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異世界保険  作者: 表面さくさく
6/11

伝説の勇者の保険


 勇者レテへの給付を終えた翌日。


 ランスとスコールは、朝食にメルクの名産品メルクリームコロッケを楽しみ、早々に出立していた。もう少し滞在したい所であったが、次の顧客が待っている。用が済んだのであれば長居は無用だ。


 スコールが残念そうに鼻を鳴らす。


「昨日のおばあちゃん、残念でしたね。まぁ保険を掛けといて良かったとも言えますが」


 ランスが歩きながら答える。


「何が残念なんだい?」


「昨晩、あのおばあちゃんの泣き声が聞こえたんです」


 レテの家からランス達の泊まった宿までは、それなりの距離がある。普通なら遠く離れた家の話し声など聞こえないだろう。ただ、スコールは普通の狼ではない。


「よく聞こえたね」


「彼女は強力な魔導士でしたから」


 著しく高い魔力を持つ者が感情を強く揺さぶられた場合、その時発した音には自然と魔力が宿る。スコールは敏感にそれを感じ取ったのだ。


「そっか、彼女はちゃんと話したんだね」


 ランスはメーカーを開き、チラリと目を通した。


「でも給付はされてないようだよ」


「?そんなはずはありません。彼女はすごい勢いで泣いてましたよ。私には聞こえたんです」


「悲しくて泣いてた訳じゃないんだろうね。悲しかったら給付されるから」


 スコールは首を傾げた。さっぱり意味がわからない様子だ。


「いいかい?スコール。人間はね、あまりに強く感情を揺らさぶられると、心が波打つ。その波が身体の内側にあたるから、身体が震えたりする。波が高すぎると目の隙間から涙になって溢れたりもする。それが泣くってことさ」


「それはなんとなく分かります」


ランスは頷き、続ける。


「そうやって心を波立たせる感情はね、必ずしも悲しみとは限らないんだよ」


「悲しみでないなら、何ですか?」 


「嬉しかったり、ほっとしたりとか?」


「嬉しいのに泣くなんて、よくわかりませんね」


「はは、そのうちわかるよ」


「レテもそう言ってましたね」


 スコールは人間と関わり始めてから、まだ日が浅い。ある理由からランスの助手として共に旅をしているが、人間の心理を理解するのは、まだ先になりそうだ。


「そういえば、あれはアリなんですか?」


「あれというのは?」


「メモを使って、結局幸せな人生を歩んだことですよ。時を遡るような保険を使っておきながら、ちゃんと代償を支払えてるのかと思いまして」


 セーブポイントという規格外な保険金。その為に世界中から勇者に関わる記憶が消滅した。勇者の旅の全てが、功績の全てが、存在自体がなかった事になったのだ。あまりに実も蓋もない保険料だった。

 

 しかしだからこそ、その理不尽が保険料足り得たのではないか。スコールはそう考えたのだ。


「スコールは真面目だね。そんなのアリに決まってるさ。メーカーの決めた保険料はちゃんと支払ってるんだから」


「まぁそうなんですが」


「メーカーはあくまで発生したエネルギーで判断するからね」


 実際メーカーからすれば、契約者のその後の幸不幸などどうでもいい。仕組みは仕組みでしかなく、それ以上の意味を持たない。


 主人は美しい狼の頭を撫でる。フサフサとした感触を楽しむように、優しく声をかけた。


「何かを得るには何かを手放す必要がある。でもね、それは両方とも大切なものである必要はないんだよ」


 誰かにとっての宝物が、誰にとっても宝物という訳ではない。最も大切な何かのために、それほど大切ではない保険料を支払えばいい。ランスはそう考えていた。


 撫でられた狼は、気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らし目を細めた。


「世界は思ったより寛容なんですね」


ランスが生温い水筒を一口飲んで、遠い空を眺める。青空を背に白雲が浮かぶ。


「あぁ寛容さ。にも関わらず、どうでもいいモノのために、大切な宝物を支払っちゃう人もいるんだよ」


「えっ、そんな生き物が存在するんですか!」


「たくさんいるよ」


「なぜそんな馬鹿げたことを?」


「他人の決めた宝物を、自分の宝物だと思い込んじゃう事があるんだよ。本当はどうでもいいモノでもね」


スコールは驚きを通り越して呆れた様子だ。

腑に落ちないまま鼻を鳴らす。


「うーん、人間は実に不思議な種族です」





 先ほどよりも更に大きく首を傾げるスコールを尻目に、ランスが次のクライアントを確認した。


「さあ、次のお客さんは生命保険を希望されてるみたいだ。職業は…」


「勇者の次は魔王とかじゃないですよね?」


「ふふ、元は宮廷に仕えてたみたいだけど、今は隠居してるらしいよ」


「つまり無職ですね」


 ランス達の世界では、高収入の職業家が早々に隠居することは珍しくない。宮廷に仕えていたとなれば尚更だ。


 職業は普通だが、告知について特記事項があるようだ。


 告知とは、保険に入る際にメーカーに身体状況を報告することである。告知の内容によっては入れない保険があるのだ。すでにガーヌを患っている者は、もちろんガーヌ保険に入れない。


「持病でも持ってるのかな?うっ・・・」


特記事項を開いたランスが思わず呻く。


 そこにはこう書かれていた。


・入院歴なし


・健康優良体







・ただしスケルトン







スコールが特記事項を横から覗き込む。

そして遠慮なくつぶやいた。



「スケルトンて、もう死んでません?」



next insurance

→『黄昏のスケルトンの保険』


 




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