七十二話 空が真暗になりました!
訓練場を掘り当ててから三日。
俺はというと、今日も地下に眠るとされる制御装置を目指し、掘っている。
訓練場には鍛錬の相手となるような魔吸晶や魔防石を使ったゴーレムを作成し、いわゆる武闘派連中が訓練できるようにした。
エレヴァンやアシュトンなどは、久々に体を動かせると喜んでいた。
また、リエナやバリスも、暇を見つけては攻撃魔法の練習をしているようだ。
彼らがより強くなれば、シェオールの戦力が大幅に増加するはずだ。
その一方で、俺たちは採掘。
俺はむしろ望むところなのだが……
俺はピッケルを振りながら、呟く。
「フーレ、タラン。付き合わせて悪いな」
「ううん、大丈夫。魔法はあとで訓練するし」
フーレはそう答えてくれた。タランもそれにうんうんと頷いてくれる。
「それに制御装置ってとこまで着けば、安全に採掘できるようになる。今は何も考えず、とにかく掘る事だよ、ヒール様」
「ああ、そうだな……」
俺はそう答え、強くピッケルを振った。
それから数時間経っただろうか、ミスリルゴーレムの十五号がお昼を報せる。
「よし、一旦戻ろうか」
俺たちは鉄道に乗り、地上に戻る。
採掘組も昼になれば一度地上に戻り休憩する、これはこの島の決まりだ。
だがもう少しで地上というところで、大きな爆音が響いた。
「な、なんだ!?」
何かが爆発するような音……なにかの実験でもしているのか。
加えて、武器を持たない魔物たちが皆洞窟の中に入ってくる。
その内の、ゴブリンの一体が言った。
「あ、ヒール様! 空が、空が真っ黒に!」
「真っ黒? また、キラーバードか?」
以前、キラーバードの大群が押し寄せた時も、空が暗くなった。
「いや、あんなもんじゃありません! 本当に向こう空が真暗で、こっちのほうまで真っ黒に!」
詳細は分からないが、非常事態のようだ。
ゴーレムたちに持たせた鐘の音が鳴り響いている。
外に出ると、確かにあたりは真っ暗だった。
「な、なんだこれ……」
俺は鉄道を下りて、目の前の光景に思わず立ち尽くした。
太陽は真っ黒い空に遮られ見えなくなっている。
しかもその闇空は、この島を包み込もうとこちらにやってきてるのだ。
こんな自然現象は見たことがない。
だが、俺を見つけたのか、こちらにやってるコボルトのハイネスは、あれが何であるかを分かっていたようだ。
「ヒール様! 大変だ!」
「おお、ハイネス。あれはなんだ……っあ?」
つくったばかりのゴーレムが口から、黒い空に向かって火炎を放出していた。
黒い空にあたったそれは大きな爆炎に変わり、大きな煙を上げた。
先程聞こえた爆音は、このマッパゴーレムの爆炎か。
その様子を見て、共に地上に帰ってきたマッパは上機嫌だ。やっちまえと言わんばかりに、腕を上げている。
マッパゴーレムは、最初作った時少し頼りなく見えたが、いざ火炎を吐き出してみると割と映える。
しかしそのマッパゴーレムの火炎でも、空は全く青くならない。すぐに穴が埋められ、黒い空はこちらに向かってくる。
一応は倒せる……何の集まりだ?
ハイネスがマッパゴーレムから俺に視線を戻して続ける。
「あれは、バッタです! デビルホッパーっていう!」
「デビルホッパー!?」
王国でも深い森に行くと、現れるデビルホッパー。
その体は人間の頭ほどの大きさもあり、肉食性である。
田畑に現れては、作物と家畜、人間問わず食い散らかしていく、一種の熊のような生き物としてしられていた。
だが、熊と違うのは、生き物や植物を溶かす粘液を吐き出すこと。
彼らは硬いものは好まない。それゆえに、粘液で対象を柔らかくして、食べようとしていることが知られている。
だが、おかしい。
「本当に、あれがデビルホッパーだっていうのか?」
「俺の鼻が、何かを間違えたことはねえ……こう見えても、俺は【狩人】の紋章持ちです。あんなにたくさんから匂ってるんです」
「そうだな……」
俺はハイネスに頷くも、やはり納得がいかない。
本来彼らはキラーバードと違い、集団では襲ってこない。
しかも、こんな海で、こんなに大量に……
おかしな点はいくつもあるが、とにかく細かいことは後だ。
「フーレ、十五号! ここで入り口を守ってくれ! 奴らが来ても、一匹も入れるな!」
「了解!」
フーレはシールドを展開し、十五号はミスリルの盾を構え、入り口に陣取った。
魔物たちの避難はすでに大方終了している。
昼時ということもあり、あまり沖などにはでてなかったようだ。
代わりに塔の近くに、ゴーレムや武器を持った魔物たちが集結している。マッパのつくらせた巨大なクロスボウ……バリスタなども用意しているらしい。
「エレヴァンの兄貴はあの塔です!」
ハイネスは沖に一番近い塔を指を差す。
「タラン、俺とハイネスを塔まで!」
タランは俺とハイネスを乗せ沖側の見張り塔まで走り、塔の頂上に蜘蛛糸を繰り出し、一気に上がった。
そこにはエレヴァン、バリス、リエナ、アシュトンがいた。
「皆、状況はどうだ?」
「ヒール様! 船に乗っていた者たちはケイブスパイダーの力を借りて、避難させています。逃げ遅れた者は……あの、マッパさんのゴーレムと、水中のゴーレムだけです」
リエナが俺に報告すると、バリスが補足するように口を開く。
「あれが本当のデビルホッパーだとすれば、ゴーレムたちは大丈夫でしょう。石や金属を溶かせるような粘液ではありませんので」
「そうだな……なら、俺たちもこのまま避難と行きたいが……」
空にふと目を移すと、そこにはキラーバードの一団がデビルホッパーから逃げるように飛んでいた。
しかし、彼らは一瞬のうちにデビルホッパーの大群に呑み込まれてしまう。
「ええ、そうもいきませんな……」
「ああ。あいつらに上陸を許せば……」
このままでは世界樹も畑も食い尽くされ、文字通り草木も生えない島になってしまう。
「畑も世界樹も大事な島の宝だ。俺たちの手で、止めるぞ」
皆、俺の声に無言で首を縦に振ると、マッパゴーレムが轟音を立てながら火炎を放つのであった。