八十三話 壁をつくりました!!
「ヒールの旦那、縁取りが終わりました!」
コボルトのハイネスは、俺のもとに駆け寄ると敬礼した。
縁取ったのは、城壁を建てる場所。
埋立地の上に、世界樹の葉でつくった緑の塗料で線が描かれており、その上に壁を築くのだ。
そしてこのような大工事に役立つのが、【洞窟王】のもつ工房機能という機能。
これは俺が【洞窟王】で所有しているインベントリ内の鉱石類から、様々なものを加工できる能力だ。
例えば、ただの岩を石材にしたり、砕いて砂にしたりすることができる。
石材なら形や大きさを自由に指定できるし、砂も砕く岩によって思いのままの色にできるのだ。
細かいものなら魔物たちでも作れるが、こういった大きな建築を建てる時は、俺のこの能力を使った方が早くて安全だろう。
「工房機能を使うのは久々だな……それじゃあ、いくぞ」
俺は緑の線の中に誰もいないのを確認して、そこに右手を向けた。
すると、そこから四角い石材がびゅんびゅんと飛び出てくる。
その石材は緑の線の中を、パズルのように埋めていった。
俺はどことも分からない工房で、インベントリの岩を石材に加工し、それをこうして放出しているのだ。
「いつ見ても、すごいっすね……手から出てるみたいだ」
ハイネスは俺の手を見て、そう言った。
「そっか? 俺からすると、間抜けな感じなんだけどな……」
王都で手品を見せる道化みたいな……しかも、彼らみたいに花なり旗を見せるならまだ面白みはあるが、ただの石材なのだから地味なことこの上ない。
彫刻職人のように凝った装飾でも施したいが、俺には絵心はない。
それにこれはあくまでも城壁だから、真面目につくるとしよう。
「……よし、これで一段目は完成だ」
俺が言うと、ハイネスが答えた。
「了解です。じゃあ、モルタル塗ります!」
「おお、悪いな……俺がモルタルもつくれればいいんだが……」
モルタルとは、こういった石を積み上げる時、隙間をうめるのに使われる建材の一種だ。
石灰やら火山灰を細かくしたセメントと水を混ぜることでつくれ、最初は泥のようだが、次第に岩のように固まっていく。
王都の建築では欠かせない材料だが、きちんとした配合でなければつくれない。
当然、俺には建築の知識はない。
ここにいる魔物たちも皆、森に暮らしている者が多かったので、知っていても木造建築についてだけだった。
だから、モルタルをつくれるものは、この島にはいなかったのだ。
そんな中、俺はモルタルづくりをマッパに頼んだ。彼は最初難しい顔をしながらも、試行錯誤の上、似たようなものをつくってくれた。
いつものマッパならどんなもんだという顔をするのだが、モルタルを俺に見せた時はちょっと自信なさげな顔をしていた。
そして今も、魔物たちが運ぶ樽に入ったモルタルを見て、不安そうな顔をしている。
出来にあまり自信がないのかな?
一応、俺に見せたものはしっかりと固まっていたけど。
マッパは樽を運ぶ魔物に、待ったと手で止めさせ、樽の蓋を開く。
そして樽のモルタルを一舐めして、静かに頷いた。
「いや、舐めて分かるもんなのか……?」
とはいえ、マッパの納得した顔を見るに、とりあえずは大丈夫ということなのだろう。
魔物たちは次々と樽を運び、鏝と呼ばれる道具を用意していく。
彼らは、俺が並べた石材の上にモルタルを塗っていく役目を担っている。
上に積み上げる石材との接着、また石材同士の隙間を埋めるためだ。
「これから塗って……だいたい一時間はかかるかと」
ハイネスは俺にそう報告した。
「一時間か……その間、採掘に戻るかな」
だが、制御装置に向かって掘っている今の採掘現場に行くまで、トロッコで十分以上かかる。
トロッコは降りるより上る方が時間がかかるので、帰りはもう少しかかるとみていい。
とすると、採掘ができるのはせいぜい三十分……
しかもまだ一段目だから、二段目三段目とこれからも同じ作業をするたびに行ったり来たりしなければいけない。
面倒なわけじゃないが……効率が悪いな。
せっかくなら、石材を大きく加工して、ほとんど岩そのものを城壁にすればよかったかもしれない。
あとはこのモルタルが俺の工房機能でもつくれればいいんだが……
俺はそんなことを思いながら、モルタルを指に少しのせてみた。
これを回収できたりしないかな……
「……あ」
そんなことを思っていると、俺の指のモルタルが瞬時に消えた。
岩や採掘物を使っているから回収できたのかな?
そして、
≪工房機能で作成可能な品目が増えました。セメント、モルタル、コンクリートの作成が可能になりました≫
……セメントはモルタルの材料の粉。でも、コンクリート? なんだそりゃ?
≪コンクリート……主に建築に用いられる、建材の一種です≫
建材の一種なのか。建築で色々試せるかもしれない。
……まあ、よく分からないけど、なにしろモルタルはつくれるってことだ。
ならば、モルタルをつくって……って、水が必要なんだよな。
水は俺のインベントリにはない。
それに水は採掘物類と認識できないのか、回収できない。
なにかしらの手段で水を抽出できればいいのだろうが……
今はここにあるモルタルを回収して、俺が塗っていけばいいか。
「よし……皆、俺に任せろ」
俺は魔物たちが運んできた樽の中のモルタルを、インベントリに回収していった。
ハイネスはそれを見て訊ねた。
「ヒールの旦那、何を?」
「これなら、俺が一気に塗ることができる。見ていてくれ」
そう言って、俺は右手を石材に向けた。
そしてモルタルの放出を命じると……
俺の右手から、勢いよく灰白色の液体が放出された。
「うおっ!? 結構な勢いだな……」
俺はそれを調節しながら、並べた石材の上に降らしていく。
これ……色々使えそうだな。
以前リヴァイアサンと戦った時、岩を放出して攻撃したが、これもそれなりに使えそうだ。
どろどろしているし、固まっていくから、またリヴァイアサンみたいな巨大な敵が襲来してきたら、目つぶしにもなるかもしれない。
それを撒き終えると、その上にまた新たな石材を並べていった。
二段、三段とそれを繰り返していくと……
「おお、ほんの数分でここまでつくるとは!!」
ハイネスと魔物たちは、目の前に積みあがった城壁を見て、声を上げた。
俺の背丈の四倍から五倍はあろう高さの城壁。王都の城壁と比べても、立派なものだ。
あとは胸壁という、城壁の上の歩廊部分を守る壁をつくればいいだけだな。あ……
マッパができあがった城壁を上っていこうとする。
「マッパ、まだ固まっていないんだ! 危ない……うおっ」
俺は目の前に黄色い虫……蜂が見えた気がしたので、手で払おうとした。
しかし、払い落した手ごたえはない。
俺はすぐに周囲を見渡した。蜂を探すために。
「……蜂までこの島に? え?」
マッパの後ろに、人間のような巨大な蜂が針を構えているのが見えるのであった。