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九十九話 見知った顔でした!!

 すでに何度も聞いているはずの来航を報せる鐘の音。

 しかし、何度聞いても慣れないものだ。


 いったい、今度は誰が来たのだろうか。


 王国の船、または別の人間の船、それとも魔物の船……


 いずれにせよ慎重な対応をしなければならない。


 トロッコが地上に着くと、俺はすぐに目の前に広がる海を見渡した。


 すると、たしかに船が浮かんでいる。


 船は比較的小型の帆船、スクーナーと呼ばれる形だ。

 倉庫はそこまで大きくないが、小回りが利き、さほど裕福でない商人に人気がある。


「貿易船か……?」


 俺が船を観察していると、リエナがやってくる。


「ヒール様! すでに攻撃の準備は整ってます。いかがしますか?」

「そうか……しかし、あれは軍艦じゃなさそうだな」


 偵察や連絡のために海軍も用いるが、どこかを攻めるためにはあまり使われない。

 しかも、一隻だし。


「カミュさんもそういっていて、ヒール様の指示を待とうと仰ってました。将軍はじめ、皆埠頭で迎撃の準備をしています」


 リエナの言う通り、すでに島の防衛隊は配置に就いていた。

 魔法を使うまでもなく、バリスタであの船を沈められる。


「旗を揚げていない船は、海賊船として問答無用で沈められても文句は言えないからな……」


 ここは一応、王国の領海。

 王国の船がわざわざ旗を揚げないのはおかしい。


 となれば、やはり海賊か。

 いや、この島を調べようと、王国海軍が遣わした可能性もある。 


「だが、本当に貿易船で、なんらかの理由で旗を失ったのかもしれない……うん?」


 よく見ると、船から白い旗が振られている。


「敵意はないってことか……とりあえず、話してみるとしよう」


 俺はとりあえず、臨検の船を送ることにした。


 臨検には船に詳しいカミュ、バリス、ハイネスを送る。

 もし船のやつらに襲われても、カミュとバリスの魔法で逃げれるだろう。

 カミュは船に詳しいし、ハイネスはあやしいものがないか嗅ぎ分けられる。


 そうしてしばらく埠頭で待っていると、バリスが一足先に自らの翼で帰ってきた。


 バリスは着地すると、俺の前で跪く。


「バリス、どうだった?」

「彼らは人間でした。以前やってきた、バーレオン公国。その国の商人だそうです」

「公国か……」


 なら、なぜ公国の旗を揚げていないのだろうか。

 バーレオン公が逮捕されたとはいえ、国自体はまだ残っているはず。

 公国が王国に屈するか、抗うかは分からないが、いずれにせよ旗を掲げてはいけない理由はどこにもないはずだ。


 考えられるのは、何かしらの理由があって王国船に見つかりたくない……ぐらいか。


「……どうしてここに来たかは、言っていたか?」

「それが……陛下にお会いしたいと」

「……俺を訊ねてだと」


 俺のことを知っている……しかも、この島にいることまで。


 兄弟の誰かが使いを寄こしたのだろうか。しかし、誰が俺なんかに……


「はっ……すでにその方には小舟でお待ちいただいてますが」


 バリスは海に顔を向けた。

 すると、公国の船から臨検のためのボートがすぐそこまで帰ってきていた。


 そこには、目深くつばの広い帽子を被っている人間も乗っている。


 ドレスを見るに、貴族階級の女性だろう。


「……名前は?」

「それが、陛下の前でないと明かせないと」

「……分かった。会ってみよう」


 もうこの島の存在は明るみになっている。


 表向きに、俺が代表であることを隠す必要はないだろう。


 バリスは俺に「かしこまりました」と答えると、ボートに向かった。


 やがてボートが桟橋に接岸すると、そこから帽子の女性が上陸する。


 俺はそれを迎えるように桟橋に立っていた。


 女性はそんな俺の前に立つ。


 いったい、誰なんだ……あ。


 帽子を取った女性は、俺が知っている人だった。

 もうずいぶんと会ってなかったが、この白銀の髪の女性が誰であるかすぐに理解できたのだ。


「……レイラ」

「ヒール。久しぶりね」


 レイラ……バーレオン公女にして、俺の元婚約者。


 カミュが帰ってきた時、行方不明とされていた女性だ。


「どうして……こんなところに?」


 レイラはそっけなく答える。


「何って、別にいいでしょ。私がどこかに行くのに、理由が必要なわけ?」

「そ、そりゃそうだけどさ……だけど、お前、父上が今どうなっているか」

「知ってるわ。だから逃げてきたの。私の野望は知っているでしょう?」


 もともと、レイラには野望があった。


 ――それは、自分自身で帝国を蘇らせること。


 別に自分が皇帝になりたいとか、かつての最大版図を再現したいというわけじゃない。

 全種族が共に手を取り合っていたとされる、バーレオン帝国の黄金時代を夢見てたのだ。


 そんな野望を聞かされていた俺は、なんとも素晴らしいと思いつつも、不可能だろうとは思っていた。


 しかし、俺が魔物を嫌っていなかったのは、この彼女の野望が影響しているのは間違いない。


「そもそも最初は、あなたがここに追放されたと聞いて、興味半分で船を送ったのだけど……」

「じゃあ、前やってきたあの船は……」


 以前沖に現れた公国の船。

 あれは、レイラが派遣したものだったのか。


 とはいえ、興味半分で船を送るだろうか……船を送るには、船員たちにそれなりのお金を支払う必要がある。こんな場所に送るのだから、きっと高くついたはずだ。


「私が送ったのよ。でも、彼らは巨大な樹と魔物たち、そして埠頭に見えた人間を見て、一旦帰ってきた。ただの岩礁であるはずのシェオールが、そんなことになっているんだから。そんな場所、絶対見に行きたいじゃない」


 レイラは世界樹のほうをちらっと見ていった。


「は、はは……そうだな」


 たしかに、大陸では見ることのできない光景だろう。

 観光したいのはもちろん、レイラからすれば理想の島に思えたはずだ。


「……でも、そういえば俺を訪ねてって」

「そ、それは……いたら、話が早いと思っただけよ」


 レイラは一瞬言葉に詰まったが、すぐにそう返した。


 もともと、俺を助けようとして、船を送ってくれたのかもしれないな……

 レイラは優しい子だ。ちょっとケチだけど。


「ありがとう……レイラ」

「べ、べつに礼を言われる筋合いなんてないわよ……そんなことより、私のほうがびっくりしたわ」

「この島や、俺が生きていることか? それはまあ俺も……」

「いや、それも驚きではあるけど……まさか、あなたがあのサンファレス王に反旗を翻すとは思わなかったから」

「え? い、いや、俺は別に争うつもりは……」


 魔物と住んでいると知れば、たしかに父たちは反旗を翻したと思うだろう。

 だけど、俺は争いなんて望んじゃいない。

 平和で暮らせればいいだけだ。


 しかし、レイラは嬉しそうに続けた。


「……私の理想を、体現しようとしてくれてるんでしょ? だったら、私も協力するわ」


 レイラは、ゴブリンたちにボートから降ろしてもらった宝箱を開ける。


 そこには、ついさっき地下でも見たようなものだった。


 王冠と王笏。


 しかし、これは元々バーレオン帝国だった公国のもの。

 正確には、帝冠と帝笏といったほうがいいだろう。


「バーレオン帝国の神器。皇帝を名乗るのなら、ある程度の正統性が必要でしょ。これは、あなたに正統性をもたらしてくれるはずだわ」

「ま、待て! 俺は皇帝を名乗るつもりなんて!」


 レイラは目を丸くした。


「え? ……でも、さっきそこのバリスが、あなたを皇帝陛下って」

「ば、バリスが?」


 俺はすぐに隣に立つバリスに顔を向けた。


 すると、バリスは不思議そうな顔をする。


「……バリス、冗談がきついぞ」

「はて……冗談をついたことなど一度も。我が国はヒール殿を皇帝に戴く、シェオール帝国と決めたではないですか」

「……え?」


 いつ、俺がそんなことを言ったのだろうか?

 寝言で「俺は今日から皇帝だ!」なんて口から出てしまったのだろうか。


 しかし、バリスは真面目な顔で返した。


「姫は我らベルダン族の王女、リルもまたティベリス族の王女。いずれも、他に後継者はなく、すでに王のようなもの。その上に立つヒール殿が、王ではまずい……という結論になったではありませんか」


 俺は、バリスたちとこの島をどうするか会議をしたのを思い出す。


 皆、俺が王は嫌だと言った時、たしかに変な反応だった。

 俺が上下関係的に王なのはふさわしくないとか、失礼だとか。


 あれは、俺と父の関係を思ってそう言ったのだと思っていたが……


 しかし、俺と皆の考えはすれ違っていたようだ。


 俺が王にはふさわしくない。それは王であるリエナやリルと同等なのはまずい。だから、その上の皇帝だと……


「バリス……俺はそんなつもりで言ったんじゃない。この島は皆が平等の、共和国がふさわしいって言おうとしたんだ」

「な、なんと……申し訳ございませぬ。そのようなお考えだったとは……はっ!! とすると……」


 バリスは蒼白な顔をする。


「どうした、バリス?」

「以前、ベルファルト殿に託した龍王国宛の親書……」

「まさか、あれに……」


 親書が龍王国に渡される時……いやそもそもベルファルトが、この島のことを故郷のアモリス共和国の者たちに明るみにするだろう。

 この島がなんという国で、その国の君主が誰なのかを。


「はい。シェオール帝国皇帝ヒール、からと……」


 俺はその場で、ばたんと倒れてしまうのであった。

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