八十九話 あの"男"が帰ってきました!
再び、俺は灰色スライムたちがいた場所へと戻ってきていた。
隣にはタランとフーレも一緒だ。
「それじゃあ再開といくか!」
「おお! 目的の場所まで、もう少しみたいだしね!」
俺の声に、フーレやタランは元気よく返事をしてくれた。
その後ろのスライムたちもぴょんと跳ねてくれたが、シエルだけはどことなく元気がないように見えた。
シエルが言うには、灰色スライムたちの元の体……ドワーフたちの遺体が見つかったことは、制御装置までもう少しということを意味するという。
シエルたちもあと少しで元の体に戻れる……普通は嬉しいはずだ。
だが、今回のドワーフたちのように、皆の体が無事であるとは限らない。シエルはきっとそれを気にしているのだ。
恐らく、シエルの元の体は無事だ。墓地があそこにあったし。
しかし、元皇帝という立場を考えれば、シエルは責任を感じずにはいられないはずだ。
「……シエル。しばらく休んでいてもいいんだぞ?」
俺が問いかけると、シエルは体をぶるぶると横に振った。
大丈夫、ということだろうか。
「分かった……なら、一緒に行こう。なんにしたって、装置を見つけないことには始まらないもんな」
シエルは迷いのない動きで、体を縦に揺らした。
こうして再び、俺たちは採掘を始める。
ピッケルを振るう中、俺は次第にある違和感を感じた。
それはフーレも感じていたようで、
「なんか、硬くない?」
その声に、タランも頷いた。
タランも岩壁を硬く感じていたようなのだ、
それだけじゃない。目にも、崩れる岩の量が減っているのが分かる。
「ちょっと待て。これは……」
俺は手を止めて、インベントリを確認する。
回収されている岩自体は、ただの岩のようだ。
しかし、ちょっと聞きなれないものも掘れていた。
「隕鉄……」
たしか、空から降ってくる巨大な岩、隕石の中に含まれる鉱石だ。
フーレが俺に訊ねる。
「隕鉄?」
「ああ。隕石の話は知ってるだろ。その中から採れる石だ。王国でも天から落ちてきた鉄だとかいわれ、高価で取引されていたよ」
その希少性から王族の武具によく用いられていたが、普通の鉄と色味が少し異なる以外は、硬さなど変わらない。
実戦のためというよりは自慢するための素材といえよう。
たしかに普通の鉄鉱石が赤茶色のものなのに対し、岩壁に製錬した鉄のようなものがちょくちょく見えている。
隕石が落ちた、というのは本当の話のようだ。
「へえ、またなんだかすごそーな石だね! マッパのおっさん……いや、やっぱおっさんも喜びそう」
フーレは意地でも、マッパが自分より年下だとは思いたくないらしい。
まあ、フーレが十五歳なのに対し、筋骨隆々でひげもじゃのマッパが七歳だっていうんだからな……
肝心のマッパだが、今はここにはいない。
鉄道延伸工事は弟子の魔物たちが担当しており、自分は灰色スライムにあれこれ指示をだしているようだ。
実際は格好の悪いところを見せてしまった、雷を降らせる斧を完璧に仕上げようとしてるのだろうが……
「隕鉄を使って、私もなんか作ってもらおう」
フーレの声に、タランは脚で円形のなにかを描いている。
二人とも、隕鉄でなにを作るかで盛り上がっているようだ。
しかし、シエルの様子は一層暗い。
……もしかすると制御装置は無事でないかもしれない。
俺も正直、同じ不安を覚えている。
隕石が落ちるのを俺は見たことがない。
それでも、王国の長い歴史の中で、隕石に関する記録は豊富にあった。
それによれば、隕石自体はその破壊力に似合わず、人の頭ほどの大きさしかないものが多いようだ。
しかし、今掘っている範囲を考えれば、人の頭以上の隕鉄がここにある。隕石はそれよりも巨大だったはずだ。
相当な破壊力を持った隕石だったんだろうな……山の中とはいえ、国が一つ消えるぐらいだし。
制御装置が隕石によって破壊されていても、何もおかしくない。
「シエル……駄目なら駄目でその時に考えよう」
俺が言うと、シエルはまたも気丈に体を振ってくれた。
「ともかく、根を詰めて掘らなきゃだね!」
フーレの声に、周囲が元気よく応じた。
だがその時、後方から鈴の音が響いた。
振り返ると、そこには板のソリの上に立って、坂を下ってきた十五号が。
「十五号か。この音は……」
仲間が遠くから帰ってきたという報せ。最初定めた時以来、初めて聞くことになった音だ。
つまり……あの"男"が帰ってきたというわけだ。
「カミュが帰ってきた!」
俺たちは地上へと一旦戻った。
洞窟の入り口から海へ目を向けると、遠くに帆船が。
そこにリエナが望遠鏡をもってやってくる。
「ヒール様! こちらを」
「おお、リエナ。ありがとう」
俺はリエナから望遠鏡をもらい、水平線近くに見える帆船を覗く。
「黒い旗に船の形も一致……たしかにカミュの船だな……と」
金髪の天使……のように見えるカミュは一足先に、空を飛びながらこちらに向かってきていた。
同様に望遠鏡を覗くリエナもそれを見つけたのか、微笑むように言う。
「あれはカミュさんですね! ふふ、はやくヒール様と会いたいのかもしれませんね!」
「あ、ああ……」
無事帰ってきてくれたのは嬉しいが……
このままだと、空から獲物を狩る鷲のようにつっこんでくるかもしれないな。
事実、カミュは鳥よりも早く空を駆けている。
「あの速度で飛び込んでこられたら、無事じゃいられないぞ……うん?」
俺はカミュの様子が少しおかしいことに気が付いた。
表情は分からないが、顔と手を、しきりに船のほうへ向けているのだ。
「何かを伝えようとしている? ……あ」
カミュが指し示す方向……船のさらに向こうから、うねうねとした細長いものが無数に見えるのであった。