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世界征服を企む魔王  作者: 高柳由禰
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八、新たな世界征服へ

 ここは大学。久しぶりにおっさん学生の姿で現れた太郎――魔王はしょんぼりしていた。もうこの間のような凶悪さは感じられない。


「太郎さん、世界征服はどうしたの?」

「ううむ、それがじゃな、どうも今までのやり方は間違っていたらしくてな、一から考え直しとるんじゃ。ところで勇輝君、わしが今まで休んだ分のノートのコピーを見せてくれんかね?」


 休んだ分のノートのコピーと勉強を教えて欲しいと言う。しゅんとしている太郎。そんな太郎を勇輝はしばらく見つめていた。


「あーもう、全くしょうがないなあ、太郎さんは」


 どのみち太郎に勉強を教えたところで世界征服にたいした影響はない。お人好しの勇輝は太郎が休んでいた間の勉強を教えてやることにした。それにしても、これで世界征服を企んでいる魔王だとは。勇者として倒す必要のある相手とは思えない。太郎はまだ世界征服をあきらめていないようだが、今度はどうするのだろう。


「なあ、勇輝君。わしゃ人間社会のことはよう知らん。わし自身はこの大学にしばらく通うことで人間共を観察しとった。そして部下達にも人間社会について調べるように命令しておったのじゃ。部下の報告によると、どうもわしのやり方は古臭くて時代に合ってないらしい。今は平和に解決することが主流になっている。暴力など時代遅れでカッコ悪いそうなんじゃ」

「はっ!?」

「本当に世界征服をするなら時代の流れに則った、洗練されたやり方をせねばならん。古臭くて時代遅れなやり方ではカッコ悪い。それで今、部下達に時代の最先端を行くやり方を調べさせとる」


 勇輝はぽかんとして太郎の話を聞いていた。魔族達の間で何か話が変な方向へ行ってしまっているらしい。部下達が集めた断片的な情報をまとめると、暴力は時代遅れでカッコ悪い、そういうキャラはダサい、ウケない、ということになっているらしい。


「わしゃ絶対あきらめんぞー! なんとしても我が魔族が先祖代々夢見てきた、世界征服を実現させるのじゃー!」


 世界征服の意気込みを熱く語って帰っていった太郎を見送った勇輝は唖然としていた。


「暴力が時代遅れでカッコ悪いなんて……みんなが本当にそう思ってたら社会問題の半分は解決するんじゃないか?」




「魔王様、これからの人類に必要なのは『優しさ』と『思いやり』だそうです。これからは『優しさの時代』になるのだと言われています」

「ふむ。優しさか……そんな時代の支配者ならどんな人物が相応しいだろうか。おまえ達が言うには、暴力的なキャラは『ウケない』というではないか」

「魔王様、癒し系キャラなんかどうでしょう?」

「癒し系キャラとはなんぞや?」

「おっとり、ほんわか、ほわわわわん、って感じの優しいキャラなんだそうです」

「しかし、それでは困ったのう。そんな『ほわわわわん』としたキャラでどうやって世界征服をすればいいと言うんじゃ」

「未だかつて世界征服に成功した者はいません。それだけ難しいってことですよ、魔王様。暴力的なやり方では長続きしないのは確かです。戦争より平和。平和的なやり方で人間達を支配するのです」

「ううむ………難しいのう」


 魔王は未だかつてない難題に直面した。過去の歴史にあった暴力、戦争というやり方は古臭くて時代遅れ。それでは一体どうやって世界征服をすればよいのか。これからの時代は優しさと思いやり、ほわわわわんとした癒し系がよいのだという。平和的なやり方で支配するとは、そもそも平和とはどのようなものか。魔王の家系に生まれた彼は力で支配することしか知らなかった。魔王は頭を悩ました。




「勇輝君、平和を愛する勇者である君に意見を聞きたいのだが」

「何?」

「戦争と平和について語ってくれ。いや、戦争はどうやら時代遅れらしいから、主に平和について君の考えを聞かせて欲しいのじゃ」


 世界征服について、魔族達の間で話が思いもよらない方向へ行っている。一体彼らはこれからどうするつもりなのか。魔王が暴力はカッコ悪いとか平和について聞かせて欲しいとか言っているという事実に困惑しながらも、勇輝は平和について自分なりの考えを話し始めた。


「そうだなあ……今の世の中はニュースを見ると悲惨な事件が毎日のように報道されてる。俺は人と争うのは嫌いだ。殺人も自殺も起きて欲しくない。平和なのがいいに決まってる。誰も死なないのに越したことはないよ。どんなに平和に暮らしてたって病気や事故で人は死ぬんだ。意図的に殺したり自分で死ぬなんて。俺が世の中に対してできることなんて本当にわずかだけど、俺は本当に平和で穏やかに生きていたいと思ってる。みんなだって本当に他人の不幸を願ってるわけじゃないと思うけどなあ……毎日悲惨な事件や事故のニュースなんて見てても楽しくない。それはみんな一緒だと思うし。俺は穏やかな人達と一緒に平穏無事に生きていたい。殺伐とした世界より穏やかな世界の方が絶対いいに決まってる。少なくとも俺はそう思う。平和な環境で暮らして、身近な人達と楽しくやっているのが一番いい。もし自分の身近な人にいいことがあったら俺も嬉しいし、不幸になったら俺も悲しい。こんな甘ちゃんの考え方は戦争が起きてる国には通用しないんだろうけどな。俺は人と争うのは嫌いだ。ちょっとした喧嘩やいがみ合いだけでも嫌なのに、殺し合いなんてとんでもない話だね。俺は思うんだけど、暴力や犯罪を犯す人間は人の優しさに触れたことがないんだよ。人の心の温かみを知らないんだよ、きっとね」

「う、う~む……」


 魔王は頭をフル回転させた。なんとかして時代遅れの暴力ではなく、『ほわわわわん』の癒し系キャラで世界を支配する方法がないか、そのヒントを勇輝から得られないかと思っているのだが……


「暴力的な人間より優しい人間の方が強いなどということはあり得るだろうか?」

「そうだね……殺伐とした世界から安全な場所に移って、人々の優しさに触れて感化されるっていう話はいくらでもあるよ。人間っていうのは朱に交われば赤くなる。周囲の環境によって良くも悪くもなる。悪くなる方が取り上げられることが多いけど、俺は個人的に穏やかな人達の優しさが人を感化する力もけっこう強いと思ってる。周りがみんな穏やかな人達ばかりだったら、それまで攻撃的だった人も他人を攻撃しなくなるよ。他人が自分を攻撃しないなら、自分も他人を攻撃する理由が無いからね。周りが穏やかなノリの人間ばかりだったら、そのうちその穏やかなノリがうつってくるよ」

「それは本当か! 『ほわわわわん』の癒し系キャラ!」

「うん、それだね。あんまりおっとりした癒し系キャラばかりに囲まれたら、攻撃的な人だって調子狂っちゃうよ。ずっと一緒にいたらそのうちみんな人間丸くなっちゃったりしてね」

「よし、それだ! 勇輝君、ありがとう! 君は貴重なヒントをくれた!」


 魔王は勇輝に礼を言うと、魔王城へ帰っていった。




「――というわけじゃ。やはり勇輝君は勇者なだけあって言うことが違うのう。しかし我ら魔族は元々凶暴な性質を持っておる。どうしたもんかのう」

「簡単ですよ、魔王様。イメチェンすればいいんです!」

「イメチェン? 何じゃそれは」

「外見の雰囲気やキャラをガラリと変えるんです」

「よーし、わかった! 皆の者! これから一斉にイメチェンするぞ! 人間共が怖がらないような外見になり、キャラもフレンドリーに、『ほわわわわん』な癒し系キャラに変えるのじゃ!」




 その後、魔王はおっさん学生太郎の姿で大学にいる勇輝を捕まえた。


「勇輝君、わしの世界征服計画について重大な発表があるんじゃ! 授業が終わったらわしの城へ来てくれ!」




 勇輝が魔王城へ行くと、魔族達の様子が変わっていた。恐ろしげな外見をしている者は一人もいなかった。皆、愛嬌がありフレンドリーな雰囲気をしている。


「おお! 勇輝君、よく来てくれた。わしらは新たな世界征服に乗り出すことにしたんじゃ。暴力はもう古い。時代遅れでカッコ悪い。流行に則った、時代の最先端を行くやり方をせねばならん。これからは優しさの時代。これからの人類に必要なのは優しさと思いやりじゃ。だからわしらは世界中の人々の心を優しさと思いやりで支配することにしたのじゃ! これぞ時代の流れに則った、最新式の世界征服じゃあーーーーー!!!!!」

「そうだそうだー!」


 配下の魔族達からはものすごい歓声が上がった。勇輝はぽかんとしていた。開いた口が塞がらない。それは最早世界征服ではないだろうと内心ツッコミを入れたい気分だった。しかし、今まで見てきた勇輝が知る限りの太郎の人柄を考えると――


(太郎さんのキャラならそれが合ってるのかもね)


 太郎――魔王は改めて勇輝を仲間に勧誘した。


「どうじゃ? 勇輝君、君もわしと一緒に新たな世界征服へ乗り出さんかね?」


 勇輝はしばらく黙っていたが、やがて微笑した。


「そうだね。そういう世界征服なら俺も賛成だよ」


 勇輝がそう言うと、魔王城全体に大歓声が響き渡った。


「やったぞー! とうとう勇輝君をわしの味方につけたぞー!」






 この世界には代々魔王の家系と勇者の家系があった。歴代の魔王が世界征服に乗り出すと、そのたびに勇者と戦いになった。これまでは勇者の全勝、魔王の全敗。現代に生まれた魔王は今度こそ歴代の魔王達の無念を晴らし、世界征服を目指した。そして宿敵であった勇者をも味方に引き込み、未だかつてない最新式の方法で、新たな世界征服に乗り出す。






The End

本当にラストはどうしようかと頭を悩ましましたよ。とにかく配下の魔族達がとんでもないことを言ったせいで本来の意味の世界征服は正式に終了してしまいました。勇輝の平和についての考え方は、登場人物に物語中で言わせるとどうしても作者自身の考えとはズレが出てきてしまうのですが、この物語の勇者、勇輝君はあんな風に考えていると思って頂ければと思います。いろいろと変わったストーリーになってしまいましたが、最後まで読んで下さってありがとうございました!

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