黄昏のスケルトンの保険
「いやあああああああああああ!!!!!!」
ユミリテは力の限り絶叫した。
「もおおいやあああああ!!!!なんなのよおおお!!!」
ランスが思わず駆け寄る。
「ちょ、ちょっと!落ち着いて!」
「早速うろたえる事を覚えましたね」
呑気なことを言うスコールを無視して、精神を安定させる魔法を発動。同時にユミリテの豹変を分析する。
魔法が掛けられた痕跡はない。体況をスキャンしたが疾患もなし。あるのは純然たる、恐怖のみ。
「落ち着いて、一体どうしたんだい?」
「ひぃっ!こ、こないでぇ!!」
精神安定魔法により錯乱から脱したユミリテ。それでも尚呼吸は荒く、ひどく怯えている様子だ。
「ランス殿、彼女は少し心に弱い部分があるのです」
ホッファートがユミリテに1歩、歩み寄る。ユミリテはそれを見てバタバタと後退った。必死で逃げようとするが、腰が抜けて上手く立てない。ホッファートがさらに歩を進めようとしたが……
「止まるんだ」
ランスの声にその場の全員が動きを止めた。
ホッファートがランスに向き直す。
「ははは、大丈夫ですよ。彼女は逃げたりなんてしな……」
「君に言ったんだよ。ホッファートさん」
静寂。ホッファートの光無き眼が揺らめく。
「……一体どうしたというんです?」
「彼女の怯え方は異常だ。恋人に向ける反応とは思えないな」
「愛には様々な在り方があるのですよ。彼女のこういう一面を受け止めるのもまた愛なのです」
ランスはユミリテに問いかける。
「僕はただの旅の保険屋だよ。彼の仲間じゃない。何をそんなに恐れているんだい?」
「……コ……コイツは……父さんと母さんを殺した!……コイツは、あ、あ、悪魔よ!!」
スコールが鼻を鳴らす。
「恋人の家族を殺したんですか?」
「恋人!?何言ってるの!?コイツはストーカーよ!!!ずっと付き纏われて……そ、そうだ……デミュート!デミュートは!?」
ホッファートは気怠そうに肩をすくめてみせる。
「あの悪魔なら絵の中に閉じ込めました。永劫反省することでしょう。さぁユミリテ、帰りましょう。そしてランス殿。実はあなたにも役割があります」
辺りが一気に瘴気で満ちた。
ズボッ!ズボボッ!!
突如足首を掴まれる感覚。見ると地面から無数の骸骨の手が現れ、ランスとスコール、そしてユミリテの足を拘束していた。
「新鮮なエルフ、それも魔法保険を使いこなす程の器であれば申し分なし」
「何のつもりだい?」
「ふふふ、おめでとうございます。その身体は私が使って差し上げますよ」
「何がめでたいのかわからないな」
「わからないだけです。貴方は愛の礎になれるのですから。それに見返りを求めてはいけませんよ。大切なのは与えきりの愛です」
ランスとスコールが顔を見合わせる。スコールは何か言いたそうだが、眼差しでそれを静止する。焦った様子もなく、極めて落ち着いたまま会話を再開させた。
「面白いね。君のは与えた見返りを求めるどころか、一方的に奪っているように見えるけど」
「見えるだけですよ。実際この場の誰もが幸せになるよう私は行動しています」
「殺されて身体を乗っ取られるのが僕の幸せかい?」
「いいえ、死んで私達に身体を捧げる。役に立つ。愛を与える事が貴方の幸せです。殺されるのは事象に過ぎません。私もそうです。私は彼女の為に彼女を導いています。私ではなく、彼女の為に。それが私の幸せです。彼女も同じ、私の為に尽くす事が彼女の幸せ。ほら、みんな幸せでしょう?」
スコールが思わず唸る。
「おぉぉ、なんというサイコパス!ぶっ飛んでますね!」
「私はサイコパスではありませんよ。むしろ人の気持ちがわかり過ぎるくらいだ。貴方達には私が恐ろしく勝手な事を言っているように感じているでしょうね。わかります。貴方達がそう思うのも、ユミリテが怯えるのも無理はありません。なにせ家族を皆殺しにしたのですから、当然でしょう。わかりますよ」
「わかるなら何故?」
ホッファートはカタカタと笑った。嬉しそうに。愛弟子から問われた師のように。愛息子に授ける父のように。
それは我が為でなく、ランスの為に。
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