伝説の勇者の保険
「いや、勇者についてはさっぱりだよ。でもね、セーブポイントっていうのは知っているんだ。私の前世の、ゲームの中によくあったやつだね」
「前世?前世の記憶があるのかい?」
「ああ、私は異世界から転生してきたんだよ」
「へぇ、それは珍しい」
「そう珍しい。というか私以外の転生者なんて見たことがない。だからセーブポイントを知ってるのも、私くらいのはずだ」
セーブポイントは異世界の概念だ。それを知っているのは異世界から来た自分だけ。であれば、この保険も自分が依頼したものかも知れない。
レテはそう判断した。
改めて保険内容を眺める。
「ここに、給付歴12回って書いてあるけど。これが本当なら私は……」
「うん、12回死んでるね」
保険期間はイースピア歴834年11月20日から2日間。この2日間の間にレテは12回死亡し、12回セーブポイントに戻ったことになる。
「そ、そうか。そんなに死ぬ事になってまで、私は何がしたかったんだろうね」
「大切な何かを守りたかったんじゃないかな。保険てそういうものだから」
「ふむ」と言って、レテは窓の外に目を向ける。
まだ日は高く、外からは子供達の笑い声が聞こえた。
「それはきっと……守りきれたと思いたいな」
ランスが興味本意で尋ねる。
「記憶をなくした直後は大変だったろうね」
「そりゃ大変さ。なぜ自分がここにいるのか?自分が何者かもわからないんだから。でもね…」
レテはニコリと微笑む。
「リリアが助けてくれたんだ。右も左もわからない私に声をかけ、旅の仲間に入れてくれたんだよ」
「優しいんだね」
「あぁ優しいね。リリアのパーティは皆優しかった。不思議な程にね。私も世話になるのは悪いと思ったんだが…」
「一目ぼれしてそれどころじゃなかった?」
「はは、それもある。だがそれだけじゃない。実はね、ズボンのポケットにメモが入っていたんだよ」
レテはポケットを叩いてみせた。
「そのメモに書かれた事を、私はなぜか信じようと思えたんだ」
「なんて書いてあったの?」
先ほど部屋を出たリリアに聞こえないように、レテの声が小さくなる。
『レテよ。リリア・クレメンスはお前の最愛の人だ。絶対に手放すな』
「ははは、それを信じたから今があるんだね」
「その通りだ。あれは記憶をなくす前の私が、自分に残したメモだったのかも知れないね」
そう語る勇者はとても幸せそうだった。
「ランス君。私はね、記憶をなくした人生にすごく満足しているんだ。無くした記憶を知りたいとも思わない。
何かを守るために保険を使ったのなら、きっと今も昔も、私の宝物は変わってないんだ。勇者の記憶とやらは、私にとって重要なものではなかったんだよ」
―――――――――――――――――
それからしばらく談笑し、ランス達は勇者の終家を後にした。
「なかなか面白い給付でしたね」
「うん、セーブポイントなんて異世界人はとんでもない事を考えるもんだよ。えーと、串焼き2本下さい」
宿に向かう途中、屋台で買い食いをする1人と一匹。
ひと通り食べ終えると、何もない空間に向けてランスがつぶやいた。
「そんなに警戒しなくても、もう会うことはないよ?」
……。
しばしの沈黙。
ランスは微笑んで、また何もない空間に声をかける。
「それじゃあ僕達はもういくよ。お大事にね」
スタスタと歩き出す1人と1匹。
「待って」
少しシワがれた、女性の声がした。
「あんた、本当に何者なんだい…」
霧が晴れるように何もない空間から姿を現したのは、先程のおばあさん、リリアだった。
「旅の保険屋だよ」
「ただの保険屋が私の隠蔽魔法を見破れるわけないだろ」
リリアは魔王を討伐した勇者パーティの1人である。もちろんその記憶はないが、今も尚、世界最高の魔法技術を持つ。その隠蔽魔法は上級悪魔ですら容易に欺くほどの精度であった。
ランスが変わらない様子で尋ねる。
「ご用件は?」
リリアは真っ直ぐにランス見つめ、ゆっくりと答えた。
「…私にも、魔法保険は使えるかい?」
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