黄昏のスケルトンの保険
「それで、保険に入りたいってことでいいのかな?」
白髪のエルフの少年が首をかしげる。隣には白い狼。子供の背丈ほどの大きさだ。狼は呆れたような顔をしている。
1人と1匹に対面しているのは、頭からすっぽりフードを被った黒いローブの男だった。
男は平然と答えた。
「ええ、万一の保障は大事ですからね」
「そっか……うーんと、入りたいのは、その、損害保険とかかな?屋根が壊れた時のためとか?」
「いえいえ、もちろん生命保険です。私が死んでしまった時のために」
それを聞いた白狼が、前足を器用に横に振る。
「いやいやいやいや!ムリでしょ!もう死んでるし!!」
男は骸骨だった。
「無理は承知。しかし、やり残した事があるのです」
勇気の神様発祥の村から西へ20km。とある小さな町。その町の外れに古びた墓地があった。
教会が併設されているが、現在は使われておらず廃墟と化している。背の高い林に囲まれ、昼間なのに薄暗い。教会はさながらお化け屋敷であった。
今回の見込み客は、そんな陰鬱な場所で旅の保険屋を待っていた。というより彷徨っていた。
白髪のエルフが白狼をたしなめる。
「まぁスコール。とりあえず話を聞いてみよう」
「ランスはもう少し狼狽えるって事を覚えた方がいいですよ」
スコールは釈然としない様子だ。
スケルトンはそのやり取りを見て笑った。(骸骨だから表情は変わらないがたぶん笑った)
「ははは、まったくですね。ランス殿はもっと警戒心を持った方がよろしい。ましてやこんなモンスターのような見た目の者にはね」
モンスターのようではなく、完全にモンスターにしか見えないが、ランスは気にする事なく答えた。
「仕事柄いろんな人と話すからね。それで、なぜ保険に入りたいんだい?」
「よくぞ聞いてくれました!そうですね、私には、恋人がいたのです」
骸骨は遠い目をして(目玉はないが)語りだした。
男の名はホッファート。元は宮廷お抱えの魔法使いとして、王族に魔法史を教える教師をしていたという。
ある時、特務により魔物の討伐遠征に赴き、滞在した町で町娘に一目惚れ。猛アタックのホッファートに町娘も始めは戸惑っていたが、次第に心を許し、2人は付き合うようになったという。
「私たちは愛し合っていました。幸せでした。しかし、その幸せは長く続きませんでした……」
ホッファートはガックリと項垂れ、涙を拭った。(涙は出ていないが)
ホッファートの恋人はある時からストーカーに悩まされるようになった。色々と策を講じた末、ついにストーカーを追い詰めたそうだ。しかし……
「ストーカーをいよいよ捕らえるという場面で、私は隙を突かれ致命傷を受けてしまったのです。薄れゆく意識の中なんとかストーカーを倒し、私自身も魂だけはこの世にとどめる事ができました」
「大した魔法技術だね」
死する魂をこの世にとどめる魔法は半ば禁忌である。それは魔法よりも呪いに近い。とどめるといえば聞こえはいいが、実際には縛り付けているのだから。それ故に扱える者は極めて少ない。
「ふふふ、私の取り柄といったら魔法くらいですから」
「その恋人は助かったのかい?」
「ええ、幸い怪我はありませんでした。実は手紙で彼女を呼び出してましてね。もうすぐ現れるはずです」
「その姿を見たら発狂しそうだけど」
「たしかに……まぁ話せばすぐ私だと分かるはずです。大丈夫でしょう。それよりも最後にもう一度だけ会って伝えたいのです。愛していると。幸せになってほしいと」
白狼スコールが尋ねる。
「ご自由に伝えたら良いのでは?保険いります?」
大仰に両手を広げながら骸骨ホッファート。
「もちろんですとも!私は生前への想いと!魔法によってなんとか魂をつないでいる状態!愛を伝えた瞬間に想い残すことがなくなってしまう!これがどういう事かわかりますか!?」
「どういう事です?」
「成仏しちゃうかもです!」
「良かったじゃん!おめでとうですよ!!」
ホッファートはカラカラと笑い、肩をすくめた。
「ふぅ、スコール殿のいう事は理解できます。しかしそれではロマンがない。そこで、もし私が成仏してしまったら用意した花火を打ち上げて欲しいんです。私と彼女の、思い出の花火です」
「そんな事のために魔法保険を使う気なんですか?」
「私たちにとっては大事な事なのですよ。私は彼女に幸せになって欲しい。寂しい想いをさせたくないのです」
スコールはうーんと唸ってから、ランスに顔を向ける。
「これって結構な支払いになりますよね?」
ランスは困ったようにポリポリと頬をかいた。