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八十一話 宣言しました!

「これで、全員か」


 俺はもはやリンドブルムでなくなった龍人たちを見て、そう呟いた。


 彼らの三隻の帆船は、マッパゴーレムに玩具のように引っ張られ、埠頭に接岸させられた。


 各船には十人程の見張りとその他の奴隷しか乗っておらず、ただの巨大な石像と思っていたマッパゴーレムが動き出したことに、戦うのを諦めたようだ。


 なにより彼らのリーダーであるアーダーが、める前の鶏のように首を掴まれては、戦意を失うのも無理はない。


 そうして今、俺の前には、千を超す龍人たちがその場で腰を下ろしていた。


 周りを囲む魔物たちに、誰ももう抵抗しようとはしない。


 皆、殆どが耳が黒焦げになっていた。

 リンドブルム形態の時に翼を焼かれたからだろうが、なんとも痛々しい。

 

 また、リンドブルムに変身する前と比べ、皆やけに痩せ細せていた。

 バリスの言う通り、翼が力の源だったのだろう。アーダーに至っては、先程の逞しい壮年男性といった感じはなく、よぼよぼのおじいちゃんのようだ。


 ……彼らが、ただこの島に流れ着いてきたやつらだったなら、治療しただろう。


 だが、今回はそれはできない。


 彼らは、いうなれば侵略者だ。


 俺たちは水と食料を渡すと言って、傷病人まで治療した。


 しかし、彼らはそれだけでは飽き足らず、俺たちを害そうとしたのだ。この島の宝石類に目がくらんだのだろう。


 エレヴァンやカミュも最初、俺に刃を向けた。しかし、彼らは生命の危機にあり、歩み寄れば争いをやめてくれた。今回とは話が違う。


 だから、同じ処遇を下すわけにはいかない。


 そんな時、奴隷を代表して、ベルファルトが来た。


「ヒール様、船にいた仲間や捕まった人たちは皆、解放しました! 今は、リエナ様たちに治療して頂いてます」


 船に乗せられていた奴隷は、鎖に繋がれていたのだろう。 

 皆、服はボロボロで、体には鞭で叩かれたような傷があった。


「良かったよ。食事も用意してもらってるから、思う存分食べて行ってくれ」

「あ、ありがとうございます! 本当になんとお礼を申し上げてよいのやら……そうだ」

 

 そう言ってベルファルトは、自分の服の裾を破り、その中から紙切れを出す。


 アーダーたちに見つからないように隠していたのかもしれない。それだけ重要なものなのだろう。


「それは?」

「保険証券です。海に出る前、船と積み荷に保険をかけていたんです」


 航海には常に危険が伴う。

 天災で船や積み荷が沈んだり、海賊に襲われたりする。


 そうなった時のための備えが保険だ。

 お金を航海の前に国やら金貸しに払い、船や積み荷に損害があると、それを補償するお金を受け取れるのだ。


 陸路を馬車で行く商人の保険と違うのは、船という大きな資産、大量の積み荷を補償するので、保険金が高額という点だろうか。


 しかし、ベルファルトは申し訳なそうに言う。


「ヒール様たちには、あまりにも少ない金額だと思いますが……」

 

 俺は証券を読む。文字はファリオン大陸のもので、すぐには訳せない。しかし、数字だけはすぐにわかった。


「三万オルト……えっと、オルトはアモリスの通貨だよな。一オルトは王国のデルでいくらだっけか……」

「一オルトは、一〇デル……なので、三十万デルになります」

「さ、三十万デル!? 王都の大通り沿いの邸宅が買えちゃうな……」


 王都では、豊かな商人や下級貴族が住むような豪華な家を買えるほどの大金だ。王族ですら、この金額で賄賂を受け取ったら、思わず相手を贔屓にしてしまうだろう。


「え? そ、それぐらいはあるかもしれませんね……でも、ヒール様にとっては、こんなお金は」


 ベルファルトは俺が驚いたことに、首を傾げた。

 魔物たちが身に着ける宝石類を見て、俺からすれば三十万デルなどはした金だと思ったのだろう。


 確かに今まで俺が掘ってきたものをすべて売ろうとすれば、恐らく王国のデル全てを合わせても足りないほどの金額になる。


 実際は、それだけあると知れれば、宝石の価値が下がってしまうのだろうが。


「いや、大金だよ……ベルファルト、これは君の保険だ。君は船を失ったんだろ? 自分で使えばいい」

「し、しかし……命を助けてもらい、解放して下さったんです。とてもお礼なしとは……」


 ベルファルトは真っ当な人間のようだ。

 受けた恩を、そのままにはしておけないのだろう。


「どちらにせよ、それは国に帰らないと受け取れないんじゃないか?」

「そ、そうですね……あ、そういえば……どうやって帰ろう」


 ベルファルトの船は沈められてしまったのだろう。

 あの三隻のキャラック船は、最初からアーダーたちのもののようだ。


「皆も帰りたがっているだろ? なら、あのキャラック船を使えばいい」

「で、でも、あれはヒール様たちが拿捕されたものですし、そういうわけには」

「たしかに船は欲しかった。でもあいにく、船乗りが不足していてな。三隻もいらない」

「ですが、それではあまりにも……では、買い取らせていただくということで、帰ってからお金を……いや、あの大きさの船となると、とても三万オルトじゃ……」


 ベルファルトは頭を抱える。

 

「というか三万オルトじゃ、配送の依頼人への賠償でとんとんだ……じゃあ、家を抵当に」


 価値が釣り合わないのが、気持ち悪く感じてるのかもしれないな。

 がめつい商人なら、諸手をあげて喜びそうなものだが。


 なら、俺も提案させてもらうか。


「ベルファルト、君は商人だったな?」

「は、はい! まだ独立したてですが……いや、今回が独立後初めての航海で、まだ利益すらだせてないので、はたして貿易商といえるか……」


 肩を落とすベルファルトに、俺は続けた。


「なら、俺に雇われてくれないか?」

「ヒール様にですか? それは構いませんが」

「なら、この龍人たちを、彼らの故国まで送ってほしい。俺の手紙と共に」

「彼らを帰してしまうのですか!?」

「ああ。ここにいても、島の皆が受け入れてくれないだろうからな」


 いや、皆は受け入れるよう頑張ってくれるかもしれない。


 しかし、肝心の龍人たちに、歩み寄る姿勢が見えない。

 この期に及んでも、俺たちを大声で罵倒する者が多い。

 多種族を奴隷にするやつらだ。彼らのプライドが、俺たちと同等というのを許さないだろう。


 アーダーは苦しそうにしながらも、俺たちを恨めしそうに睨んでいる。


 しかし、俺の隣にいるエレヴァンが睨み返すと、すぐに頭を下げた。


 悪いが、こんな者たちをこの島には迎え入れたくない。


「それはもちろんでしょう。恩を仇で返したのですから。そうではなく、ただで帰すのかと思って。その……僕は奴隷売買には反対ですが、たとえ耳を失っても龍人の奴隷は高く売れますし、この島でも労働力に……」

「俺たちの島に奴隷はいない。これからもだ」

「そうですか……いや、失礼しました。そもそも僕たちを解放してくださったのですから、変な事を聞いてしまいましたね」


 俺が奴隷を用いるのに反対なのが、ベルファルトは嬉しいようだ。


「もちろん、お受けします。彼らは国旗を隠して僕たちを襲ってきましたが、表向きにはベーダー龍王国とアモリス共和国は戦争状態にありません。停戦協定を結んでいるぐらいですから、陸につけば安全に送り返せます。でも、奴隷でないなら、彼らをどういう名目で送ります?」

「戦争捕虜だ。彼らのやろうとしたことは宣戦布告。俺たちは戦って、彼らを捕縛したからな」

「なるほど……確かに宣戦布告行為ですね。えっと、ヒール様の国って……」

「それは……」


 サンファレス王国の一領主……そう名乗ると、少し問題がありそうだ。


 彼らが”捕虜”として送り返された以上、向こうはそれ相応の対応をしなければならない。

 もちろん部族社会なら、ただ逆上されて終わりかもしれない。しかし、国を名乗り不戦協定を結ぶぐらいなら、外面を気にする、つまりは外交という言葉を知ってるのは間違いない。


 その前提でいうと、アーダーは表向きには必ず処罰されるだろう。


 国旗を揚げずに船を襲うのは、立派な海賊行為。ベルファルトが祖国、不戦協定を結んでいるはずのアモリス共和国に伝えれば、向こうは外交上嫌でもアーダーに処罰を下し、謝らざるを得ない。


 その上、外交関係のない相手に要求を突きつけ、武力を行使したのだから、俺たちにもなにかしら詫びを入れようとするはず。


 しかし、その”俺たち”というのが問題だ。


 俺たちは、対外的には何人なのか、ということだ。


 魔物に国籍はないが、俺は王国の一領主……のはず。そうだとすれば、ここは王国の領地で、俺は王国人ということになる。


 だが、俺がそう名乗れば、龍王国はここではなく王国の首都である王都へ使節を出すだろう。

 それはつまり、この問題がほぼ確実に父に知れ渡るということだ。魔物と俺が暮らしていることも当然、耳に入るだろう。


 ただ、そもそもベルファルトと他の奴隷だった者たちが帰る以上、結局はこの島のことは外部に知られてしまう。

 無理やり連れてこられた彼らをここに無理やり留まらせることは、俺にはできない。彼らにも家族がいて、皆帰りを待っているはずだ。


 すでに公国船にも見つかった……島の存在自体を隠し続けるのは、そろそろ限界だろう。


 俺たちだって、別に外部との繋がりを拒んでいるわけじゃない。友好的に接することができるなら、歓迎したい。もちろん、俺たちが持つ富を知れば、招かれざる客が来るかもしれない。隠すものは隠して、迎える相手も見極める必要がある。


 ともかく、この島の存在を明かされる日は遅かれ早かれ来るのだ。

 

 ならば俺たちは、王国とは別の国として、外交関係を築いていこう。

 ……種族など関係ない自由な国、大陸のごたごたとは無縁な国をつくるんだ。


「この国の名前は、シェオール……そしてそのシェオールの代表は俺、ヒールだ」


 俺はこの日、シェオールを独立した国と宣言するのであった。

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