九十三話 誰かが現れました!!
「行ってくるよ、リエナ」
「はい、ヒール様。制御装置までもう一息……気を付けてくださいね」
洞窟の入り口の前で、リエナはそんなことを言ってくれた。
「そうよ……ヒール様は私の愛しい人なんだから」
カミュは頬を赤らめ、デレっとした表情を向けた。
昨晩、カミュは俺と一緒に寝た……ということになっている。
実際は、スライムたちにカミュを自分の部屋まで運ばせ、俺はすぐに出たのだが。
俺が自身の部屋で寝ているのは、隣の部屋で寝ていたリエナも知ってる。
だからリエナは、カミュの満足そうな様子に不思議そうな顔をしていた。
カミュはいったいどんな夢を見てたんだろうな……まあ、触れないでおこう。
「あ、ああ気を付けるよ。皆も今日はやることいっぱいだろうけど、頑張ってくれ」
カミュの貿易船が帰還し、やれることも一杯増えた。
まず、一番はあらゆる大陸の作物のための畑をつくること。
バリスによれば、今の世界樹の下の畑では手狭になるとのことで、埋立地自体の拡張も行うようだ。
あとはバーレオン文字を勉強するための本も届いた。
これによっていよいよ子供たちが、本格的に文字が学べるようになった。
また、主に衣料品や食品の製造。
本に書かれた製法を元に、こちらも作業場を設けるようだ。
最後にカミュが帰ってきたことで、船乗りの養成も始める。もっとたくさん島に必要なものを買うために、船だけでなく乗組員が必要だ。
これらの作業には、適した人材の配置をするわけだが……それはやはりバリスの役目。
俺は地下まで行き、今日こそ制御装置までたどり着く。
「じゃあ行こうか、シエル」
俺が視線を落とすと、いつも一緒のシエルは頷くように体を振った。
シエルの動きは、どこか落ち着いており、神妙な様子であった。
今日で制御装置まで到着する……そしてそこで何かが分かるだろう。
その分かった何かが受け入れたくないものでも、シエルは冷静に受け止めようとしているはずだ。
トロッコで洞窟を下り、もっとも下へ到着すると、そこにはすでにタランとフーレがいた。
今日はマッパも鉄道延伸のために一緒のようだ。
まあ大方、制御装置が気になるんだろうけど……
「それじゃあ、始めるぞ!」
「おう!」
俺の掛け声に、フーレや魔物たちは元気よく応じてくれた。
「よぉし……って」
最初の一振で壁を崩すと、向こうに空間が見えるようになった。
これには、俺だけじゃなくタランやフーレも拍子抜けといった顔をする。
「なんだ。本当にあと少しだったんだね……」
「みたいだな……とにかく、中を見てみよう」
俺はシールドを周囲に展開させつつ、その空間へと足を踏み入れる。
明りはない。だけど、【洞窟王】の暗視能力で、中の様子は掴めた。
「なるほど……これはたしかに、それっぽい」
あたりを見渡しながら、フーレはそう言った。
とても大きな空間だった。数千人は訓練できそうな王都の練兵場ぐらいの大きさはある。
この前、浮遊する四角いゴーレムと戦った場所と同じぐらいの広さだ。
その広大な中央には、白く輝く祭壇のような場所がある。
「あそこだろうな……」
祭壇以外には何もないようで、黒い壁と天井の反りを見るに、どうも半球状の空間のようだ。
俺はとりあえず、祭壇へと向かった。
鉄道を延伸する魔物たちにもシールドを展開させておいたので、何かあっても大丈夫だろう。ミスリルゴーレムの十五号も、彼らを守ってくれている。
俺、シエル、タラン、フーレ……そして何故かついてきたマッパの五名で、俺たちは進んでいった。
祭壇へつくと、そこにはびっしりと光る石が並べられていた。
石は等間隔で整然と並んでおり、それぞれの石の半分は祭壇に埋まっているようだ。なんというか、ぽちぽち押したくなる形をしている。
というか、これって……
「なんか、前見たワインの貯蔵庫と同じような感じだな。取っ手もついているみたいだし」
「うん。でも、あそことは比べものにならないぐらい、石が多いよね。勝手に弄ったら、わかんなくなりそう」
フーレの言う通り、何か一つ触っただけも大変なことになりそうだ。
俺が言う前に、タランが触るなよとマッパに無言の圧力をかけているようだ。
マッパのほうは両手を前にして、やらないといわんばかりの仕草を見せている。
逆にいえば、マッパでも分からないのかな……
となると、分かるのはやはり、シエル。
「どうだ、シエル? 動かせそうか?」
シエルは肯定するような仕草を見せ、祭壇に飛び乗った。
そしてきょろきょろと石を見渡しながらも、ある一つの石を押してみる。
すると、急に周囲が明るくなった。
「え? これは……」
フーレは思わず、左右上下に顔を向けた。
この半球状の空間の壁と床に、絵……それもまるで本物と寸分違わぬ精巧な絵が写し出されたのだ。
その光景に、俺は思わず顔を手で覆った。
一方で、フーレは驚いたようにいった。
「これ……人間? 皆水の中で、寝てるみたいだけど……裸で」
そう。壁には、水に浮かぶ全裸の人間の絵が写し出されていたのだ。
ぱっと見ただけだが、老若男女問わず人間が寝ていた。
これは多分、シエルたちの体。
スライムたちに同居している魂の、元の体だろう。
でも、何か所かは壁のままになっていた。
いや、むしろ壁になっていた場所のほうが遥かに多い。
俺は手を避け、シエルのほうを見た。
シエルは周囲を見て、落ち込んだ様子をしていた。
やはり、前見たドワーフの遺体と同じよう、死んでしまった者もいるのだろう……
「シエル……大丈夫か?」
シエルは体をぶんぶんと振ると、頷くような仕草を見せる。
そして次に、別の石を押した。
「それは、ゴーレムを制御するやつか?」
シエルはうんうんと体を振る。
だが、それとは裏腹に何かが起きる様子はない。
周囲の沈黙、シエルは不思議そうに何回か同じ石を押した。
しかし、なんの反応もないようだ。
もしかして、押す石が間違っているのかな?
でも、あの石がゴーレムの行動を制御するやつだとして、ここにゴーレムはいないから分からないと思うが……
だが、シエルには分かるのだろう。
明らかに、シエルは焦った様子だ。
他の石も試しに押しているようだが、それも反応がないようなのだ。
そんな時だった。
突如、祭壇の向こう側、最奥の壁に穴が開かれた。
「無駄だよ。”それ”では僕の人形は操れない」
聞き覚えのない冷淡な声が響くと、穴の中に二つの光が点るのであった。