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全裸(マッパ)の魔王様  作者: 篠瑪 華乃介(しのめ かのすけ)
3/10

第一章

本編の開始です。

ようやく主人公が登場です。


基本に忠実にを目指していたはずが、人称・視点の書き方が小説の基本から外れてしまいました。

読みにくくなければ良いのですが……。


追記:視点が移動したことを示す記述を入れてみました。

* 視点 ーー 《 語り部 》


 はるか時空の彼方にある世界・ファニィバーシア。ここで生きる人類達も地球とは様相をにするものの、独自の文明を持ち、至る所に大小様々な国家を成していた。


 人類というしゅは実に様々な土地に住む。森や草原、高山に海岸。人類を人類たらしめる知性は、生命としてのあらゆる可能性を切り開き、本来生存に適さぬような過酷な土地でさえ作り替えて定住してしまう。


 そして住み着く人間がいれば同時に、あるいは次第にそこから離れた土地に住む者との交流が始まる。求められるものは移動手段。より早く、より多く。人を物を運ぶ技が長い時を経て次第に発達していく。


 この世界で人や物をせて運ぶ乗り物には、魔力を動力源とした陸路を行く車や海路を行く艦船かんせんなどがあるが、空路を行く航空機が“天渡船てんとせん”である。

 

 最初の発明以降、さまざまな国家で開発・改造・改良が行われており、魔王国でもその長い歴史の中で多様な形態けいたいが生み出されてきた。


 どの機体でも共通しているのは空気抵抗を減らすために作られたとひと目で分かる縦長で流線型りゅうせんけいの胴体と、そこから最低2本以上の、腕とも翼とも見てとれる物がちょうど左右対象になる様に出ている事。


 さらにはこの翼腕部よくわんぶには風の流れを魔力で制御する魔導の装置が組み込まれていて、浮力や推進力すいしんりょくを生み出すことが出来る事であった。


 これにより天渡船は大空を自在に駆け巡り、多くの人や物を運ぶ事ができるのだ。


 船体が大気を裂くために生み出された低いうなり声の様な音が絶え間なく鳴り響いていた。そこはあわい青みがかった明かりがほのかに内部を照らす鋼鉄製の壁と床で囲まれた部屋であった。


 中央には微動びどうだにせずたたずむ者が居る。床も壁も金属で出来ているそこは本来なら様々な物資が積まれている場所であり、地上にあれば倉庫と呼ばれるであろう。だがここはとある空飛ぶ艦船かんせんの一部、すなわち格納庫である。


 その格納庫の中央にて腕を組んで仁王におうの様に立つ見事な筋肉。だれもが頭髪が無い事以上に衣服が無い事に気が向いてしまうであろうその男は、極東浮遊陸塊群きょくとうふゆうりくかいぐんに拠点を持つファーティルグラス魔王国の元首げんしゅにして今代の魔王・ヴァイオルウィンド=アミグダル=ファーティルグラスその人である。


 もっとも、名前で呼ばれる事はあまりなく、配下や国民、そして諸外国の人々からも“魔王様”または“魔王”で通じる為、常にそう呼ばれている。彼は今、目を閉じて静かに配下からの連絡を待っていた。


 魔王国のある極東浮遊陸塊群を北西へと抜けて大海原を超えると、大気ではなく大海に浮かぶ島々が連なる多島列島が見えてくる。魔王は今、魔王国が所有する天空を渡る船・天渡船てんとせんに乗り込んでこの列島の上空まで来ていた。目的地はこの列島の中の小国、そこに魔王が求める職人が住んでいるのである。


 時刻は明け方に差し掛かり、東からゆっくりと白んでいく空に、輝く星々が溶ける様に消えて行く。地平の彼方よりの光がその姿を現し始め、多くの人々が今日1日を始める為に起き出し、あるいはいま微睡まどろんでいる頃ーー


「魔王様!間も無く目標地点です!」


 船の司令室にて指揮を取る船長から、船内に据付すえつけられた通信装置を介して格納庫に居る魔王へ報告が入った。


 魔王はゆっくりと目を開けた。そこには強き者が放つ独特の眼光があった。周囲に誰か居れば、何者も行手を阻ませる事は出来ぬという気迫に気圧されていたであろう。……全裸に気を取られていなければだが。


「うむ、では行ってくる……後部扉ハッチを開けい!」


 魔王が通信装置を通して命じると、格納庫の大きな搬出口はんしゅつぐちの扉が徐々に開き始めた。飛行中の機体が胴体後部に口を開ける形となったのである。


 船の内と外の気圧差により、格納庫内にはすさまじい強風が吹き荒れた。だが魔王は全く動じない、並大抵の人間であれば吹き飛ばされる程強烈な風だが、特に意にかいす事もなく前を見据みすえていた。


 魔王の前にはただ闇が広がっていた。明け方とは言え、まだは出始めたばかりで眼下がんかに広がる世界はくらい。


 完全に開いた搬出口はんしゅつぐちの際に立つと、闇の彼方、地上と思われる場所にはこの朝早い時間でも人が活動しているのであろう、小さな光がいくつかまたたいていた。


 魔王は歩みを進め、搬出口はんしゅつぐちふちへと立つ。今まさに跳躍ちょうやくせんとする魔王に、船長が見送りの言葉を送る。


「吉報をお待ちしております」


 そして魔王は闇の中へとんだ。何も身につけず全裸で。吹き荒れる風を体の前面からしっかりと全身に受け、手足を大きく広げて降下していった。


 魔王を送り出した天渡船てんとせんは格納庫の扉を閉じて旋回し、そして進路を変えて飛び去っていくのであった。


 ファニィバーシアにおける東方世界の中でも特に東寄りの海原に、大小の島々が北から南の方向へ縦に長く伸びて配置された多島列島があった。その名をソルオリジン列島と言う。


 この列島を治めるのは、列島名そのものの由来ともなったソルオリジン連合皇国(こうこく)である。四十を超える多数の王国による連合国家であり、その盟主たる皇王(こうおう)を頂点としている。


 最も大きい中央の島から北寄りの地域はノースランド地方と呼ばれ、そこでは小さな四つの国が横並びに存在していた。その中の一つ、左から数えて2番目がストーンリバー王国である。


 ソルオリジン列島をはじめとして世界各地に繁栄している獣と人の混合体ハイブリッドである“獣人類”が人口の大多数を占める国である。


 その首都であるゴールドマーシュはノースランド地方有数の都市であり、人口密集地と言って良い所だが、やはり地方都市の側面は免れない。少し郊外に出れば建物や人家もすぐにまばらとなり、田園や森が豊かな土地へと変わってしまう。


そんな小さな王国の、小さな都市の南側の郊外ーー


* 視点 ーー 《 ヒヨシマル 》


ーーピピピッ ピピピッ ……と、小さく控えめな音が鳴り響いているのを聞いて、オレは目を覚ました。布団の中から手を伸ばして目覚まし時計のアラームを止めた。


 オレの名前はヒヨシマル。今年で一六歳。猿の獣人類。猿と言っても色々いるけど、オレはちょっと赤い顔と褐色の毛のタイプ(地球でいう所の“ニホンザル”に相当) 背はちょっと低めで、腕も細めだけど、そこそこ鍛えてる。体力勝負の仕事してるしな。


 布団から出ようとすると、冷えた空気でちょっと震えた。そろそろ春なんだけどなぁ、と心の中でぼやきつつ、意を決して起き上がった。


 ここは築三十年の、猿千芋須さちうす荘という名前の木造アパートだ。オレはその一部屋を借りて住んでる。壁が薄いので大きい音は厳禁だ。


 オレはとある仕立て屋の弟子だ。弟子入りして一年ほどの新米。一応給料は出るけどなんとか暮らしていくだけで精一杯の分しかない。


 もっと修行を積んで、一人前になったら給料も上がる。そしたらもっと良い部屋に移るも良し、金をためて一軒家ってのも悪くない。何より自分の工房を手に入れたい。それはオレの人生の目標だ。


 ささっと布団を片付けて部屋の隅に寄せたオレは、折りたたみテーブルを出した。これから朝食だ。


 冷蔵庫には昨日作った夕食の残りが入った鍋がある。一応、料理は簡単なものだけ親に教えてもらったんでたまに作る。基本は安食堂通いだけど、作った方が食費は安く済むんだよね。


 台所の一口コンロに鍋を置いて点火した。温まるまでの間に洗面所も兼ねてる台所で顔を洗い、寝巻きから服を着替える。職場では作業着を着るが、それを着るのは職場に行ってからだ。


 十五歳で成人*して、一人暮らしを始めて以来、ずっと繰り広げられてきた光景だ。最初のうちこそ新鮮だったりおっかなびっくりだったりしたけど、今では慣れたものだ。


(* 獣人類の社会では十五歳で成人し、働き始める。一部にはさらに高度な教育機関へと進学する者も居る)


 朝食も終わり、朝の諸々の準備を終えたオレは早速仕事場へと向かうことにした。玄関で履き古した靴をこうとして、そろそろ新しいの買おうかななんて思ったりしつつ、アパートを出た。


 ちょうど朝日が遠くの山から見え始めている所だった。昨日見た天気予報でも今日は快晴だって言ってたしな。


 真上を見上げると雲は無く、まだ暗い空が見えた。星は流石に見えなかったけど。


 弟子入りして、この朝早く起きなければならない生活に慣れるのが一番大変だったと思う。最初の頃は起きるのも辛かった。


 でも慣れてくると良いこともあるんだよな。朝の空気は澄んでて気持ちがいいんだ。


(すー、はー)


 思わず深呼吸しちゃったり。でも、朝の早い時間にこれやると、自然と気合が入るんだよなー。


 よし、今日も頑張るかー!


 アパートは小さな町中にあるので周りには民家が並んでるけど、隣町にある職場に向かうには人の家など一軒もない森を抜ける道を通る必要があった。


 狭い道ではないし特に危険はないけど、結構歩くんだよね。まあ職場の近くに安いアパートが無かったのでしょうがない。


「フン、フン、フフ~ン♪」


 まだちょっと薄暗い、乾いた砂地に小石の混じった森の中の一本道を歩いて進む。


 周りに誰も居ないので、思わず鼻歌が漏れたりする。今日はなんとなくいつもより気分が良いからってのもあるかもな。


「フン、フフン、フ~ン♪………………?」


 軽い足取りで人気のない道を歩いていた時だった。妙に周りが明るくなった。


 太陽が完全に姿を見せたのかと思って東の空を見てみたら、さっき見た時よりは出てるけどあまり変わりない。


 あれ? どうなってんだ……?


 オレは辺りを見渡したが、特に何も無かった。


……いや、この感じは上か? と思い、見上げるとーー


 オレから少し離れた空中に、何かが浮かんでいた。


 よく目を凝らしてみると、人のような形をしているーーいや、人だ……人なんだけど……えーと、なんか光ってる。あれは魔法だな。魔力を感じる。


 オレは魔法は得意じゃないから詳しいことはわからないけど、たぶん空を飛ぶ魔法。落ちてきている様には見えず、ゆっくり降りてきてることからそれは分かる。


 それはそれで凄い魔法技術なんだけど……なんていうか……その……何で全裸マッパなんだ?


 風が吹いた。オレは頬に風があたるのを感じてはいたけど、目の前で信じられない事が起きてて動けなかった。本当に、どうしたら良いのかとっさには思い浮かばなかった。


 たぶん、逃げるまでしなくても少しでもここから離れたら良かったんだろうな。


 風がだんだん強くなって、気がついたら足を踏ん張ってた。


「うおお……これやばい……って、飛ばされるっっっ……ってぇえええ!」


 オレは叫んでた。叫んでどうにかなるわけじゃないけど、叫ばずにいられなかった。


 地面に伏せようとしたけど、遅かった。風が強すぎて出来ない。

 

 今まさに降りこようとしている何も着てない人はこちらに背中を向けている。


 オレが必死に吹き荒れる風に耐えているのは見えてないみたいだ。風がどんどん強くなる。もうダメだ。


ーー 一瞬だけ、今まで自分の体は地面に吸い付ける下向きの力に引っ張られていたんだなぁ……と思った。


 けどすぐに何かを考える余裕なんてなくなった。今まで歩いてきた道を、無理やり戻らされながら背中が地面に擦られた。


 そのあとは浮き上がることはなかったけど、地面の上を転がされた。


ッテテ……」


 体がやっと止まった所で、上半身を起こした。


 大した怪我はしてないけど、あちこち擦ってる。服も砂埃に塗れてしまってた。


「何なんだよ、もう……」


 酷い目にあったもんだ。


 なんでこんな目に遭わされなきゃいけないんだと非難したい気持ちで“原因”の方に目を向けようとした時、自分の上から影がおおってきた。思わず顔を上げるとーー


「……お主、大丈夫か?」


ーー身長がオレの2倍近くはある、何も着てない穿いてない、そんな巨大な筋肉……じゃなくて大男が目の前に立っていた。


* 視点 ーー 《 魔王 》


 天渡船から飛び降りること数刻。われは目的の人物がいると思わしき地へと降り立った。


 我はヴァイオルウィンド=アミグダル=ファーティルグラス。またの名を魔王という。


 今日は一つ、記念すべき日となるであろう。それは、今日初めて我は着地に成功したのである。


 外国へ(暇つぶしや行楽で)身分を隠して視察する様になってからかれこれ101回目の着地である。


 以前は人気の多い住宅街などに着地していたため、家屋を損壊させたり地域住民に怪我を負わせたりしてしまっていたのだ。私の魔法でそれらは全て即座に修復できるとはいえ、迷惑をかけていた事に変わりはない。


 思い起こせば、50回目ぐらいで毎回そうした被害が出ていることに気がつき、80回目ぐらいの時に当時の被害者からもうこの着地の仕方はやめて欲しいと懇願され、それならばと風を抑えめにして着地したり着地寸前だけ風を出すようにしてみたりして100回目まで挑戦したのだが、結局被害が出てしまっていたのだ。


 そして101回目の今日。人気のない場所をきちんと選び、かつ慎重に着地したのである。


 試行錯誤の末に大成功を収め、我は満足して頷いた。


 さて、それでは今回の目標である、伝説の仕立て屋を探そうか。


 とはいえ、この地に土地勘のない我はこれからどこに向かえば良いか分からぬ。


 差し当たって、今私が立っているこの道をこのまま進むか、あるいは逆に行くかーー


 と、そこで振り返った我は、視線の先に一人の浮浪児と思しき見窄みすぼらしいボロボロのわらしが横たわっているのを見た。


 浮浪児と思しきわらしが起き上がった。「ッテテ……」と痛みを訴える声を出している。


よくみると、彼は体のあちこちを擦りむいているようだ。道路にも引き摺ったような後が見えるな……ふむ、これは……。


 我は脳を働かせ、この者に何が起きたのか推理した。……いや、考えるまでもなかったな。


“この者は全力で走っていてつまづいたのだ”


 状況をよく見れば誰にでもわかる、簡単な事だった。


 よほど勢いよく転んだのであろう。彼は大した傷ではないとはいえあちこち擦り傷だらけだ。


 何はともあれ怪我をしている者を放ってはおけぬ。


「……お主、大丈夫か?」


 近づいて声をかけた。近くで見ると、獣人類の少年だ。ふむ、猿系の獣人類か。


 彼は私を見て……「ヒッ」という引き攣ったような声を出して固まった。よくあることだ、私と出会った者はたまにこういう反応をする。


 不思議なことではあったが気にしても仕方がない。他にも世の中には不思議なことはいっぱいあるあるのだ。この程度、些細なことである。


 とりあえず、この少年の怪我を治すとするかーー


「ぬぅぅううん!!」


 我は鍛えられし右腕を上にあげ、左腕を下に、両掌は前にむけ、両足を開いてポーズをめた。全身に力を込める。


 少年に向けて我の魔法が放たれた。たちまち少年の擦り傷が治っていく。


 おまけで衣服の汚れと破れやほつれなども治した。これでもう大丈夫だ。


「ふむ、こんなものか。少年よまだ怪我は残っておらぬか?」


 少年はキョトンとして目をまたたかせた後、自身の体を眺め回して「お……おぉ……」とうめいている。


 どうやら問題なさそうであるな。


「あ、だ……だ、大丈夫っす……ど、どど、どうも……」


 たまにおるな、こういう不思議な喋り方をする者が。大体打ち解けていくうちに普通に喋るようになるのだが、何とも不可思議なものだ。


* 視点 ーー 《 ヒヨシマル 》


 全裸の大男がオレの目の前に居た。


 全身すごい筋肉だ。どんな鍛え方したらこんな風になれるんだろう……。

 あと髪の毛がない。眉毛も……ほとんどない。それになんだろう……とにかくすごく圧倒される。

 心臓がドクドクと激しく脈打ってるのがわかる。なんていうか、単純に怖い。


「あ、だ……だ、大丈夫っす……ど、どど、どうも……」


 声がうわずっている。舌もうまく回らない。


ーーあ、でも一応、悪い人じゃないのかな。怪我治してくれたし。

ーーいや待て、物凄い問題があった。


“なんでこの人(?)は全裸なのに平然としているんだ?”


「ならば良いが……もし、痛むところがあれば遠慮なく申せ。我が魔法ですぐに治してやろう」


 なんか、気の良いこと言ってくれてるけど、こっちはそれどころじゃない。

 何で全裸なのか、そもそも何者なのか確かめないと。確かめない内は何一つ安心できない。


「……して、お主。お主はこの地に住んでおる者だな?」


 こちらが口を開く前に、全裸の大男が急に尋ねてきた。


「は、ハイそうですっ」


 思わず反射的に返事が出た。声がうわずっていた。だって怖いし。


「ふむ……」


 全裸の大男は顎に手を当てて、何か考えている様子だった。


「驚かせてすまぬ。少々事情があってこの地に降り立つ事になってな」


 なんか、見た目とは違って紳士的だ。意外にも……。


「じ、事情っすか……」


 ようやく心臓の鼓動が落ち着いてきた。話はどうやら通じるらしい。


「うむ、とある人物を探しておるのだが……お主、ドンラーガ・ノーワン*という男を知らぬか? 伝説の仕立て屋と呼ばれておるそうだが……」


(* ソルオリジン人の人名は、日本人名と同じく姓 → 名の順で氏名を書きます)


「ウェッ?」


 思わず変な声が出た。その名前は知ってるも何もーー


「……む? どうした?」


オレの様子を見て不思議そうな様子の大男に、オレはありのままの答えを告げる。


「あ……いや……ドンラーガ・ノーワンはオレの親方の名前っすけど……」


 そう、それはオレが弟子入りした親方の名前。確かに一部で伝説の仕立て屋とか言われてるけどアレは……正直カンベンして欲しい。


「おお、お主はノーワン殿のお弟子殿か。なれば手間をかけてすまぬが、案内してもらえぬか?」


 マジかー。この人“そっち系”の用事で来たのかー。普通のお客ならよかったなー……まあ、格好からしてそれは絶望的だったけど。


 まあ、格好以外は礼儀正しい感じだし、案内しても良いか。でもその前に……。


「その前にアンタ一体何者なんスか?……いや、それ以上になんで真っ裸なのにそんな平気そうなんスか? 恥ずかしく無いんスか?」


 正直、この大男の正体よりも、全裸そのかっこうで平然としているのが気になる。というか信じられない。


「おお、そういえばまだ名乗ってもおらなんだな。我はーー」


 いや、名前より全裸の理由が気になるんだけど……あれ? なんか考え込んでるな。


* 視点 ーー 《 魔王 》


「我はーー」


 名乗ろうとした我は、自身がお忍びでここへ来ているーーつまりは、世間を不用意に混乱させない(つもりの)ため、身分を隠す必要があることに気がついた。


 だが、困ったことに思いつくままこの地にやってきた我は何の用意もしていなかった。


 天渡船てんとせんの、十分に時間があったであろうその行程中でも、どんなデザインの服になるのか、あるいは家臣たちがどんな反応をするのか、はてまたペット(オス・?歳・体長は六十センチメートル~三メートルで可変)とお揃いのデザインにしてみてはどうかなど、実際に衣服を作成する際に重要になる事柄(*)の考察に負われていたために、その辺りの事はおざなりになってしまっていたのである。


(* 本人にとっては重要なのです)


 仕方がない、かくなるうえはーー


 我は、脳に力を入れた。私の脳は、こうして本気を出せばその()()を1.2倍にバンプアップさせることが出来る。


 最大限に膨れ上がった脳の内部では、縦横無尽に巡る血管が激しく蠕動運動ぜんどううんどうを行い、高性能ポンプとなって内部を流れる血液の流れを流体力学の限界まで高める。


 そうして十分に酸素や栄養素を送り込まれた神経細胞ニューロンという名の内在筋肉インナーマッスルは1秒間に三百五十万レップを超える反復運動を繰り返し、その強力なピストン運動はシナプス間を流れる電気信号をクロック周波数3.579545MHzの処理速度まで引き上げるのだ。


(* この魔王のセリフは理解できなくても大丈夫です。気にせず読み進めてください)


 私は十分にウォームアップされた脳へ必要な情報を入力インプットしていく。


ーー本名は隠すべきだな。これは我が魔王わたしであることを即座に知らしめてしまうものだ。また、目立たない様、もっと柔らかくふわりとしたイメージのものにーー


ーー身分も当然。魔王以外の職業、もっとありきたりなものにするべきだ。それでいて特徴の無いものが良いーー


 こうして、超高性能演算装置と化した我が脳漿は、最高にして最適な回答を弾き出すのであった。


『ナマエ ト ミブン ヲ カクセバ ダイジョウbu』


 処理速度の限界により、最後の文字が変換しきれていなかったが些細なことだ。では早速その方針で行くとしよう。


「我の名はウィンド。旅の風来坊だ」


 あくまでも真摯に。こう言う時に笑顔は不要だ。


 まず、名前。完璧だな。本名からヴァイオルという印象に残りやすい響き*の部分を削ることで存在感を薄くしている。


(* あくまでも魔王の主観です)


 そして身分。これも完璧だ。“風来坊”とは、どこからともなく現れてはどこへともなく去っていく気紛れな人間のことだ。


 あえて捉えどころのないものにすることで、それ以上の追跡・特定を困難なものにしている。我が魔王である事まで辿り着けるものは、もはや居ないだろう。さて少年の方はーー


「お、おう……」


……ふむ、少年の答えに今一つ手応えが感じられぬ。妙であるな。


* 視点 ーー 《 ヒヨシマル 》


 えっ……と。どうすりゃ良いんだ、これ。


 オレは風来坊という言葉の意味を思い起こしていた。


 昔、実家にまだ住んでいた頃。古い時代のテレビドラマの再放送を家族と一緒に見ていた時に、ちゃらんぽらんな感じの主人公が「アッシは風来坊でやんすからねぇ、なはははー」と笑っていたのを思い出した。


 そう、風来坊ってそんな感じだよな。絶対、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に真顔で言われるセリフじゃない……よな?


 一応、名前はわかったけど……風来坊って、確か適当な時に適当にどっか行っちゃう人のことだよな。結局何者なんだよ。怪しいなぁ……単に正体を隠したいだけかもしれないけど。


 あと、自分の事を“われ”って言う事は、どこかの偉いヒトなのかなぁ。

……王様とか?


 いや、まさかそんなわけないよな。


 どこかの国の偉い王様が、こんな片田舎の道端で全裸で平然と立っているなんて、あるわけがーー


……あれ? なんっ……か、記憶に引っかかる様な……なんだろ?


 思い出せない。


 まあ、これ以上聞いても埒あかなそうだし、親方を訪ねてきたっていうなら、多分服を作りにきたんだと思うけど、一応確かめておくか。


「えぇっと……んで、そのウィンドさんが何でまたウチの親方に用があるんスか? 服の製作依頼とかっすか?」


 大男オッサンは、よくぞ聞いてくれたという感じで頷くと語り出した。


「うむ、我は生まれつき服を着ると弾き飛ばしてしまう体質である故、常に全裸でな。今まで服を着た事がないのだ」


……は? え? 今なんて? オレは自分の顔がほうけているのを感じていたが直せなかった。開いた口が塞がらない。


「それで最近、伝説の仕立て屋と称されるノーワン殿の噂を聞きつけな、ひょっとしたらこの御人であれば我の服を作る事ができるやもしれぬと思い、こうしてやって来たというわけだ」


「あ、はい……服の製作依頼っすね。それならいつも通り……じゃねぇよ、すいません、あの、服が着れないってどういう事?」


 呆けた状態から立ち直ったオレは即座に聞き返していた。


「む? 今言った通り、服を着ると弾け飛んでしまう体質なのだが?」


 大男はさっきと同じことを言った。今度はその言葉自体は理解できたんだけど……。


「あーなるほどー、服を着ると弾け飛んじゃう体質なのかー、それで全裸……いやいやいやいや、無えよ!? 聞いた事無えよ! そんな体質。大体今まで、裸でどうやって過ごして来たのさ!?」


 オレはもう大男オッサンの威圧感に押されて緊張などしていなかった。驚きの方が強すぎて。相手が一応ながら客であるという事も忘れてぶっきらぼうな言い方で捲し立てた。


「うーむ、そう言われてもな……。全裸など、慣れてしまえば問題なかろう?」

「……な、慣れる?」

「うむ、慣れる」


 聞き返すオレに、大男は揺るぎない自信に満ちた表情でそう言い切った。


「……あ、そ……そっすね……全裸も慣れれば……」


 思わず同意しかけたオレは自分が全裸になって生活している様子を想像した。


 朝、布団から出た時点で全裸。


 全裸でカーテンを開けて爽やかな笑顔で朝の光を全裸で浴び、全裸のまま顔を洗い、全裸で朝食を取る。


 そして出勤するため全裸で外へ、道ゆく近所の人々に全裸で挨拶し、職場に着いたら全裸で元気よく“おはようございます!”と挨拶をーー


「っっっっっっっっって、慣れるわけあるかぁ! 恥ずかしすぎるわぁ!」


 オレはもう何が何だかわからなくなっていた。頭の中が整理しきれない事でいっぱいになってしまった。今オレの頭が本当に煙を吐いていても不思議に思う事はないだろう。


 だけど、そんなオレの頭の中で、何か開かれる感覚があった。


『ーーこのファーティルグラス魔王国で一番偉いのは、他でもなく魔王ですーー』


 あ……これ昔の記憶だな。まだ学校に通っていた時の。


 獣人類オレたちは六歳から十五歳まで、文字の読み書きや最低限の計算、世の中の仕組みなどを習うため、学校に行かされる。

 これはそんな学校の授業のひととき。


『ーーこうして、極東全域を大混乱に陥れた大怪物・セプトプレクスは討伐されーー』


『ーー国の魔王は世代交代をすることにーー』


 んん? でもなんでこんなことを今思い出すんだろ?


 オレは教室で授業を受けていた。黒緑色の大きな黒板、そこにチョークで黒板に書き込まれた授業の要点。社会科の先生が教壇でその内容について説明し、先生に向かい合うオレたちは机を並べて座っていた。

 オレにとっては、割と最近までありふりれていた風景だ。


『現在のフーーールーースーー((きおくがあいまい))国の魔王は、皆さんの中にはすでに知っている人も居るかもしれませんが……彼は全裸です』


 そうそう、この時は海の向こうにあるっつー、何とか王国……えーっと、魔人類の国についての授業だったんだよな。


……ん? 全裸?


『魔王は全裸。ハイ、ここテストに出まーす。覚えておくようにー』


 そうそうこの先生こいつ、いっつもテストに出るとこすぐ消すんだよなー。心の中で舌打ちしながらノート取ってたなー……じゃなくて。


『せ、先生!』


『どうしました? スピーデ君』


 そうだ、この時クイマの奴が先生に質問したんだっけな。いきなり勢いよく手を上げて立ち上がったんでちょっとビビったの覚えてる。


 スピーデ・クイマ。狐の獣人類。赤みがかった天然パーマでいつも黒い学生服を着てる。


 そしてどう見ても逆に見えにくくなるとしか思えない、丸くて分厚いレンズに謎の薄巻き模様が入ってる“テンプレート秀才メガネ”をかけてるおかしなやつ。


 昔、コイツになんでそんなメガネかけてんの? って聞いたら『頭良さそうに見えるだろ?』ってドヤ顔で返してきやがった。


 それを聞いたオレは思わず、『オメー、バカだろ』って素直に思った事言っちゃったんだよね。そしたら奴は顔真っ赤にして殴りかかってきたもんだから大喧嘩になっちゃったんだよなぁ。


『ホワぃ……何デ……魔王は全裸なんデースカ?』


 コイツ、メガネ以外にも帰国子女ってなんかカッコイイという理由で喋り方をそれっぽくしてるっていう、さらに輪をかけておかしなやつなんだよな。


 それについて昔『オメー、ホントにバカだろ』って言ったら、奴は顔を真っ赤にして(以下略)


 ともかく、この時クイマが先生に魔王が何で全裸なのか聞いたんだ。そしたら先生は何故か窓際に行って遠くを眺めながらーー


『……詳しい事は分かっていません、フーーールーース((きおくがあいまい))魔王国にて大怪物の討伐の功績として魔王に即位した時点ですでに全裸で、それ以前の現魔王については一切情報が無いのです』


ーーって答えだったんだよな。他にもいろんな説があるとか話していたんだけどそこまで内容覚えてないや。


『そ、ソウデェースカ……』


 クイマの奴ががっかりした様子で席に座り直した。


 その時、オレはふと手元の教科書に目を落とした。そのページには魔王の姿を写した写真が載ってた。胸から上だけだったけど。


……そうだ! あの教科書の写真! あの写真とこの目の前の大きなオッサン。同じじゃないか?


 いや、でも……ウソだろ?


 オレは思い当たった事が信じられず、それが間違っている証拠がないか記憶の中を探した。


 だけど学生時代の記憶とこの目の前の自称風来坊の顔と姿、そして出会った際の会話で出てきた“服を弾き飛ばしてしまう体質”は完全に魔王という奴と一致していた。


 マジかよ……。


 オレは認めざるをえなかった。このオッサンは魔王ってやつで、どっかの国の一番偉い人だ。


 ……余談だけど、クイマの奴は卒業後進学した。なんでか勉強は出来たんだよな、アイツ。


* 視点 ーー 《 魔王 》


 ふむ……。


 少年が急に叫んだあと、何やら考え込んでしまった。


 我はどうしたものかと首を捻るが、我の超高性能演算を得意とする脳もこの状況でできる事はないという判断であった。


ーー少年が顔を上げた。私の顔を見ている。


「あ、あのー……」


「どうした?」


「あ、いや、やっぱなんでもないっす」


 ふむ……何か我に聞きたいことがあるようだな……。


 そう思った時、我は閃いた。


 この少年、一度は全裸を否定したが、改めて考えてみて全裸になる事を検討しているのではないか?


 そして、全裸になるという結論は出たものの、今まで全裸で生活をした事がないので躊躇しているのであろう。


 慣れぬ事を行うのは、確かに勇気が要ることだ。どれ、一つアドバイスでもしてみるとしようか。


「何、案ずる事はない。お主も実際やってみれば直に慣れるであろう。どうだ、今すぐ全裸にーー」


「ならねーよ!」


 言い終わる前に否定された。何故だ。解せぬ。


* 視点 ーー 《 ヒヨシマル 》


 オレは「ひょっとして、あなたは魔王ですか?」と聞こうとして、思いとどまった。


 魔王であることを隠さなくていいなら魔王と名乗ればいい。


 なのにわざわざ偽名(?)を使ってまで隠してるなら、そうしたいんだろう。どんな事情があるのか知らないけど。


 ということは、こちらはなるべく普通のお客として接した方が良いわけだ。いつも通りな感じで。


 とはいえ、相手は外国の偉い人だから失礼の無いようにしないとな。ちゃんとした敬語とか苦手だけど、頑張らないと。


「ーーどうだ、今すぐ全裸にーー」


「ならねーよ!」


 あ、無理だこれ。


 よし、もう親方に全部投げよう、そうしよう。オレはただのひよっこ職人、相手はただの客だった。


 オレハナニモシラナイ。


 それで行こう。


「……えーっと……服を作るだけで良いん……デスヨネ?」


 さっさと工房に行こう。余裕持って家を出たからまだ大丈夫だけど、だいぶん時間食っちゃったしな。


「うむ、それだけだ。相応の報酬はちゃんと用意してある。どうか案内を頼む」


 魔お……全裸の大男(ウィンド)さんの方も、オレの態度を特に気にした様子はなさそうだ。これなら大丈夫。


「わかったっす、じゃあ、案内するんで………………あ」


 オレは大変なことに気がついた。


 工房は町中にある。


 このまま魔王、つまりは全裸の大男を連れて歩けば大騒ぎになりかねない事に。


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