伝説の勇者の保険
ランスが答える。
「行使するっていう意味なら使えない。リリアさんがどんなに優れた魔法使いでもね」
「加入だけならできるって事かい?」
「うん、できるよ」
「……なら魔法保険を使って勇者の記憶を取り戻す事も?」
「それはできない」
即答であった。
リリアがため息をつく。
「まぁ予想はしていたわ。私じゃ見合った保険料を用意できないものね」
白狼スコールが不思議そうにたずねた。
「世界中の記憶を消したなんて馬鹿げてるって言ってませんでしたっけ?」
「実際馬鹿げてるわ。でも信じないとは言ってない」
「なるほど」
フンフンと鼻を鳴らし納得するスコール。
「あんたランスといったね。本名はランスロットでしょう?」
ランスが目を丸くする。初対面のはずのリリアが、なぜ自分の本名を知っているのか。
その様子を見て、リリアは訝しげに続けた。
「本当に覚えてないのかい?」
「何を?」
「レテと契約した夜の事よ」
「覚えてないよ。リリアさんは覚えてるの?」
「覚えてないわ。でもね、日記をつけてたのよ。あの日の事も、それまでの旅の事も全部ね」
記憶は失われても、記録は残る。日記であれば、レテのメモなどより遥かに鮮明に状況を把握できたことだろう。
リリアは眉を寄せ、唇を噛み、目を逸らした。目を逸らしたまま尋ねる。
「それならレテは……まだ知らないんだね?勇者レテが魔王を倒した事も……世界を救う旅の全てが世界に忘れられた事も」
「えっ!ちょ、魔王を倒した!?サラリととんでもない事言ってますよ!?」
今度はスコールが目を丸くして騒いでいる。ランスも予想外の言葉に苦笑いを浮かべていた。
「あー、いや、本当に覚えてないし。レテさんとはあれから世間話しかしてないよ」
「そうかい、ならいいのよ。引き止めてごめんなさいね」
空気を読まずにスコールが尋ねる。
「なぜそんな大きな事を隠してるんです?」
レテは失った10年について全く知らなかった。それはつまり、リリアが教えなかったという事だ。
リリアは諦めたような弱々しい笑みを浮かべた。
「そうね…、たぶん、怖いのよ」
「こわい?」
ポツポツと言葉を選ぶように紡いでいく。
「ええ、あの旅は、勇者レテの全てだった。レテは誰よりも世界の事を考えていて、あの旅は何よりも重要なものだった。
私はそれを、隠した。
思い出させて、傷つけたくなかったのよ。でも、彼は、きっと知りたかったと思う」
ランスとスコールが顔を見合わせる。
「リリアさん。レテさんの気持ちはレテさんに聞かなきゃわからない。日記のことを全部話して、どう思ったか聞いてみたらどうかな?」
「簡単に言わないで。話せるならとっくに話しているもの」
「話せないのは傷つけるのが怖いからだよね?」
「えぇ、傷つけるのも……幻滅されるのも怖いわ……」
「なら保険をかければいいよ」
「え?」
にこりと微笑むランス。
「保険をかけて思う存分に話すといい。それで聞いてみるといいよ。その記憶は本当に大切だったのか?1番大切なものは何なのか?もしリリアさんとレテさんのどちらかでも傷つくことになったら、その記憶は消してあげる。
万一の受け取りは『2人の半日分の記憶喪失』
この場合の万一は『真実を話すことで発生した悲しみ』
これなら保険料も……」
ランスが抱えていた大きな本(通称メーカー)を目の前に差し出す。メーカーは宙に浮かび、光を放ちながら勢いよくページがめくられていく。ゆっくりと減速しながら、ランスの手元に戻っていった。
「うん、やっぱりこんなもんだね。火球魔法の権能1年分だってさ。まぁ1年間使えないって事だね」
「そんなのでいいのかい?火球魔法だけ?」
「そうだよ。他の魔法は問題なく使える。高い?」
「いや、安過ぎるのよ……というか、そんなどうでもいいものが保険料になるのね」
「大魔道士の火球魔法1年分が安いとは、僕は思わないよ」
ランスは肩をすくめて見せた。
「それで、どうする?」
リリアが目をつむり、天を仰ぐ。そのまま長い沈黙。深呼吸の後に回答した。
「……わかったわ。話してみる」
「OK、契約成立だね」
《保険内容》
契約者:リリア•クレメンス
職業:大魔導士
1 悲憶定期保険
保険金:レテ・フリードリヒター、リリア・クレメンスの記憶喪失
(イースピア歴898年3月2日12:00〜24:00の記憶)
保険事由:真実を話した事による悲しみの発生
保険期間:イースピア歴898年3月2日のみ
保険料:火球魔法の権能
払込期間:保険期間満了日の翌日から1年
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