九十六話 獣に襲われました!
「あ、あれは……獅子?」
俺たちの前に姿を現したのは、獅子だった……いや、まだ後ろにいる?
「と、山羊? ……あれ、蛇も?」
フーレは続々と現れる、巨獣たちに目を丸くした。
「いや、あれは……」
獅子の頭と胴体、背中に山羊の頭、さきっぽが蛇の頭になっている尾。
たしか、キメラという魔物だ。
しかし、このキメラは俺が知っているキメラよりも非常に大きい。
普通のキメラの大きさは象ぐらいだと聞くが、こいつはその倍はあろう体格をしていた。
フーレは徐々に明るみになるキメラの体を見て、驚いた様子だった。
「で、でか……キメラってこんな大きかったっけ?」
「分からない……でも、この洞窟のやつが大きくなるのは、珍しくもないはずだ」
俺は馬よりも一回り大きいタランを見た。
ケイブスパイダーもこんなに大きくはならないとバリスは言っていた。
何かしらの洞窟の石や食料で、ここまで大きくなったのだろう。
とすれば、タランたち同様、友好的な奴らだったりして……
だが、キメラは俺たちに今にも飛び掛かろうと、様子を窺っているようであった。
しかも本能からか、タランが威嚇するように前脚をあげている。
シエルも慌てた様子で、制御装置を弄り始めた。
そこに、蛸のような見た目のアリエスがいう。
「あ、あいつ! こんなところに!?」
「知っている奴なのか?」
「え、ええ、我が君。ここから少し下に行くと打ち棄てられた街があって、そこにはかのような者たちが屯しているのです! あいつは危険です!」
アリエスの言葉を補足するように、シエルの声が響いた。
「私たちの国では、どうしても話が通用しない種族を、別の空間にて暮らさせていたのです。彼らの種も救うためでした……しかし、隕石のせいでそこから出てきてしまったのでしょう」
「……とすると、交渉は無理ってことか。危険なやつだな」
俺が呟くと、アリエスが首をぶんぶんと横に振る。
「危険どころではありません! やつは同じ種族すらも食べるのです! 僕も何度殺されかけた事か!」
アリエスはさらに周囲へ続けた。
「我が僕たちよ! やつを倒せ! 全力でだ!」
すると、先程俺たちを囲んでいたゴーレムたちは、一斉にキメラに向いた。
シエルの制御のおかげか、今度はしっかり動いているようだ。
彼らはミスリルの剣と盾を前に構え、キメラに突撃していく。
戦いが始まった。
まず、キメラはその巨体に似合わぬ速さで、蛇の尾を大きく振り回す。
すると、ゴーレムたちは箒で掃かれるかのように、吹き飛ばされていった。
その飛ばされたゴーレムたちは、さらに後続のゴーレムに衝突し砕けていった。
鎧はさすがにミスリル製のため、壊れてない。
だけど、中の体部分が衝撃に耐えられなかったようだ。
その後も、キメラは腕で足で、頭で、次々とゴーレムを吹っ飛ばしていく。
もはや投石機で放たれた投石となったゴーレムたちは、俺たちにも飛んでくる。
「う、うわああ!!」
飛んでくるゴーレムに、八本の脚で頭を抱え丸まるアリエス。
しかし、俺の≪シールド≫によってアリエスは守られた。
「い、痛くない? ああ、僕の僕たちが……」
気が付けば、最初は五十体もいたゴーレムたちが、残り数体となっていた。
このままでは俺たちを襲おうとするのは、時間の問題だろう。
俺はアリエスに訊ねる。
「アリエス、守備は任せろ。やつの弱点はあるか?」
「あ、あいつも防御の魔法を使うようです! かといって直接攻撃しても、体を再生する力があるので……ここは」
アリエスはちょっと迷ったような顔をしたが、決心するように息を吐く。
「我が君、このアリエスに任せてください! その≪シールド≫を僕に掛けたまま、獅子の頭に投げつけるのです!! 僕が奴の動きを封じます! その間に、攻撃を!」
「き、危険じゃないか?」
フーレも食べられちゃうんじゃないと、いう。
しかし、アリエスは語気を強める。
「いえ! 僕は死にません! 我が策ならば、必ずやつを倒せます! どうか、我が策を受け入れてください!」
俺は悩んだ。
≪シールド≫があるから殺されはしないだろう。
吹っ飛ばされるのはまだいいとして、もし丸呑みにされたら……本人もいやじゃなかろうか?
なにより、俺が魔法で攻撃したほうが早い気もする。
しかし、アリエスは俺に自信に満ち溢れた顔を見せていた。
必ず、成功させるといった顔だ。
「わ、分かった。……本当にいいんだな?」
「はい! 我が策で必ずや、やつに膝をつかせましょう!」
「そ、そうか……でも」
俺はそんなに肩が強いわけじゃない。
届くかどうか……
すると、何かを察したようにマッパがアリエスの脚を掴む。
そしてぐるぐるとハンマーを投げるように回転し始めた。
「ま、待った! ふ、普通に投げてください! そんなことされたら、僕……お、おええぇえええ!」
マッパは、アリエスがちょうど口から黒い液体をぶちまけようとする前に、その脚を離した。
墨を吐き出しながら飛んでいくアリエスは、見事キメラのおでこにくっつくように着地する。
「よ、よし!!」
アリエスはふらふらになりながらも、勝利を確信したような顔をした。
マッパも自分の投球を誇りたいのか、胸を張った。
しかし、この後はどうする? 墨で目を潰すつもりだろうか……?
そんなことを思っていると……
「……あっ」
俺の隣のフーレが、そう声を漏らした。
アリエスは背中から伸びてきた蛇の頭に、ぱくりと飲み込まれてしまったのだ。
「あ、アリエス!?」
「言わんこっちゃない……」
フーレがそう呟いた。
まあ、≪シールド≫に守られている内は、死にはしないだろう。
だけど、急がないと……
厄介なことになったな。
よく狙わないと、アリエスごと攻撃してしまうかもしれない。
しかし、狙いが定まらない。
キメラは何故か、その場で跳ねて暴れているのだ。
アリエスが体内で墨でも吐いているのだろうか。
とにかくこれでは、もっと近くでないと狙えない。
「アリエス、いま助けに行くぞ! タラン、いこう!」
俺の声に、タランは胴体を落とした。
しかしその時、嘘のように静かになるキメラに気が付く。
「……いきなり止まった? どういうことだ?」
すると、キメラはゆっくりと俺たちのもとに歩いてくる。
敵意はない。口も開かず、まるで人形のように無表情だ。
そして俺の前に来ると、犬のようにお座りした。
「な、なにが……? え?」
俺の声に、助言者の声が響く。
≪テイムが可能な魔物がいます。テイムしますか?≫
どうやら、キメラがテイムできるようになるのであった。