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異世界保険  作者: 表面さくさく
3/11

伝説の勇者の保険


 白いひげに白い髪。


 ベッドに座って読んでいた本を閉じながら、レテと呼ばれた老人が微笑む。とても病気とは思えない、しっかりした眼差しだ。


「こんにちは、レテさん。僕はランス。旅の保険屋さ」


「こんにちはランス君、私はレテ・フリードリヒター、しがない老人だよ。保険屋さんがどんなご用件かな?」


「あなたのガーヌ保険の給付に来たんだ」


「ガーヌ保険?はて、保険なんて入っていたかな」


 レテはアゴ髭をいじりながら首をかしげた。


「うん、64年前、イースピア歴834年に確かに加入してるよ」


「はぁ、ずいぶん前だね。834年ていうと、『魔王のうたた寝』の辺りか。すまんが、もしかしたら記憶がない頃に入ったのかも知れないね」


「記憶がない頃って?」


 今度はランスが首をかしげた。


「実は若いころの記憶がすっぽり抜けててね。ちょうどその頃より前の10年くらいの記憶がないんだよ」


 ランスは何か思いついたように人差し指を立てた。


「なるほど、それはあなたが勇者だからかもね」


「勇者?なんだいそれは?」


 レテは勇者という言葉を耳にしたことがなさそうだ。ランスの代わりに、白狼のスコールが自慢げに答える。


「勇者は職業の一つです。あなたは勇者だったのです」


「しゃべる犬とは驚いたな。というか……魔物かい?」


「いや、スコールは犬でも魔物でもないよ。僕の友人さ。それより、あなたは勇者だからこそ、その記憶がないんだ」


 ランスは、脇に抱えていた本を開いて見せてくれた。




 通称『メーカー』。


 保険に関する全てが記載された魔法の本である。保障内容の確認はもちろん、加入のための審査や支払施行まで、これ一冊であらゆる業務が可能だ。


 そこにはこう書かれていた。



《保障内容》


契約者:レテ・フリードリヒター

職業:勇者


1 死戻定期保険


保険金:セーブポイント

保険事由:死亡(無制限)

保険期間:イースピア歴834年11月20日から2日間

※期間内に死亡した場合、無制限でセーブポイントを発動。


保険料:「()()()()()()()()()()()

払込期間:保険期間満了日の翌日から終世

※給付歴あり。(12回)



2 ガーヌ終身保険


保険金:金貨20枚

保険事由:ガーヌ病と診断された時

保険期間:終身


保険料:金貨14枚

払込期間:一時払い





 一読すると、レテは手のひらを天井に向け、肩をすくめてみせた。


「これが私の入っている保険かい?正直何がなんだか…」


「あなたは僕から保険に入ったんだ。ガーヌ保険と、すごく特殊な魔法保険に。世界中の勇者に関する記憶を保険料にしてね」


「なんとも……壮大な話だね。それで勇者ってのはどういう職業なんだい?」


 レテはおとぎ話でも聞くように微笑んでいる。


 スコールが間髪入れず断言した。


「わかりません!」


「えぇ!?わからないの?」


 驚くレテにランスが補足する。


「わからないのは、僕らの勇者に関する記憶も支払われてしまったからだと思う。でも、かなりすごい職業のはずだよ」


 勇者がどういったものかは不明だ。


 だが世界的な影響力を持っていたのは間違いない。保険金であるセーブポイントの説明書きを読めば、それは世の理に干渉するような反則的な内容だった。

 その保険金に見合う価値、世の理をひっくり返すほどの価値が勇者にはあった。


 少なくとも『メーカー』はそう判断したのだから。


「世界の記憶っていうくらいだから、世界中に影響を与えるような職業のはず。下手したら大賢者や剣聖よりも上の職業かも」


「大賢者より上って、もう魔王とかのレベルですよ」


 隣で聞いていたリリアが呆れながら口をはさむ。


「ばかげてるね。世界中の記憶に干渉するなんて、ほとんど神の領域さね」


 リリアは魔法界にその名を轟かした大魔法使いの1人であった。魔法に精通する彼女からすればありえない話。


 ランスは特に否定することも、肯定することもなく、一息ついて話を続ける。


「まぁ今日はガーヌ保険の給付に来ただけなんだ。給付金として金貨20枚を置いていくよ」


「うーん、身に覚えのないお金をもらうというのもな」


 レテは困ったようにポリポリと頭をかいている。


「記憶になくても、記録されてる。だから受け取ってもらうよ。認知障害がある人にしっかり給付するのも僕の仕事さ」


「いいじゃないかレテ、くれるってもんは貰っておけば。私は夕食の準備があるから失礼するよ」


 リリアはそう言うと、1階へと降りて行った。どこか寂しげな背中。

 レテは申し訳なさそうに微笑んだ。


「すまないね。リリアは病気について、あまり触れたがらないんだ」


 屈託のない顔でスコールが反応する。


「寂しいという感情ですね?」


「あぁ、そうだね。ずっと、一緒だったからね」


「レテも寂しいですか?」


「もちろん寂しいさ。でもね、悲しくはない。むしろリリアがいてくれて本当によかったなぁって、なんだか嬉しいくらいなんだよ」


「寂しいのに嬉しい?よくわかりませんね」


「はは、君にもわかる時が来るさ」


 レテは微笑みながらスコールの頭をわしゃわしゃと弄る。そして、沈黙した。少し何かを考えてから、ランスに眼差しを向ける。


「ランス君、さっきの保険だけどね。やっぱり私が入ったんだと思う」


「……何か思い出したの?」




勇者レテは静かに、そして悲しげに微笑んだ。






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