七十九話 狙われました!!
船の傷病人が次々とシェオールに運ばれる中、一等龍騎士アーダーの姿は船長室にあった。
「見たか? あの島を?」
アーダーは笑みを浮かべながら、卓を囲んで座る者たちへ続ける。
「まさか、こんな大陸から離れた場所で島を見つけるとは……それも、食料も水も豊富にありそうでした。なにより奴らの身に着けているものは、黄金や宝石ばかり」
先程上陸してから、アーダーの頭はシェオールの魔物が身に着ける宝石のことで一杯だった。
アーダーは鼻息を荒くして続ける。
「あれを本国に持ち帰り、王に献上すれば……新たな爵位も領地も思いのまま……」
アーダーたちには、バーレオン大陸の地図を作製するという王命が下されていた。
しかし王命を受けた者で、馬鹿正直に地図を作製する彼ではなかった。
過程で沿岸の町や貿易船を襲い、そこから収入を得る……アーダーはこの航海に一獲千金を夢見ていた。
それゆえに彼らは一週間前、サンファレス王国の港町を襲おうとしたのだ。
だが、相手が悪かった。
襲おうとしたのは、軍事大国のサンファレス王国。
頑強な駐留軍を前に上陸すら許されず、逃げ帰ろうとした際にどこからともなく現れた王国海軍に、もともと海戦に慣れていないアーダーの船団は大敗を喫してしまう。
当初彼らの船団は、王から与えられた八隻のキャラック船で構成されていたが、この戦いで五隻を喪失することになってしまった。
地図を作製して帰ったところで、王から責任を取らされるのは確実であり、アーダーは絶望していた。
しかも王国海軍の執拗な追撃で、物資の補給すらままならず、一時は死を覚悟するほどだったのだ。
「これは、運が向いてきたぞ……」
アーダーは船長室の窓から島に目を向けた。
……先程目に見えていた金銀宝石を持ち帰るだけでも、船五隻の価値を軽く超えてしまうだろう。
しかも珍しい巨大な木に、珍妙だが光る眼を持つ真っ裸の男の巨像がある……ぜひ占領し、その知見を本国へと持ち帰りたい。
さらに島の主を名乗る男は、人間の若い男。
持っているピッケルからするに、この島に派遣された鉱員の長なのだろう。とても戦い慣れしている軍人とは思えなかった。
部下には武装した魔物がいるようだが、数は知れている。
我らからすれば、やつらなど下等な生き物に過ぎない……
「皆よく聞け。我等は……かの島を占領する!」
アーダーは側近にそう告げるのであった。
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「エレヴァン、変わった様子は?」
「いえ、ないですね……奇妙すぎるほどに」
エレヴァンはボートで運ばれてきた傷病人たちを見て、そう呟いた。
傷病人は皆、埋立地に置かれたベッドの上で、横になっている。
タランたちケイブスパイダーの糸でつくった布団が敷かれており、久々の陸地で眠る感覚に、皆心なしか顔が明るかった。
彼らの治療をするのは、魔法を使えるようになったリエナ、バリス、フーレ。
中でもリエナは、他の魔物に食事や水を運ばせたりと治療の中心的な役割を担っていた。
「今、治しますからね。あ、その方にはお水を」
献身的なリエナの治療に、傷病人たちは感謝しているようだ。
傷病人には龍の羽のような耳の者の他に、俺と同じような人間や、ゴブリンなどの魔物もいる。
上陸の際、武器を持っていないかは念入りに確認したが、奇妙なほど誰も武器を持っていなかった。
だが、武器はなくても魔法で攻撃される可能性はある。
そう思い、彼らの魔力を確認したが、彼らの魔力は人間と同じぐらいで、たいした脅威にはなりそうもない。
傷病人の付近にはゴーレムなどで威嚇させているし、兵器はずっと船を睨むように配置させている。
それでも何が起こるか分からないので、俺は治療に参加せず、目を光らせているのだが……
エレヴァンが不安そうに訊ねてきた。
「大将……さっきのアーダーとかいうやつの顔を見ましたかい?」
「ああ。ずっと、俺たちを値踏みするように見ていた」
「じゃあ、やっぱ知っていて受け入れたんすね」
「……不安にさせてごめん」
「いえ、大将ならこうするのは当然でしょう。俺が最初刃を向けた時も、大将は受け入れてくれたんですから」
だが、とエレヴァンは続けた。
「俺は別に自分が人格者だなんて思いません。でも、少なくとも俺たちは恩人には牙は剥かねえ。だけど、あのアーダーってのは……」
そこまで言って、エレヴァンは俺にこんなことを訊ねてきた。
「いや、あいつが何をしてこようが問題じゃねえ。あんなやつら大将の手を借りなくたって、俺一人でもやれます。俺が心配なのはその後……やつをどうするかです」
エレヴァンはいつになく真剣な眼差しで俺に訊ねてきた。
俺の今までのやり方……殺さずに帰してしまえば、この島の存在を外部に漏らしてしまうことになる。
アーダーたちがこの島のことを、自分の国の者たちに言いふらすことは目に見えている。
この島には知る限りの金銀宝石がある、と龍王とやらの耳に入れば、新たな侵略者を呼ぶことにも繋がりかねない。
その度に俺が魔法で追い払えればいいが……
とんでもない敵が現れた時、手加減などする余裕もなく、流血が避けられなくなるかもしれない。
だからここでアーダーたちを殺す……そうすれば、大きな戦にはならないですむだろう。
この前現れた公国船と違い、彼らの故国は遠く離れているはず。
希望的観測にすぎないが、沈めても、新手をすぐに送り込んでくるとは思えない。
しかし、万が一またやってきたら……?
「そうだな……」
沈める、逃がす……それ以外に、良い選択肢はないだろうか?
それには、今までの甘いやり方を改める必要があるのかもしれない。
悩んでいると、バーレオン語が分かる眼鏡の少年、ベルファルトがやってきた。
後ろには監視だろうか、武装はしてないが龍の羽のような耳の兵士が二人付いている。
「ヒール様。このたびは、本当にありがとうございました」
ぺこりと頭を下げるベルファルト。
俺の隣のエレヴァンが怖いのか、ちょっと動きが堅い。
「いや、怪我をした人たちは見捨てられないよ。ところで、ベルファルト。君は、バーレオン語が分かるようだが」
「あ、はい! 僕はファリオン大陸のアモリス共和国というところの出身でして」
「アモリス共和国か……確か、商人が多い国だったな」
ファリオン大陸は、海を隔ててバーレオン大陸の東に位置する。
その西岸にあるのが、アモリス共和国だ。
複数の名門貴族によって政治が行われる共和制の国。
国土が小さいながらも商業の活発な国だ。
俺も王都でアモリスの貿易船を見たことがあるが、バーレオン大陸にも貿易でよくやってくる。
彼らの言葉はファリオン大陸で広く使われるファリオン語のはずだが、仕事でバーレオン語ができる者も当然いるのだろう。
「君は、彼らの通訳として働いているのか?」
「いえ……僕は独立したての商人で、小さな貿易船でバーレオン大陸と貿易に向かっていたのですが……彼らに襲われてしまって。バーレオン語が分かるということで、漕ぎ手以外に通訳も務めているんです」
「なるほど。彼らの国……ベーダー龍王国もファリオン大陸にあるのか?」
「はい。ベーダー龍王国は大陸中央の大国ですが、最近海に面した土地を獲得して、大陸の外の探検を進めているみたいですね」
「そうか……」
とすれば、ここでアーダーたちが消息を絶ったとしても、やはりすぐに海軍を送ってきたりはしないだろう。
俺がそう思っている時、ベルファルトの後ろの兵士が舌打ちをした。
ベルファルトはそれを聞いて、焦るように言う。
「ご、ごめんなさい。あまり長く話をするのは許されてなくて。とにかく、感謝を申し上げに来た次第です」
「ああ。ありがとう。物資はもう少しで準備し終えるから……うん?」
俺は新たにボートがやってくるのに気が付く。
武装はしていないようで、漕ぎ手以外は皆横たわる者たちだ。
どうやら、新たな傷病人のようだ。
しかし、ベルファルトは首を傾げる。
「うん? まだいたっけ? 軽傷なのに診てもらうのはさすがに……ちょっと話を聞いてきますね」
ベルファルトはそう言って、ボートのほうに向かうのであった。