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九十二話 祝いました!!

 バーレオン公逮捕……


 サンファレス王国の傀儡とはいえ、元帝国のトップだ。

 王も随分と思い切ったことをする。


 まあ、併合は時間の問題だったはずだ。すでに公国貴族の大半が、新年の挨拶をバーレオン公ではなく、サンファレス王に行っていたのだから。 


「カミュ、リエナ、悪いんだけど……それ見せてくれるか?」


 俺が言うと、リエナは顔を赤くし、カミュはにやりと笑った。


「あら、ヒール様。そんなに焦らなくても、あとでゆっくり一人で楽しめばいいじゃない」

「そ、それがいいかと思います……これはちょっと刺激が……」

「そうじゃなくてだな……見出しに興味深い言葉があったからさ」


 俺はカミュから本を受け取り、バーレオン公逮捕についてのページを見つける。


「なになに……バーレオン公は、不遜にも我が国王の裁断に異議を唱えたため、同日逮捕された。現在は一族と共に王都離宮に幽閉されている……」


 貴族の犯罪に対しては、慈悲が掛かるのが普通。

 しかも一応、サンファレス王家とは婚姻関係があったし、命までは取らないと思うけど……うん?


「しかし、バーレオン公の娘である、レイラ公女だけは行方が掴めず……」


 続きには、知った名前があった。


「レイラ……」

「レイラ? 誰よそれ?」


 カミュは本を覗き込んで、訊ねてきた。


「え……ああ、昔遊んでいた子だよ。その子が行方不明みたいでさ」

「へえ、それは大変ね……あ! もしかしてその子、ヒール様に会いに行こうとしてんじゃない」

「それは……ない」


 たしかに、仲は良かったと思う……たった数回しか会ってないけど。


「あら、そうとも言い切れないんじゃない? ヒール様がそこまで深刻そうな顔してるわけだし、ただならぬ仲のように……」

「か、カミュさん! ヒール様……そのレイラ様という方、ご無事だといいですね!」


 リエナは気遣うように言ってくれた。


 気づかなかったが、俺は心配そうな顔をしていたようだ。


 まあ、無理もないか……一応、レイラは元婚約者だし。


 たしかに心配は心配だけど、今の俺にはどうにもできない。


 記事には、バーレオン公の居城からいくらかの家宝がなくなっていたともあった。


 つまりは当面暮らしていける資産はあるわけだ……それにレイラは強い。


 身をくらませたのは、彼女なりに何かやりたいことがあって、計算の上なのだろう。


「……ありがとう、リエナ。まあ彼女のことだ。きっと大丈夫」


 俺は本を閉じ、それをカミュに返した。


「とにかく。これで島もさらに豊かになる……まずは、魔物たちに文字を教える学校をつくるぞ!」

「おう!」

「はい!」


 俺が言うと、リエナとカミュは元気よく応じてくれた。


 今の俺は、この島の領主。皆のために、頑張らないと。


 だけど、実質的に公国は王国の属国になったのだ。

 この前来たバーレオン公国の船……あの船が掴んだシェオールの情報は、もう王の耳に届いている可能性が高い。


 いよいよ、王国の船もやってくるだろうな……


 それまで、こっちはやることをやるだけだ。 


 俺はそんなことを考えながら、荷下ろしを手伝うのであった。


 その夜は、カミュたちの帰還を祝う宴が開かれた。


 世界樹の下に灯された巨大なかがり火を中心に、円卓が並べられる。

 

 卓上には、シェオールの食材を使った料理。

 今日倒したクラーケンの肉が、メインだ。


 カミュたちが持ち帰った大陸の酒も振る舞われ、いつにもまして賑やかになった。


「これはウイスキーか! いやぁ、いいもん持って帰ってきたなあ!」

「え、エレヴァン殿、もうだいぶ飲まれているのでは……」


 アシュトンは、ウイスキーを休みなく飲むエレヴァンにそう言った。


「こんなの、飲んだ酔ったのうちに入られねえ! お前も酒好きなんだろ? ほら、飲め!」

「我は、その……好きではあるのですが、一人で飲みたく……」

「何を遠慮してやがる! 毎日、お前がワインを倉庫から持って行ってるのは知ってんだぞ!」

「え、エレヴァン殿、それは確かです! ですが、この酒が少々強い。強い酒を飲むと我は……」


 そんなアシュトンを助けるように、フーレが言う。


「お父さん! やめなって! おっさん丸出しだよ!」

「お前はジュースでも飲んでろ、フーレ! ほらアシュトン、遠慮するな! 今日はめでたい日なんだ。それともあれか? 俺の酒を……」


 エレヴァンはフーレの制止も聞かず、アシュトンに杯を勧める。


 アシュトンは不安そうな顔をしながらも、その杯を手にした。


「……で、では、一口だけ」

「おうよ、遠慮すんな」


 アシュトンは一口、酒に口をつけた。

 しかしその瞬間、急に顔を赤くし、ばたんと卓に突っ伏す。


「あ、アシュトン!? お、おい!」


 エレヴァンは顔色を変えアシュトンの肩を揺らそうとした。


 だが、アシュトンはそんなエレヴァンの頬をぺろりと舐める。


「な、何しやがる、アシュトン!?」

「……わぉん。わぉん! ワン、ワンっ!」


 アシュトンは吠えると、エレヴァンの顔をべろべろと舐め始めた。


 エレヴァンはアシュトンに押し倒される。


「アシュトン! おい! な、なにがどうなって!」

「あー。酒飲ませちゃいましたかあ……兄貴は酒飲むと、犬みたいになっちゃうんです」


 クラーケンを取り分けてきたハイネスが、通り過ぎながらそう言った。


 まあ、リルを見てるとコボルトの赤ちゃんって犬みたいだもんな……


 強い酒を飲むと、アシュトンは途端に子供のようになってしまうらしい。


「そ、そんなこと先に言ってくれよ! お、おい、アシュトン、目覚ませって! フーレ、見てないで助けてくれって!」

「自業自得ってやつだよ、お父さん……」


 フーレはエレヴァンの横で、クラーケンの肉の串刺しを食べるのであった。


 とまあ、なかなかに賑やかだ。


 大陸から持ち帰った楽器も奏でられていて、俺も懐かしさを感じている。


 俺の隣にいたカミュは、シェオールのワインを飲みながら、呟いた。


「……帰って来たって感じがするわ」


 俺はそんなカミュを労うように、小さな樽のワインを、カミュの杯に注ぐ。


「いや、本当にお疲れ様。物だけじゃなくて、領民も増えた。ますます島が賑やかになるだろう」

「そうね……しかし、問題もでてくるでしょうね……私のいない間に起きたことを考えれば」


 カミュたちが出航してからのことを、俺は先ほどカミュに話した。


 公国の船が来たことや、シェオールの地下には古代文明の遺跡があること。

 シエルたちはその文明の生き残りであることや、制御装置のこと。


 また、地下から訪れたアースドラゴンのロイドン、島を征服しようとした龍人たちのこともだ。


「洞窟に関しては、制御装置とやらまでもう少しだから心配ないわね。龍人のベーダー龍王国は知ってるけど、彼らの海軍はどうにか沿岸を航行できるような小さな商船ばかりよ。とてもここまで大軍を差し向けることはできないでしょう」


 カミュはワインを一口飲むと、「だけど」と続ける。


「だけど王国海軍……彼らは厄介ね。どんな海の海賊でも、彼らの名を知らない者はいない。それはあなたが一番よく分かってるでしょうけど」

「ああ。本気になれば、千隻を超える船団を差し向けることもできるだろう……」

「それだけいれば、島の四方八方から攻めてくる可能性もあるわね。まあ、正直今のヒール様と島の皆なら、それでも勝てるとは思うけど……」


 カミュの言わんとしてることは、なんとなく分かる。


 戦えば、勝つことはできるはずだ。


 だが、さすがに千隻を超える船団相手に、今までのように生け捕りとは、いかないだろう。

 本気で戦う必要があるだろうし、そもそも捕虜にする余裕も、空間もない。


「……戦うの?」

「皆を守るためなら、止むを得ないと思っている……もちろん、交渉は考えているよ。金銀なら有り余るほどあるから、税は払ってもいい。だけど、自治の約束がない限り、一切譲歩するつもりはない」

「そう……安心したわ。いずれにせよ、水際で彼らを防げるよう、海軍も増強しないとね。腕利きの船乗りも何名か連れてきたし、訓練もやりやすくなるわ」

「ああ、頼むよ。それなりの軍事力があると目で分かれば、王国も無理には仕掛けてこないはずだ」

「だからこそ、あんな巨大なゴーレムをつくったのね。なんでマッパちゃんがモデルなのかは、不明だけど……」

「それは……色々あって」

「……全く。普通、この美しい私にすべきでしょうに……次は私を頼むわよ」


 カミュはそう言って、豪快にクラーケンの肉の串刺しを頬張る。


 前の姿だったら、エレヴァンに負けず劣らずいい感じに威圧感があっただろうけど……


 今は、どちらかというと女神に近い姿だしな……それはそれでいいランドマークにはなりそうだけど。


 俺がそんなことを考えていると、カミュは頬を染める。


「もお、ヒール様……そんなに熱い視線を送られたら私」

「い、いや、そんなつもりじゃ……」

「私の願い事、忘れてないわよね? 今日は寝させないわよ」

「……そ、そうだな! 今日は思いっきり楽しもう! ほら、ワインまだまだあるからさ」


 俺はカミュの杯に、ワインをなみなみと注いだ。


「あら、ヒール様! 優しい! よぉし、今日は一杯飲むわよ!」


 カミュが立ち上がると、周囲の者たちもさらに酒を飲んでいく。


 こうして俺はカミュを酔わせ、難を逃れるのであった。


 翌日、カミュと一緒のベッドにいたことを匂わせて……

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