……無駄に……!」
守護霊はアレだな、きっと慌てるのが仕事のヒトなんだな。でも仕事だからって操作盤を壊れそうな勢いで叩きまくるのはどうかと思う。
「とにかく画像の書き換えを止めなくては!」
そう叫びながら本能は俺をロープで縛り上げ、猿轡を噛ませて床に転がしやがった。
……ヒドくね? お前、本能のくせに俺をのけものにするのかよ。
まあ、お前みたいな奴と友達なんて、こっちからお断りだけどな。
「くっ、何か手立ては無いのかぁっ!」
観長が喚きながら椅子の肘掛けに拳を打ちつけた。
追い詰められてんなー。いかんよー、ヒトの上に立つモンがそんな取り乱しちゃ。部下は付いていかんよー?
……とか、縛られてなければ鼻くそほじりながら観長に言ってやるところなんだが、どうにも動けねぇ……お、なんか思いつたみたいだな。
「本体の脳全体へ新しい美少女イメージの構築命令を広域乱射! 脳神経が焼き切れしても構わん! 撃って撃って撃ちまくれ! いいか、美少女だぞ! 間違ってもマッパでマッチョなダンディのイメージなど創らせるな! ……あと、エロいやつなら尚良し!」
あー、新しいイメージでさらに上塗りしようってのか。でも脳神経焼き切れたらヤバない? あと、どさくさに紛れて何エロいの要求してんだよ。このエロ親父め。
「了解! 脳全体へ美少女エロ画像を要請します!」
守護霊のやつ、口元ニヤけてるわ。ほんと良い性格してんなコイツ。
「いや、普通のでも十分だから。エロいのは出来ればでいい……その、なんだ……その方が効果的だからな。うん。」
何日和ってんだよ、ムッツリ観長。ほんとは見たいくせに。頬赤らめてんじゃねぇよ、キメェんだよ。
「……」
「……」
「……」
……まあ、新しいイメージ作れっつっても時間はかかるわけで……みんな黙っちゃったわけで……音といえば機器類から出る色んな警告音とか通知音的なやつだけ。
重いなー。空気が重いっていうの? 緊迫した場面だからってのはわかるけどさー。明るく行こうぜー。
あーあ、縛られてなければ情熱的な振り付けを追求した俺のオリジナルダンスをみんなの後ろで踊ってやるんだけどなー。
「……観長! 大脳における新規の美少女イメージを多数構築に成功! 直ちに妄想領域に向けて順次射出します!」
おー、やっときたか。急げよ守護霊。もうスクリーンに割れた腹筋とか映ってるし。危険領域まであと少ししかねぇわ。
「よぉし! 行けえ!」
いや、そんな「勝ったな」って顔すんなよ観長。
そういうことすると大体、期待と逆の結果になるんだよ。
「……」
「……」
「……」
ほらなー。流石にこれは俺も黙って見てたんだけど……何の反応も無いじゃん。
もうなんかモジャッとした“モノ”が見えてきてるんですけど。
「何故ダァ!? なぜ書き換えが起こらん!?」
観長がまた肘掛け叩いてる。肘掛けと奴の拳、どっちが先に壊れるか気になる。
「……! 観長! 攻性防壁です! “生まれたままの漢の中の漢”イメージに防衛能力の存在を確認! 妄想領域へ送信中の美少女イメージが悉く排除されています!」
守護霊さんよ……何言ってんの? アンタの言ってることがまるで理解できないんだが。あといい加減、呼び方統一してくれ。
「だからなんで、ただのイメージにそんな機能が付いてんだよ! おかしいだろ! こんなん絶対、おかしいだろ!」
これは観長に全面的に同意だわー。
え? 大男の画像、ひょっとしてイメージじゃないの? 何なの?
「ウィルスよりひどい……なんだ、このイメージ……」
本能が愕然としてる。やだなー、もう完全にホラーじゃん。ジャンル変えようよ……。
「……ここまでか」
あ、諦めちゃった。こうなるなら脳内経路の強制切断とかしなきゃ良かったのに。
認知症発症率無駄に上げちゃったじゃん……まあ、しょうがないか……
フッ……後悔ってのはな、こうして後で悔やむから後悔と言うのだよ。
……なんて、良い事言ってる口調で何も良い事言ってない俺。流石だね。
あ、そういえば、前悔って言葉聞かねえな、やる前に悔やめるような器用な奴ってやっぱり世の中に居ないのかな。
「脳内妄想が全て全裸のマッチョ野郎に置き換わりました! 本体の意識が妄想領域に書き込まれた映像の認識を開始します!」
おっと、どうでも良いこと考えてたら、もう最終局面だった。
最後まで言い方統一する気はないのね。
しかし、ひでー画像だな。あんまり視界に入れない様にしよう。
「総員、対ショック・対酷妄(*)防御! 衝撃に備えろ!」
(* 酷い妄想のこと、造語)
いやいや、備えろって言われても、俺、縛られて床に転がされてるんですけど……って放置かよ。酷くね?
「観長! マスターが嚥下中だった飲料の一部が気管に侵入! このままでは咳嗽反射でかなり強く咽せる事になります!」
そういや、本体は、はにぃちゃんの妄想に浸りながら、自分語り用脳内BGMを奏でつつ自信満々の表情でコーヒーを飲もうとしていたんだったけな。
うむ、我が本体ながら、本当に変態だな。
「…………ああ、うん……それはまあ、しょうがないね」
うーわ、ダメだと分かった途端にやる気無くしやがった、観長。
「……そっすね。むしろ咽させとかないと肺に炎症とか起こして危ないですもんね。口腔内圧、間も無く臨界値(*)を突破しまーす」
(* 限界ギリギリの数値のこと)
守護霊も、やる気なくしてんじゃねぇよ。最後までキャラ貫けよ。
……あ、やべ……なんか今、無意識になんか電波めいた何かが届いた……え? これを叫べって?
「エネルギー充填、百二十パーセントぉ!!」
……なんだこれ? 自分で叫んどいてなんだけど、ワケわからねぇ。猿轡もいつの間にか外れてるし、どうなってんだ?
「吐くのは“波動砲”じゃ無ぇよ! どこの宇宙戦艦だよ! 言ってみたかっただけとか、もうホントに……そういうの止めろよ! もう!」
観長がなんか反応した。
いや別に俺が言いたかったワケじゃねぇんだけど……。そもそも“はどうほう”って何だよ。知らねーよ。
そういやハイヤーセルフの奴、初めて【脳散らす業】(ここ)に来た時の自己紹介で「時空を超えたツッコミには定評があります」とか意味不明なこと抜かしてやがったな。これのことか? ホント、何者なんだよ、お前。
「……今思ったんですが、全裸の大男の呼称を統一すべきだったのでは?」
守護霊さぁ……。とりあえず、今までの全部が素でやってたのかわざとだったのか、その辺はっきりさせとこうか。
「今さらどうでもいいわ! てか、お前やろ! その都度変えとったの!」
観長も変えてたよな、具体的には新しい美少女イメージで上書きしようとした時。
勢いに任せてオリジナルな呼び方で呼んでましたよね?
ーーあ、なんかすごい揺れてる。本体が咽せるんだな。そろそろ此処の一幕も終わりだな。
それじゃあみんな、また会おうぜーー