八十八話 ドワーフはドワーフでした!!
「なるほど。それで、シエルさんたちとは体の色が」
リエナは地下からぞろぞろと出てくる灰色スライムを見て、そう呟いた。
だいたい、二百体はいるだろうか。
だが皆、久々の外だというのに、反応が鈍い。
もちろん岩を食べていたので体が堅いというのもあるだろうが、それ以上に落ち込んでいるように見えるのだ。
彼らの様子にリエナも気が付いたようで、顔を曇らせた。
「……自分のもとの体が死んでいた。とてもショックでしょうね……」
シエルの話によれば、彼らは隕石で滅びたヴェルーア帝国の一種族で、ドワーフだったらしい。
彼らもスライムに魂を移し、体を保存していたようなのだが……
彼らの体のあった場所は隕石で破壊されてしまったようで、先程周囲を掘ったところ、骨が大量に見つかった。
どれも大きな頭蓋骨……ドワーフのものであることは明白だった。
灰色スライムたちがとぼとぼと悲しそうなのは、そのせいだろう。
見つかったのはドワーフの骨だけだが、ここが壊れていた以上、他の者たちの体が眠る場所もどうなってるかは分からない。
他のもともといたスライムたちも、どことなく不安そうだった。
どの道、制御装置を見つけないことには何も分からないが……
入り口から出てすぐのところで待機する灰色スライム。
シエルが体をうねらせて何かを伝えているが、反応は特にない。
もともと言葉が通じてるかも分からないが、ショックもやはり大きいのだろう。
あたふたと困った様子を見せるシエル。
今までのスライムたちには運搬を手伝ってもらっていたので、灰色スライムたちにも同じことを頼んだようだが、この感じだと当面は協力を得られそうにないな……
もちろん、自分の体の死を受け止めることは、簡単ではないはずだ。
「しばらくは様子を見るしかないかな……うん?」
そんなスライムたちがいる場所に、マッパがずかずかとやってきた。
彼は自分の体程の巨大な袋を引きずっている。
「なんだ、あれ?」
先程はマッパを見て身を引いた灰色スライムたちも、今はほとんど無反応だ。
真っ裸のおっさん……ではなく七歳児なんて、今となってはどうでもいいのだろう。
マッパは七歳だった……俺たちも正直、衝撃を受けた。
筋骨隆々で、ひげもじゃ。人間ならおっさんとしか見えない外見のマッパ。
だが、思い返してみると、彼の毛の下の肌はずいぶんと若々しかった。
アシュトンも言っていたが、その尻はおじさんとは思えないようなハリが……これ以上はやめておこう。
それ以外にも落ち着きのなさや、なんでも口にするとか、子供であれば納得のいく行動が多かった。
でも、おっさんに見えた一番の理由は……
どんな時でも堂々とした態度と、頼りになるところだ。
マッパは彼らの前に立つと、袋から大量の金槌を地面にぶちまけた。
突然のことに、灰色スライムは皆マッパを睨む。
「マッパの奴……どうしたんだ?」
マッパは何も言わず、彼らに背を向け、鍛冶場へと戻っていく。
そしてすぐに金槌で金属を叩く音を響かせた。
リエナが呟く。
「神話では、ドワーフは鍛冶に優れた種族……マッパさんは、きっと……」
「見た目じゃない……そう言いたいのかもな」
たとえ元の姿に戻れないにしても、ドワーフであることは変わらない。
鍛冶はできる、と言いたいのだろう。
金槌の前にただ立ちつくす灰色スライムたち。
……なかなか割り切れるもんじゃないよな。
その間にもマッパと、弟子の魔物たちは、道具や武器を完成させていった。
マッパは見慣れないような文様が入った金の斧をつくりだすと、立ち上がりそれを天に掲げてみる。
すると突如、天から雷が落ちて……
一瞬のことだった、マッパに雷が落ちたのだ。
あまりの閃光の速さに、俺が魔法で守るどころか、声を出すことすら間に合わなかったのだ。
「マッパ……おい、マッパ!」
遅れてきた雷の轟音とともに、俺は叫んでいた。
マッパは右手で斧を掲げながら、その場で銅像のように立っている。
もじゃもじゃだった髪の毛は逆立ち、金色となっていた。
体の周囲には、小さな雷のような光を纏っている。
間違いなく死んだ……誰もがそう思ったはずだ。
しかし、灰色スライムたちはマッパのほうへと寄っていく。
すると、マッパは光る眼を彼らに向けた。
灰色スライムたちはそんなマッパを敬うように、体を縦に曲げる。
「ま、マッパ?」
俺が不思議に思っていると、シエルが灰色スライムに何かを訊ねた。
すると、シエルは棒状に加工された石灰岩で、地面に文字を書き始めた。
「あれは紛れもなく、王家の者だけが作り出せる斧……雷を蓄える覇王の斧。まさか王家の者が生きていたとは……と驚いています」
リエナがそう読み上げてくれた。
「とすると、マッパはやっぱり……」
ドワーフの中でも、すごいやつなのは確かだったようだ。
灰色スライムたちの中で、先程ピッケルを握っていた者が勢いよく跳ねた。
彼はすぐに金槌を手にすると、鍛冶場へと向かって行く。
それを見た他の灰色スライムたちも、次々と金槌を手に、鍛冶場へ向かった。
皆、すぐさま魔物たちの鍛冶を手伝う。
特に何も指示していないのに、手際が良い。
先程までの固い動きが嘘のようだ。
「どうやら、協力してくれるようだな……」
俺が言うと、リエナは頷いてくれた。
「みたいですね。それにしてもマッパさん。やっぱりすごい方……あ」
マッパはその場でばたんと倒れてしまった。
後で回復魔法を使いマッパは治ったが、あとでマッパから聞いた所、斧に必要な材料が不足しており、雷をうまくコントロールできなかったようだ。
ともかく、島に新たな仲間ができるのであった。