九十七話 召し抱えました!!
「ど、どうしたっていうんだ。急に?」
俺は嘘のように大人しくなったキメラと、助言者のテイムするかという言葉に、困惑してしまった。
「まるで、ネコみたいになっちゃったね……」
フーレはそういうが、そんな可愛らしい生き物じゃない。
むしろ、その凶暴な見た目からは考えられない縮こまった様子に、そこはかとない不気味さを感じるほどだ。
そんな中、マッパが自分の腰蓑の一部を引きちぎって、それをおもちゃのようにキメラの前で振った。
それをフーレが諫める。
「ちょっと、おっさん! 挑発しないほうがいいって! あ……」
しかし、フーレが心配していたことにはならなかった。
キメラは鋭利な長爪のある腕で、腰蓑をゆっくり触ろうとした。
逆に、マッパは引いて取らせないようにちょこまか動いている。
まるでネコみたいだな……でも、あまりおちょくりすぎると急にまた暴れるかもしれないぞ……。
「……とりあえず、テイムができるみたいだから早く仲間にしておこう」
テイムをすれば、従僕同士で争うことができなくなる。
さっきのように暴れないとも限らないし、今がチャンスかもしれない。
なにより、蛇に飲み込まれてしまったアリエスを救わなければならない。
早くテイムして、アリエスを吐き出させるとしよう。
「……テイムする。名前はミケとでもしておこう」
ミケネコだなんて昔話にでてくる魔物がいた。名前の由来はそこからだ。
≪命名完了。ミケをテイムしました≫
「よし……じゃあミケ、アリエスを解放してくれるか?」
ミケはまたもやお辞儀するような仕草を見せると、蛇の口から何かをぶちまけた。
「うわぁ……」
フーレとタランは思わず目を逸らした。
透明な液体と共にでてきたのは、赤い蛸……アリエスであった。
俺は放心した様子のアリエスに、水魔法で水をかけてあげる。
「……はっ! で、出てこられた……」
アリエスは息を吹き返したような顔をすると、器用に粘液を洗い流す。
そして俺の前に這いずってくると、仰々しく頭を下げた。
「主よ、感謝いたします」
「……こっちこそ、ありがとう」
俺がいうと、アリエスはちょっと恥ずかしそうに訊ねる。
「わ、我が策、いかがでしたでしょうか……?」
「……策? つまり、キメラをおとなしくさせたのは、アリエスなのか?」
「はい! 我が秘毒を以て、敵を操ったのです!」
「……毒?」
「ええ! 僕は、他者を操ることに長けておりまして!」
すると、アリエスは口から墨を吐き出す。
「うわっ」とマッパとフーレ、タランは一歩引くが、アリエスは得意気な表情だ。
「この毒でキメラを我が軍門に降らせたのです! ……飲み込まれるのは、想定外……いや、全て我が策どおりに進んだわけです!」
すごい毒だな……他者を操る魔法と魔物の話は聞いたことがあるが、まず大陸で見かけることはない。
しかもキメラは凶暴で知られた魔物。
魔法を防ぐ手立ても有しており、なにより蛇自体が毒を吐き出すのだ。
それを逆に毒で操ってしまうとは……
「なるほど……そういうことだったのか」
正直にいえば、非常に危険だったといっていい。
とはいえ、キメラを殺さず仲間に引き入れられたのは大きいな。
流血を避けられただけでなく、何かしら情報を得られるかもしれない。
それにアリエスは、一人が長かったせいかまるで子供みたいだ……目を輝かせて俺を見ている。
あまり責めても仕方がないな……。
「いや……よくやってくれたよ。さすがはその……大軍師アリエスといったところか」
「有難きお言葉です、我が君!」
アリエスはにぱっと顔を明るくすると、涙ながらにお辞儀した。
そこに、声が響く。
≪テイムが可能な魔物がいます。テイムしますか?≫
どうやら、アリエスも魔物だったようだ。
俺はシエルに顔を向けた。
すると、シエルはお願いしますと言わんばかりに、体を縦に振る。
アリエスの面倒を見てやってほしいということか。
すでにさっき、俺はアリエスに声をかけている。
あとは、もう一度アリエスに本当にいいか確認するとしよう。
「アリエス……俺たちといくか? 行くのであれば、テイムという契りを交わして、形式的にだが俺に従ってもらうかたちになるが」
俺は最後に意思を確認するため、そう訊ねた。
「どこまでも付き従いましょう。あなたの大業を共に成し遂げるその日まで、私は誓います」
「た、大業なんて、そんなものは……」
「いいえ、人は誰しも少なからず大志を抱いているものです。私には分かる……涼しげなその顔に隠している、日輪のごとく燃え盛る大志を……」
言いたかった台詞を言えて満足なのか、したり顔になるアリエス。
「いや、俺はただ皆と一緒に……」
「ええ、共に参りましょう」
「……わかった」
「はっ! この身が朽ちるその日まで、このアリエス、ヒール様にお仕えいたします!」
こうして、アリエスとキメラを一体、仲間に迎えるのであった。