八十二話 街づくりはじめました!!
「……ということで、とりあえず外向きには国として見せることにしようと思う」
世界樹の下で、俺は島の主だった者たちにそう語った。
ベルファルトと元奴隷たちを島から送り、龍王国へ捕虜を帰す……それだけでなく、公国船にもこの島の存在が明るみになった今、またいつ外部からの訪問者が来るか分からない。
こうなった以上、訪問者への対処をどうするかは先送りにできない。
武力で追い払うだけでなく、平和的な訪問者にこの島をどう見せるか、皆で対策を練ることにしたのだ。
「ありのままを見せる……ってのは、危険だと思いますぜ」
コボルトのハイネスがそう語ると、エレヴァンも同調するように頷いた。
「俺もそう思う。金銀宝石を狙って、また馬鹿な奴らを呼び寄せるだろうからな」
皆も、ほとんどが首を縦に振っている。
バリスが補足するように述べた。
「売るにしても問題があるでしょうな。大陸で採掘を生業としてる者たちの仕事を奪うでしょうし、経済的に立ち行かなくなる街も出てくるでしょう。それにこれだけの宝石が埋まっていると知られれば、必ずどこかの国が侵攻しようとしてくるはずです」
「じゃあ極力、金銀宝石のことは外部へ流出させないようにする……あるいは大陸と同じような値段で、少量を売る……それでいいかな?」
俺の声に皆がうんと頷く中、リエナが発言する。
「金銀宝石を隠すのも大事ですが、洞窟自体を隠すのも大事だと思います。寿命を延ばす亀石にしろ、魔力を上げるクリスタルにしろ、ある意味で宝石よりも価値があると思いますので」
「竜球石とか、死んでもいいからほしい、って人来そうだもんね……」
苦笑いするフーレに皆も、うんうんと頷いた。
「それも踏まえますと……うむ」
バリスは卓の上にある紙に、筆ペンで何かを描き始める。
これは朝、俺に見せてくれた都市計画の地図か。
思えば、もともと外から来る者たちに向けて、お店をつくろうなんて話になってたんだよな……
バリスは島を空から見たような地図に、どんどんと文字を書き入れていった。
そして埠頭側の埋立地の半分を囲んだ部分に指を向け、口を開く。
「まず船が停泊する埠頭側……ここに商業区をつくってはいかがでしょう」
「しょうぎょうく?」
エレヴァンは難しい顔をして、バリスに問うた。
他の魔物たちも、聞きなれない言葉なのか、首を傾げる者がいる。
バリスはそんな者たちに、分かりやすいように説明してくれた。
「商業区というのは、主に人の街において、商いをする場所です。外部から来る者向けのお店や宿、作業所、それをここにまとめて建てるのです」
「なるほど……」
納得した様子のエレヴァンたちを見て、バリスは更に呟いた。
「さらに埠頭近くを中心に、各所に広場を設け、訪れた者にそれなりに豊かな国であることを示しましょう。そしてこの商業区と、洞窟側は城壁で区切ります……ここから奥は我らシェオールの民の領域とするのです」
バリスはその他の部分を城壁で囲んで見せた。
「そして埠頭側の洞窟入り口の手前……ここは、我等の行政区とします。その中央に建つのが、我らが主、ヒール殿の宮殿」
「おお、王の屋敷ってことか! そりゃいい! 立派なもんつくろうぜ!」
エレヴァンが立ち上がって腕をならすと、他の魔物たちもおうと元気よく応じる。
リエナがそれに続いて、提案する。
「宮殿といえば……庭園もいいですね!」
「あ、あと噴水とかもいいんじゃない? アヒルでも浮かばせて」
うんうんと頷くフーレの隣で、マッパがナイフで一瞬で鉄の塊を削り、人の小さな像をつくってみせた。
「それはヒール殿の像? ……なるほど、王の像をつくるのですな! マッパ殿!」
アシュトンの問いに、マッパはうんと頷く。
皆がワイワイ盛り上がる中、俺は焦った。
「ま、待て待て! 行政区をつくるのはいいとして、どうして宮殿なんだ? この国はまだ、王国にするなんて決めたわけじゃ……」
俺の言葉に皆、「え?」と返してきた。
「……? ヒール殿は我等の王、それが治める国となれば、王国というのが普通では?」
アシュトンはきょとんとした顔で、俺に訊ねてきた。
「い、いや、確かに俺はこの島の領主……皆の代表という自覚はある。でも、俺が王というのはちょっと……」
領主として皆を守っていく……その覚悟はできている。
だけど、王となると……
最後の賭けとして、王を名乗るはやめておきたいのだ。
俺が王を名乗ったと知れば、父は確実に許してくれないだろう。
魔物と暮らしているのがばれれば、怒るのは間違いないように思える。
しかし、万が一……最後の希望として、父が俺とこの島を受け入れてくれる可能性にも賭けたいのだ。
父が俺を一領主として、この島で魔物と共に暮らさせてくれるのを認めてくれさえすれば、それでいい。王国へ復讐することも、他国への領土的な野心も持ち合わせてない。
「ふむ……なるほど。上下関係を考えれば、ヒール殿が”王”というのはちょっとまずいですのう」
バリスは俺の意図を汲んでくれたのか、深く頷いてくれた。
アシュトンとリエナも、それに気が付いたのか、はっとした顔になる。
「たしかに、ヒール殿を王にするのは問題がありますな」
「ええ。私もそう思います。王では、あまりにも失礼……」
俺の父が王なら、俺が王と名乗るのは道理に合わない……
リエナも王族だし、アシュトンも王の側近。親子の上下関係がどういうものかは心得ているのだろう。
バリスはならば、と俺に続ける。
「王は誰かに任せるか、しばらくの間、空位としましょう。ですが、王のいない国でも、宮殿はあると聞きます。一応の威容を示すため、宮殿はあってもいいのでは?」
名目的にでも王はいたほうがいいか……たしかに皆、自分の部族で一番偉いのは王であるとの認識ができている。
マッパは王位に興味があるのか、ちらちらと俺や皆に視線を送る。
しかし、誰もそれに気が付く者はいない。
とはいえ、俺でない誰かがこの島の王を名乗るのも、父は許さないだろう。この島は、一応は王国領なのだから。駄目なものは駄目というか。
「それはそうだな……俺も宮殿には賛成だ。だが、王をたてるのはやめておこう……」
皆でこれからも相談して決めていけばいい……共和国でいいじゃないか。
シェオール共和国……うん、良い響きだ。
バリスはうんと頷き、皆に視線を移した。
「かしこまりました。それでは、王は空位とします。宮殿をはじめとする行政区建設には早速取り掛かりましょう、皆様もそれでいいですな?」
皆から、異議なしという言葉が返ってきた。
その後も、どんな都市をつくるかの話し合いは続いた。
主な決定事項は、洞窟の入り口はどちらも建物で覆い、神殿のようにするというのがまず一つ。
島民しか入れない、島にとっての聖地……とすれば、洞窟に誰も入れないようにする口実ができる、とバリスが考えたことだった。
世界樹側は基本的にそのままにすることも決める。
その他にも、温泉を商業区にもつくる、旗の意匠を公募で決めるなど細かい提案もあった。
俺はそのほとんどを大筋で合意し、会議は終わる。
会議が終わると、バリスが俺に確認するように聞いてきた。
「お疲れ様でした、ヒール殿。それで、ベルファルト殿へお渡しする手紙なのですが……」
バリスは俺に手紙を見せた。
俺が頼んだ内容を、バリスに書いてもらったものだ。
こちらはあくまで防衛のため、貴国の民に武力を行使した。
我が国は龍王国と敵対する気はなく、此度の事態は宣戦布告とは取らず、捕虜は返還する。
今後は責任ある国家として海賊を共に取り締まるよう提案し、国交ならびに不可侵協定を結ぶことを希望する……
宛名などがないのは、下書きだからだろう。
そもそも俺たちは龍王国の王の名前は知らないため、ベルファルトに聞かなければ分からない。
内容的には全く問題ない。
俺はバリスに頷く。
「完璧だ。高圧的でもなく、要求でもない……よっぽど短気な国じゃなければ、気を悪くすることもないだろう」
「では、こちらで清書にはいらせていただきます。それと、ベルファルト殿ですが……」
「どうしてもか?」
「ええ。使った船はどうしてもお返ししたいと。捕虜を返した後、こちらにまた戻ってくるそうです」
「そうか……でも、彼も金がないだろうし……」
「はい。それも言い聞かせ、何度も断ったのですが、どうしてもと譲らないのです」
本当に情に厚いやつだな……だけど、ただでさえ船と積み荷を失っているのに。
こっちは船二隻も手に入ったし、お金にも困っていない。お礼は不要だ。
すると、バリスが提案する。
「……ならば、ベルファルト殿にもカミュ殿同様、買い出しを頼んではいかがですかな? 買い付けのための金と、手間賃をお支払いすれば、彼にも利益がありましょう。船は貸し出すことにして、しばしの間交易をお願いするのです」
「なるほど……いい案だ。それで頼む」
「はっ」
バリスは深々と頭を下げた。
「いやあ……しかし、バリスは本当に頼りになるな。さっきも察してくれて、助かったよ」
「あれは……むしろ気が付かず、大変失礼しました」
「謝る事なんて何もないだろ? これからも頼むぞ、バリス」
「ははっ。では、早速ベルファルト殿に渡すお手紙とお金を用意します。出航は明日のようですので、それまで物資の積み込みや、船の修理などもやっておきましょう」
「ああ、よろしく。俺は採掘に行く。あとは任せるよ」
「は、ヒール……陛下」
そういって、バリスは足早に船へと向かって行くのであった。
陛下って……あくまで俺を王と呼ぶつもりか。
まあ、内々での呼び名は別にどうでもいい。
とはいえ、外の者の前では控えてもらわないとな……特に王国人の前では。
俺はこの時、そんなことを思いつつ、再び採掘へ戻るのであった。
途中、バリスの使いの者に、ベルファルトに渡す金貨と手紙の清書の確認を求められた。
しかし俺は手が岩で汚れていたため、金額と手紙の内容を読み上げてもらう。
金は仰天するような量じゃないし、手紙の内容は前と同じなので、なんの問題もない。
使いの者にベルファルトへ渡すよう頼むと、俺はすぐに採掘へと戻った。
次の日、ベルファルトと元奴隷が乗った船は、シェオールを出航する。
龍王国の捕虜と金をいくらか積ませた船を、俺たちは見送った。
すると、船からも感謝の声が返ってくるのであった。
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「いやあ、本当にいい人たちだったなあ」
ベルファルトは船長室で一人、ヒールたちから預けられた金を計算していた。
人の頭ほどの袋には、金貨がいっぱいに入っている。
金貨にはなんの刻印もなく、新品のようだったが、ベルファルトでも上質な金だというのが分かるほどだった。
「それにしても、すごい金の量だ……いろいろ頼まれたけど、正直これだけの量を使うのは難しいかも……」
残ったお金は手数料として納めていいと言われたベルファルトであったが、適正な運賃だけをもらい、ヒールには返そうと考えていた。
ベルファルトは金貨の入った袋を鍵付きの箱にしまうと、机の上にあるヒールたちから預かった丸められた手紙もしまおうとする。
ベルファルトは、バーレオン語で書かれた手紙の裏側を見ながら呟いた。
「……シェオール”帝国”か。アモリス共和国の商人にとっても、いい貿易相手になりそうかも」
こうしてシェオールはシェオール帝国として、ヒールはその皇帝として、外部へ伝わることになるのであった。