伝説の勇者の保険
それから時は流れて、64年後……
木漏れ日の中、耳のとがった少年が小さな歌を口ずさんでいた。
『勇気が夜と戦った
長夜の果てに朝が来た
されどもそれは夢の中
たしかに夜はあったのに
たしかに夜はあけたのに』
少年の格好はラフだが、旅慣れた印象を与える。首まで覆われた茶色いマントに、小さなポーチ。なぜか大きな本を小脇に抱えている。
隣には白い狼。
少年の背丈ほどの高さ。スラっとした体躯が生物としての強靭さと俊敏さを想起させるが、どこか幼い顔をしている。その動きは壮年の執事のように丁寧だ。
白狼が少年を見上げた。
「気に入ったんですか?その歌」
「うん、リズムがいいね」
レムリア大陸の中央に位置する小さな街、メルク。
口ずさんでいたのは、つい先ほど吟遊詩人がうたっていたものだった。この街では大人から子供までおなじみの歌である。
ちなみに街の名は、この土地を開拓した大賢者メルキオールから由来しているという。
「スコールは勇気の神様の伝説って知ってる?」
スコールと呼ばれた白狼は軽快に返事をした。
「えぇ、勇気の神様が朝を連れてきたって話ですよね」
「そう、ここはその『勇気の神様伝説』発祥の地だそうだよ」
こどもたちが無邪気に通路で遊んでいる。街の人々はみな穏やかな表情をしており、治安の良さを感じ取ることができた。
「年に1度、朝が来たことを祝うお祭りもあるんだって。この歌はその時にも歌われるらしい」
「お祝いにしては何だか寂しげな歌詞ですね」
スコールの感想はいつも素直だ。
「そうそう、次の給付はちょっと面白いんだよ。見てごらん」
少年は持っていた大きな本を開いて見せる。
「この職業が何か面白いんですか?」
「わからない。わからないって面白いだろ?」
「そういうもんですかね」
少年はひとつの家の前にたどり着いた。
ところどころ壁がはげた古びた一軒家。家自体は古いが、よく手入れされている。
少年はドアをノックする。中から、少ししわがれた女性の返事が聞こえてきた。
「はーい」
扉の奥から現れたのは、品の良いおばあさんだった。珍しい客人に目を丸くする。
「あら、お客さんかしら?こんな所にどんなご用事?」
「僕はランス。旅の保険屋だよ。ご主人に会いに来たんだ」
「保険屋さん?小さいのにしっかりしてるのねぇ」
「こう見えてあなたの10倍くらい生きてるからね」
ランスの姿をまじまじと眺め、とがった耳に目が止まり息をつく。
「あんたエルフかい。主人のお友達なのかい?」
「いや、友達ってわけじゃないけど、彼は保険に入ってるんだ。ガーヌ保険の給付に来たんだよ」
「……そう、ガーヌの。わかったわ。入って」
ガーヌ病。
それはありふれた病気である。ありふれた病気だが、完全な治療法はまだ見つかっていない。発症すればゆっくりと進行し、ほぼ全員が死に至る。
とある文献によれば、この世界の人間の54%がガーヌ病で死亡するという。若者がかかることは少なく、高齢なほどかかりやすいので、寿命のように捉えている者も多い病気である。
今回はそのガーヌ病の保険金給付だ。
おばあさんはしっかりした足取りで、2階の寝室へと案内してくれた。
「レテ、お客さんよ」
「ありがとうリリア。ずいぶん可愛らしいお客さんだね」
一目で爽やかな印象を与える老人がそこにいた。
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