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tomari〜私の時計は進まない〜  作者: 七瀬渚
サイドストーリー/大切な彼女(Kazuki Makimura)
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親切と自己満足の狭間で(2)


 決意を新たにしたあの日から二週間ほどが経った頃。初売りを乗り切っても相変わらず忙しい、そんな日々の中で新たな変化が起きていた。


 このときも出勤前に一息つきたくて休憩室に寄ったら偶然にもそこにいたものだから、私は「お疲れ様です」と言いながら歩み寄った。

 椅子に座ってタブレットを見ていた彼女も、顔を上げるなり爽やかに笑いかけてくれる。


「槇村さん、お疲れ様です。これから出勤ですか?」


「はい、ちょっと早く着いたから寄ったんです。少しの間ここに座ってても大丈夫ですか」


「どうぞどうぞ。ふふ、私こう見えても暇してたの。今だってスタッフブログを眺めていただけ」


「そうは言っても店長さんなんですから忙しいときの方が多いでしょう。息抜きも大事ですよね」


「そうなのよね。ぼーっとできるときにぼーっとしておかなきゃ」


 う〜んと唸って伸びをする彼女は、桜田さくらだ結月ゆづきさん。ホワイトベージュのゆるふわミディアムヘアがおっとりとした雰囲気によく合っている。

 この人はトマリが前に働いていたショップ『pupaピューパ』の現在の店長だ。当然、前の店長・相原さんは別の店舗に異動している。


 しかしこう、やることは山ほどあるはずなのに余裕があるように見えるのは、むしろ実力者のあかしのように私には思えてならない。

 いずれ店長になる私も心得ておかなきゃな。彼女の向かい側に座りながら、密かに気を引き締める。


「初売りが落ち着くとやっぱり集客も減りますね。pupaはいつも賑わってるように見えますけど」


「時間帯にもよるわよ。あとこの頃は客単価が厳しいわ。新人さんも入ってきたから頑張って教育していかなきゃ」


「桜田さんなら大丈夫ですよ。絶対教えるの上手いタイプですもん。なんとなくわかります」


「ええ〜、そぉ? ちゃんと伝えられているかいつも心配してるのよ」


 笑いを交えながら私たちはしばらく話した。彼女とは顔を合わせる度にお互いこんなノリだ。


 正直最初は、千秋さんの情報を聞き出せないかと思って彼女に近付いた。マネージャーを辞めるかも知れないって噂は以前耳にしたけど、それからどうなったのかが全然わからないし。


 千秋さんだけじゃなく、もう一人話ができそうな人がいる。バイヤーの菊川さんだ。

 千秋さんほどの頻度ではなかったけど、あの人もたまに店舗に来てるみたいだから、なんとかしてまた会えないかと狙ってた。でもそう思ってるときほどなかなか来ないっていうね。


 去年の秋頃だったか。菊川さんと桜田さんがちょうどこの休憩室で、気になる話をしてたんだけどなぁ。チャンスだと思って一応覚えておいたんだけど。


 私は私で、今じゃ桜田さんとは普通に気の合う同業者仲間になってるし。友達が以前pupaで働いてたってとこまでは話したんだけど、それ以外はまだ何も。


 なんか探りを入れるとかそんな雰囲気じゃなくなってきちまった。

 まぁしょうがない。別の方法を考えるかな……。


 当初の作戦に関しては諦めモードに入っていた。でも約束はなんとしてでも果たしたい派。トマリはいずれ地元に帰るつもりでいる。できればその前になんとかしたい。


 焦りたくはないけれど、時間が迫っているとなるともどかしくも感じるもの。他に策なんてあるのか? とにかく何か思いついてくれ、自分!


 しかし機会は唐突に訪れた。



 それは一月中旬。遅番で仕事を終えた日。


 従業員通用口を出てすぐのところだった。

 桜田さんが前を歩いているのに気が付いて、声をかけようと近寄ったとき、途中で男性社員らしき二人が彼女と合流した。


 後ろ姿ではあるけれど、強めの確信があった。一人は知ってる人だと。もう一人の短髪の男は見たことあるようなないような……でも、二人顔見知りがいれば充分だろ! と結論付けて駆け寄った。


「桜田さん! 菊川さん! お疲れ様です」


 声をかけると三人が一斉に振り返る。その場がわっと盛り上がった。


「槇村さん、久しぶり〜! 元気にしてた?」


「えっ、菊川バイヤーと槇村さんってお知り合いですか?」


「うん、そうだよ。俺が店舗に来たとき、たまに休憩室とかで話してたし。そういえば千秋を経由して親しくなったんだっけ。槇村さんも社交的だけど、あいつは特に顔が広いからなぁ」


 菊川さんの言葉を受けて私は内心で拳を強く握った。待ってました、その話題! これを絶好のチャンスと言わずになんと言おうか。


「それで千秋さんは最近……」


「あっ、こいつは片桐。滅多に店舗に来ることはないんだけど今日は手伝ってほしいことがあったから来てもらった」


「……初めまして。片桐です」


「あ、は〜い。初めまして、槇村です〜……」


 裏声で返事しつつ内心でチッと舌打ちする。タイミングを逃したのもあるけど、その名前を聞いて思い出したんだ。目の前のこの男、やはり私も知ってると。


 トマリも言ってた。片桐という名前の人が千秋さんに因縁をつけていたって。

 多分北島と組んで千秋さんを蹴落とそうと画策した奴だ。よくもまぁぬけぬけと。


 むかついたなんてもんじゃなかったけど、次なる作戦を成功させるために、ここはグッと抑えなくてはと思った。穏便に事を進めないと聞き出せるものも聞き出せない。私はなんとか愛想笑いを続ける。


「何か大がかりな作業でもあったんですか。三人とも夜まで残っているなんて」


「来月の催事の件よ。今日で一段落ついたからもう大丈夫。それでね、今夜はこの後三人で飲みに行こうと思って」


「へぇ〜! いいですね! 楽しそうだなぁ」


 私が手を胸の前で合わせるオーバーリアクションをしてみせたとき、菊川さんがあっ、と短く呟いた。


「槇村さんはこのあと予定いてる? すぐそこの居酒屋なんだけど良かったら一緒に来ない? 仕事の話とか特にする予定ないしさ。こっからはもうプライベートってことで」


「あっ、それいいですね。一緒に行きましょうよ、槇村さん〜」


 さ! す! が! 菊川さん! 桜田さんもありがとう!!

 良い波に乗れたのがはっきりとわかった。気分がたかぶり、顔面が熱を帯びる。

 今度こそ絶対にチャンスを逃すまいと、私は勢いよく挙手をした。


「はいっ! 行きます行きます! よろしくお願いします!」


「よし、決まりだね。今夜は楽しもう」


「わ〜い、楽しみましょ〜う。片桐さんもほら、行きますよ」


「あ、はい」


 こうしてちょっと奇妙な組み合わせの四人で居酒屋へ向かうことになった。仕事の話は抜きの飲み会。ここが頑張りどころだと繰り返し自分に言い聞かせた。



 遅めの時間だからか、はたまた平日だからか、店内はほどほどの混み具合。今のところそこまで騒がしくはないからじっくり話ができそうだ。


 四人がけの席は壁で仕切られて半個室になっている。菊川さんチョイスだろうかとちょっと思った。落ち着けるお店の情報に詳しいって前に千秋さんが言ってたし。


 自然な流れで桜田さんと私、菊川さんと片桐さんに別れて座る形となった。


 みんな早くゆっくりしたいのか、酒と一緒に料理もある程度多めに注文した。

 お通しが並べられたあたりで桜田さんが「あ、そうだ」と小さく呟いた。顔の前で手を合わせて私の方を向く。


「ごめんね、槇村さん。そういえば私途中で帰らなきゃいけないんだった! 明日本社に行くことになったから、念のため」


「あ、そうなんですか。家から結構遠いんですか?」


「そうなの〜。二時間かかるのよね、うちからだと」


「うわぁ。それは確かに無理しない方がいいですね。わかりました。大丈夫ですよ」


 実際私は楽観的に考えていた。向かいの片桐さんに対していろいろ思うところはあるけれど、千秋さんの話に繋げられさえすればそれで良し。実際、さっきよりだいぶハードルは下がってる。


「槇村さんって、最近ツーリングとかは行ってるの?」


 答えやすいトークを持ち出してくれたのは菊川さんだ。片桐さんは人見知りなのか緊張してんのか今のところ喋ってない。まぁこっちはいいか。私は菊川さんに笑いかける。


「この間も仲間と行きましたよ。結構遠くまでだったからちょっと疲れましたけど、途中で美味い定食屋も見つけたからまた行こうと思いまして」


「おっ、グルメにも詳しいんだ。いいねぇ、充実してて」


「はい。でも今、実は〜……」


「ん、どうしたの」


「いえ、私のことじゃないんですけど友達のことが心配で〜……」


 うつむき加減でチラ見、なんて慣れない仕草で興味を引こうと試みる。我ながらちょっとキモいとは思うけど、目的のためだ。仕方ない。


 菊川さんは心配そうに眉を寄せたりなんてしてくれた。


「友達に何かあったの?」


「はい、以前pupaで働いてた子なんですけど、当時から仲良くしていた元上司と連絡が取れない状態になっていまして。今あの子いろいろあって落ち込んでるから、私としてはまた相談に乗ってあげてほしいな〜、なんて」


「それってもしかして……」


「あ、そうか! 働いていた時期的に、菊川さんも知ってる子かも知れませんね」


 今思い出したフリをしてみたんだけど、大丈夫か? こんなんで。わざとらしかったか?

 今度はしっかり菊川さんを見つめてみる。彼は少し困惑している様子だ。


「その元上司っていうのは男……で合ってる?」


「そうですね」


「じゃあさ、遠慮してるんじゃないかな。恋愛関係だと周囲に誤解させないためとか」


「もうそんな気遣い必要ないんですよね〜。その子恋人はいたんですけど、先月別れましたから」


 私が肩をすくめたとき、えっ、と短い声が上がった。声の主は口元を覆い、素早く顔を背ける。


「そんな、いつの間に。なんで別れてんの? 話が違うじゃない」


「どうかしましたか、片桐さん」


「あっ、いや!? なんでも!」


 まぁバッチリ聞こえたけどね。やっぱり北島と繋がってやがったか。

 私はうっかりほくそ笑んでしまったかも知れない。咄嗟に口元に手を添える。


「なんか大変そうねぇ」


 桜田さんも心配そうな顔をして同調してくれる。私は「大事な友達なので……」と更にしおらしく言ってみる。

 うん、やっぱ慣れねぇな、こういう仕草は。そろそろ限界か。ヤバいか。なんとか状況が動いてくれることを願っていた。


 菊川さんが「よし」と短く声を上げたのはそんなときだ。



「千秋、呼ぶか。ここに」



 これにはさすがに私もびっくりした。菊川さんはもう大部分、合点がいっているんだろう。それにしたって思い切った判断だなと。

 でもこっちにとって有利な流れに変わりはない! 私はぐっと身を乗り出す。


「今から来れるんですか、千秋さん」


「多分大丈夫なんじゃないかな。あいつもそろそろ仕事終わる頃だし、今日行ってる店舗からはそんなに時間もかからないだろうし。ちょっと連絡入れてみるよ」


「ありがとうございます!」


「え〜、私ももっと詳しく聞きたかったぁ。多分ちょうど入れ違いになっちゃいますよね。残念〜。また機会あるかなぁ、槇村さん」


「きっとありますよ!」


 適当なこと言ってすまん、桜田さん。菊川さんと一緒にキッカケを作ってくれたあなたにも感謝している。今度の休憩中、さりげなくお礼のスイーツでも渡すか、と決めた。


 そして菊川さんがすっと静かな視線を隣に向ける瞬間を私は見逃さなかった。



「お前も千秋と話したいことあるんじゃないのか、片桐」


「いや、俺は……まぁ、別に来るのはいいんですけど」



 片桐さんの表情は強張っていた。

 だろうな、あんたも覚悟を決めろよ。肩にポンと手を置いてやりたい気分だった。


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