七十七話 お店が欲しくなりました!!
巨大な図書館を発見したあと、俺たちは地上に戻っていた。
世界樹の麓で昼食をしながら、俺はバリスにその図書館のことを説明する。
「それじゃあ、図書館のほうはバリスに任せても大丈夫か?」
「お任せくだされ。むしろ、そんな貴重なものをワシに読ませていただけるとは……」
「まあ文字は読めないと思うけどね……絵ならなんとなく分かると思うよ」
バリスはバーレオン文字の読み書きができる。
しかし、この地下の図書館の本はどれも全く未知の文字で書かれていた。
「ご心配なく。こう見えても、ワシは別大陸の文字で書かれた本なども、自力で解読しておったのです」
「自力で!? そりゃ、すごいな」
バリスは自慢げに続けた。
「誰にも教わることができませんからな、むしろ解読するしかできなかったのですよ。絵の付いたものは解読もしやすいですし、時間の空いているときにでも読ませていただきましょう」
「ああ。昔の魔法なんかも分かるかもだし、頼んだぞ、バリス」
「はっ」
「あ、あと子供には入らせないようにな。吹き抜けから落ちたら大変だし、それに本によってはまだ……」
「それに?」
「ああ、いや。巨大な空間だからさ。迷子になったら困ると思って」
「はっ。見張りも立てますゆえ、安心してくだされ」
マッパが鼻血を流すのも無理がない本……あれはまだ子供には早い。
とりあえず、あの図書館はバリスに一任することにした。
今のバリスは空も飛べるので、吹き抜けから下と上の階も見に行ってくれるらしい。
もしかしたら下にゴーレムがいないとも限らない。安全と分かるまでは、領民たちへの開放を見送ることにした。
そもそも皆文字が読めないので、バリスみたいなやつじゃないと行きたがらないかもしれないが。
「俺ももっと中を見て回りたいんだがな……」
「ヒール殿は制御装置まで向かうのがお仕事ですからな。そういえばヒール殿、相談したき儀が」
「うん、どうした?」
「こちらをご覧くだされ」
バリスはそう言って、地図のようなものを俺に差し出してきた。
これは島を上から見た地図かな?
埋立地が四角く区切られているが……
「これは……?」
「都市計画、というやつです。世界樹の麓に温泉やら畑を移してきましたので、こっちはだいぶ空きがありましてな。なにか建ててほしいものがあればとお訊ねしたくて」
「そういえば学校をつくるんだったな。埠頭に倉庫に見張り塔……あらかた必要なものは揃っているから……」
生活に必要なものはすでに揃っている。王都にあるような施設、劇場やら建ててもいい気がするが。
「この島って、お店ないよな……」
「お店……言われてみれば」
うんうんと頷くバリスだが、すぐに俺に疑問を口にした。
「ただ、島の財産は皆で分け合っている現状、お店が必要かどうか。食事をつくる場所、服をつくる場所、鍛冶をする場所と、建物別にしてもいいかとは思いますが」
「確かにお金を払う、とかいう状態じゃないしな……」
「ワシらも人間の街は何度か目にしましたので店は分かりますが、貨幣につきましては分からないことも多くてですのう」
バリスたちゴブリンはもともと、森の奥で暮らしていた部族。
食糧等は族共有の財産だっただろうし、他の部族とのやりとりも物々交換が主だったのだろう。
お店というからには、貨幣が必要になる。
しかし、素人がなんの考えもなしに貨幣なんてものを導入したら、どうなるか分からない。
物々交換でもお店は経営できるかもしれないが……そもそも皆で食糧も道具を分け合っている現状、この島にはお店は必要ないな。
あらゆるものが配給制というか、食べ放題、使いたい放題だし。
しかし、バリスははっとした顔で俺に言う。
「ええ。ですが、この前訪れたアースドラゴンの商人……彼みたいな島の外の人間が来たとき、物々交換するにはいいかもしれませんのう」
「そっか。島の外のやつ向けの店か」
「はい。産物を一か所に集めた交易所などもいいかもしれませぬが、それはもっと商人が来なければあまり意味もありません。お店、という体でそれぞれの作業所をつくらせましょうぞ」
「ああ、頼む。商人か……友好的だったら、もっと来て欲しいんだよな」
だが、どの国の商人と交易するにしても、この島の存在を外部へ明かしてしまうことには違いない。
それがまわりまわって、サンファレス王国の商人に……最後は父である国王の知るところとなる可能性もある。
俺は実質、父からこの島に追放されたようなものだ。
俺がまだぴんぴんしていて、魔物と一緒に暮らしてるなんて知れば、何かしら手を打ってくるだろう。
しかし、一方でのこの島には不足してるものが多い。島の外じゃないと手に入らないものがある。
だからこそ、カミュの船をこの島から大陸にいるオークとの交易に向かわせたのだ。
オークは王国と敵対しているし、カミュはこの島のことを秘密にしてくれるので、安全に取引できる。
この前地底から来た、アースドラゴンの商人ロイドンみたいに、全く王国とは無関係の者と交易できればいいんだが……
だが、地底でばったり遠方の者と会うなんて、なかなか……というか、滅多にないだろう。
海のほうも、この島の付近には貿易船も海賊船も滅多に通らないので、待っていてもな……うん?
突如、世界樹の上から鐘の音が響いた。
見上げると、ゴブリンが旗を埋立地の埠頭の方へ振っている。
バリスは音を確かめると、俺に言った。
「この音は……船が来たことを報せる合図です。カミュ殿の船でもない。また、この前近海に現れたバーレオン公国の船でもなさそうです」
「とすると、全く新しい船が現れたってことか……」
バリスは旗を見ながら、俺に続けた。
「ええ。しかも……三隻、とのことです。船団のようですな」
「三隻か……」
貿易船団か、はたまたどっかの海軍や海賊か……
俺達はすぐさま見張り塔へと向かうのであった。