九十一話 たくさん持ち帰ってきてくれました!
歓声が響き渡る中、巨大蜂のヒースは俺を埋立地へと下した。
「ヒース、ありがとう……」
俺はそう言って、陸地に足を付ける。
ああ、怖かった……うぷっ。やっぱ苦手だなあ、高いところは。
ふうとため息を吐くと、ヒースが俺の眼前に現れ、いきなりキスをする。
ヒースが口を離すと、俺の口は蜜まみれだった。
「あ、ありがとう……」
ヒースなりに俺を褒めてくれてるのかもしれないな。
だけど今の俺は、蜜を舐める気分じゃ……
……あっ。
「ちょっとおぉおおお! ちょっとおおおおおおおおおお!」
海の方から涙声交じりの叫びが響いた。
俺がくるっと振り返ると、そこにはそれこそ隕石のように風を切ってやってくる何かが。
間一髪で俺にぶつかるというところで、スライムのシエルが体を広げ、その何か……カミュを受け止めた。
カミュはシエルから体を放すと、その場で天を仰いだ。
「ああ、神様! なんで……なんでよぉ! 抱き着かせてもらうぐらい、いいじゃない!!」
涙ながらに訴えるカミュ……
以前の肩幅のがっしりとしたカミュなら恐ろしさを感じたかもしれないが、今は昇魔石で金髪の美少女となっており、なんだか心が痛い。
美しさは変わらないが、長い航海で少し日焼けしたようだ。
俺も別にカミュと抱擁を交わしたくないわけじゃない。
島のため、厳しい航海をしてきたのだから、労ってやりたいのはやまやまだ。
だけど、カミュに抱きしめられたら、今ふらふらの俺はきっと……
「か、カミュ……おかえり……だけど、今はちょっと」
「それに、そこの女はなに!? 今、ヒール様とキスしてた、そこの女は!」
ヒースって女なのか? でも卵を産んでたし、そうなのか……いや、カミュが勝手に言ってるだけかもしれないが。
怒り声を上げるカミュに、ヒースは自ら寄っていく。
「な、何よ? 言っとくけど、ヒール様はね……むっ!?」
ヒースはカミュに迷わずキスをした。
「ううっ……あなた……なんて優しくて……甘いの!」
カミュも蜜を授けられたようだ……
ヒースから口を離すと、カミュはヒースを強く抱き寄せる。
「あなた、いい女ね! いいわ、今日から私と寝ましょう!」
ヒースはそれに答えるように、蜜をカミュにぶちまけた。
カミュは、その場で倒れてしまうのであった。
「カミュ!!」
俺はカミュに駆け寄り、その頭を膝にのせ、回復魔法をかける。
すると、
「隙あり!!」
カミュは俺にキスをした。
こいつ、だまし討ちか……
抱き寄せてしばらくすると、カミュは満足したのか俺を離す。
「やった! ヒール様の唇ゲット!」
当然、こっちとしては蜜の味しかしないので、何も感じない。
でもカミュはその場ではしゃいで、すごい嬉しそうだ。
俺も、久々にカミュを見てちょっと嬉しくなった。
「カミュ……おかえり」
「ただいま、ヒール様!」
カミュは笑顔でそう返事をしてくれた。
こうして、カミュは無事シェオールに帰ってきた。
カミュの船は埠頭で荷下ろしを始め、魔物たちは引き揚げたクラーケンの解体を始める。
アシュトンの話によれば、クラーケンの解体には結構な時間がかかるという。
見た目で言えば、まさに生きた城壁のような高さと幅。それが、何本も連なる様は圧巻だ。
クラーケンの本体には、まるでイカのような目玉が付いていた。
体だけで小さな山のよう……目の直径は人の背丈の倍はある。
これ、食えるのだろうか?
って、ハイネスみたいなことを考えちゃったな。
食用以外にも何か使えないか、考えてみよう。
……いずれにせよ、これまた冷凍庫の拡張が必要になりそうだ。
俺はそんなクラーケンを横目に、カミュから埠頭に降ろされた交易品の説明を受ける。
「だいたい、頼まれてきたものは買い込んできたわよ。そこにあるのは、植物系ね」
カミュは、植木やら花やらの植物を俺に見せた。
その近くには種子のようなものや苗のようなものも見える。
「小麦や大麦などの穀物、根菜、果物……農業に使うものもだいたいあるかしら。育つかは分からないけど、大陸の東西南北のものをとりあえず揃えたわ」
次に、カミュはその隣を指さした。
「あとは家畜ね。数は少ないけど、牛、羊、鶏……山羊なんかも番いで揃えたわ。豚は買えなかったわね」
オークにとって豚は神聖なものらしい。
豚と顔が似てるというのもあるだろうが、食用にすることは滅多にないようだ。
「まあ、肉は間に合ってるからな……おっ。犬や猫も連れてきてくれたみたいだな」
「ええ。猫は倉庫や船のネズミを捕ってくれるし。犬は……狩りはあまりしないでしょうけど、色々いたほうが賑やかでしょ。次はこっちよ」
そう言ってカミュは、別の荷を指さした。
木箱があり、そこには本が山積みとなっている。
荷馬車が一杯になるぐらいはありそうだ。
カミュは少し残念そうに報告する。
「案の定、倉庫のやつ全部くれっていったら、ほぼただで売ってくれたわ。ちょっと見たけど、技術書の類はあまりなさそうだったわね……魔導書も基本的な魔法しか載ってないようね」
「そうか……」
以前も言っていたが、オークたちにとって、あまり本は価値があるものではないようだ。
文字を読める者が少ないのが、大きな理由だろう。
「とはいえ冊数でいえば、数百冊あるし十分すぎる収穫だ。これならバリスも学校がつくれるだろう」
カミュは俺に答える。
「そう。満足してくれたならよかったわ。本が少ない代わりと言っちゃ変だけど、それなりに技術のある魔物は連れてきたわ……正直、そこまで高等な技術を持ったのはいないみたいだけど」
カミュが視線を向けた先には、オークを中心とした魔物たちが、島に上陸していた。
ゴブリンやコボルトもいるようで、この島にはもともといなかった者たちだ。
「皆、新しい生活がしたくてこの島に来た者たちよ。だいたい、二百名はいるかしらね。身代金を払って解放した魔物たちは、島の話をしたら皆来てくれたわ」
「二百名もか。随分と賑やかになりそうだな」
「ええ。一応島の決まりは伝えてあるわ。あと、ヒール様とテイムの契約を結ぶこともね」
「そうか。なら、あとで皆と挨拶しないとね」
「二百名とね……大変だけど、頑張って。最後は、まあ服やらおもちゃやら、雑多なものを適当に買い込んできたわ。これだけ買っても、財宝の半分も使わなかったわね」
そう言って、カミュは俺に麻袋を返した。
中にはまだたくさんの金銀財宝が入っているようだった。
「ありがとう、カミュ。これで島がさらに豊かになりそうだ」
「どういたしまして……それで、私へのご褒美だけど……」
そう言えば、出航前にそんな話をしたな……
俺は思わず身構える。
そんな時、リエナがやってきた。
「カミュさん、おかえりなさい!」
「あら、リエナちゃん! ただいま! ……そうだ! お料理の本と服飾の本、買ってきたわよ! それと……」
カミュはなにやら胸から本を出して、それをリエナと見る。
リエナは思わず口を抑え、顔を真っ赤にした。
「か、カミュさん、これは……!?」
「王国の貴族の令嬢方で流行っている服飾の本よ。一か月前に書かれた、流行の最先端が詰まった本よ……こういう下着が、王国の男を喜ばせるみたいね」
「き、きわどすぎませんか! これって何も隠せてないような……」
「まあ、私も人間の考えることはよく分からないけど……とにかく、早速つくりましょう!」
「は、はい! ヒール様がこれで喜ぶなら、早速!」
なんだか、盛り上がっているな……
こちらからは中は見えないが、表紙は見える。
題は『王都の花園』か。月に一度、王都で発行される、女性貴族向けの本だ。
たしか貴族の風紀を乱すとかで、何度か歴代国王から発売禁止を受けていたな……それでも貴族の御婦人方の熱い人気があるようで、国王も廃刊はさせられなかったとか。
……ってうん?
表紙に気になる文字があった。
”バーレオン公、逮捕!”と。
バーレオン公国……この前やってきた人間の船が所属する国だ。
その公国のトップが王国に逮捕される……戦争になってもおかしくない。
俺はどこか、胸騒ぎがするのであった。