七十一話 訓練しました!
「ヒール様、あの像。あれでよかったの?」
鉄道で地下へ降りる最中、隣のフーレがそう呟いた。
「いや、よかったかどうか分からないが……」
昨日、俺がシェオールの沖に造った、巨大なゴーレム。
もとはエレヴァンの体を模して作るつもりだったが、造る直前になって俺の前に現れたマッパのせいで、顔もマッパのものになってしまった。
そう、白目を剥き、両手でピースをするマッパゴーレム……
エレヴァンは目の前の寸胴のようなゴーレムに、天を仰ぎ慟哭し、その場で崩れた。
もう取り返しがつかない、エレヴァンはそう思ったようだ。
俺はすぐに、改造して直せるとエレヴァンに伝えた。
だがその時、埋立地のほうが騒がしくなるのに、俺は振り返る。
そこには沢山の観衆が。
ゴブリン、コボルト、オークの子供たちだった。
何を喋っていたかその時は分からなかったが、突如現れたマッパゴーレムに皆騒いでいたようであった。
この声に、マッパゴーレムはピースをやめ、いろいろな変なポーズを取り始める。
筋肉を自慢したり……ちょっと胸を強調したり、投げキッスをしたり……
その動きが好評だったのか、子供たちはマッパの像が気に入ったようだった。
エレヴァンはそれを見て、一言「負けた」と呟くのであった。
とまあ、こんなことがあって像はマッパのままだ。
流石にポーズは斧を高く掲げるようにさせたが……目は白目を剥いたような感じで、口はだらしなく開いたままだ。
「まあ、私からすればお父さんが像なんて恥ずかしかったし、良かったけど」
フーレもまた、マッパのままで良かったと思う者の一人だったらしい。
娘にまで……なんだかエレヴァンが少し可哀そうだな。なにかしら、この埋め合わせは考えよう。
そうこうしている内に、トロッコは一番地下へと着いた。
地上から十分の巨大な四角形の空間。
この前、大量の浮遊するゴーレムを倒した場所だ。
ゴーレムの破片で散らかっていたこの空間も、今はすっかり綺麗になっている。
何名か魔物がすでにいて、掃き掃除やら鉄道の部品を作成している者がいるようだ。
「さて、今日はこの奥から掘っていくか。しかし、こんだけの空間、なんかもったいないな」
ここから最奥にいくまで、歩きで三分はかかるだろうか。
王国の宮殿で最も大きな空間、王の間程の広さはある。
「何かに使えないかな……そもそも、ここは何のための空間だったんだろうか?」
俺はいつも後ろについてくるシエルに、顔を向ける。
するとシエルはちょっと困ったように沈黙した後、体に盾のマークを浮かべた。
フーレは首を傾げる。
「危ないってことかな?」
「何か危険なことがあるのかもな。シールドで大丈夫か?」
シエルは体を大きく縦に振る。
「大丈夫みたいだな……よし、じゃあシールドを張ろう」
俺は自分達の周囲と魔物たちにシールドを張った。
シエルはそれを確認して、空間の中央へ向かっていくので、俺も追う。
中央に着くと、シエルはぴょんと体で床を叩いた。
すると、床から四角い浮遊する石が現れる。
シエルがそれに触れると……
「……うん? なんか体が重い?」
「本当だ。重りでもつけられたような、そんな感じ……」
フーレも同様に体の重みを感じているようだ。
シエルはその石を持ったまま、次に入り口へ向かう。
そしてフーレに一歩この空間の外に出るような仕草を見せる。
「外に出ればいいんだね? よいしょっと……おお!」
フーレはその場でぴょんぴょんと跳ねた。
「軽い! こんなに体って軽かったっけ!」
「なるほど……今、この空間だと、より体が重く感じてるわけだな」
シエルは体を縦に振ると、石をもう一度掲げ、空間を元の状態に戻した。
そして一瞬、空間に吹雪、炎、豪雨、突風を起こしていく。
もちろんシールドで全て防げるが、シエルはどこか手加減しているようであった。
「なるほど……様々な状況をこの空間ではつくれるってことだな。でも、どうしてこんな空間を?」
俺の声に、シエルは体から小さな手のようなものを出し、シュシュっと拳を突き出すしぐさを見せる。
「訓練ってことか?」
シエルはすかさずうんと体を振った。
「そっか。じゃあ、あのゴーレムは訓練用に作られていたのか……」
堅いし魔力も吸収できる。
多少のことでは壊れそうもない。
訓練用の標的に最適だ。
様々な天候やさっきの重くなる現象は、過酷な環境を再現しているのかもしれない。
フーレが俺に言った。
「魔法も武術も色々、訓練できそうだね」
「ああ。エレヴァンも喜ぶかもしれないな……」
あいつのことだ。さっきの重い環境での訓練はむしろ望むところと言うだろう。
「うん! お父さんのことだし、すっごく喜ぶと思うよ! いつもタランぐらいしか、剣の相手にならないって言ってたもん。私、お父さん呼んでくるね!」
「頼む。昨日のこともあるしな……」
フーレは再び鉄道に乗り、地上へ向かうのであった。
たしかにこれは訓練に有用だが……このままでは少し問題があるな。
俺とすれば、奥のほうからまた掘り下げたいのだ。
「シエル、空間の一区画だけをさっきの状態にできるか」
シエルはすぐに空間の奥側のほうに雨を降らした。
その雨は次第に右に左に移動していく。
よく見ると、床に小さな穴が開き、そこに水が流れていく。
「できるみたいだな。それじゃあ、ここは皆の訓練場にするか」
戦いだけじゃなく、体をあまり動かさない者のための運動をする場でもいいだろう。
「そうだ、シエル。他に、何かあったりする?」
シエルは少し考えるような仕草をして、ゆっくり体で頷く。
だが、本当にいいのだろうかと言わんばかりに、もう一度俺を見た。
「大丈夫だ。手加減してくれるんだろ?」
シエルはその声に、操作をするための石を握った。
「ヒール様!」
と同時に、後ろからリエナの声が響いた。
「おお、リエナ。どうした? って!」
振り返ると、裸のまま俺に向かってくるリエナが。
リエナは甘えるように俺に飛びつく。
「り、リエナ! 何で裸なんだ!」
「ヒール様、愛しています!」
まるで子供のように、リエナは執拗に俺にキスをしてくる。
「い、いや、俺もだけど……だからってこんなところで! って……」
この有り得ない展開……そうか幻覚か。
だが、幻覚にしてはあまりに精巧で、現実っぽいというか……色々変なことに使われんじゃないか心配だ。
まあ、俺はこのぐらいでは……
そう思った時だった。
「あっ」
ふと入り口の方に目を移すと、リエナが唖然とした顔で俺を見ていた。
こっちのリエナはちゃんと服も着ているし、手に果物の入った木の籠を持っている。
「ひ、ヒール様、何を……」
「ち、違うんだ、リエナ! これは違う! 断じて違う!」
「私の姿を取らせて、こんなことを……ヒール様ってそんな方だったんですね」
リエナは今まで俺に見せたことのないような、虫を見るような目を俺に向けた。
「違うって! シエル、助けてくれ!」
シエルは石をぎゅっと握る。
すると、俺に抱き着いていたリエナも、俺を蔑むように見ていたリエナもどっちもいなくなっていた。
「ど、どっちも幻覚だった?」
体を縦に振るシエル。
「そ、そっか……」
さっきリエナとは一緒に朝食を食べたばかりだ。
こんな時間にやってくること自体おかしい。
しかし、二人目のリエナを俺は本物と勘違いしてしまった。
相当焦った……幻覚で良かったな。
だけど、あのリエナの蔑むような顔……正直……って、いかんいかん!
とにかく、ここは色々な訓練に使えそうだな。
幻覚に打ち勝つ、というのも鍛えられそうだ。
魔吸晶なり置いて、思いっきりリエナやバリスたちに魔法の訓練をさせてもいいだろう。
外じゃ使えないような高威力の魔法とかも鍛えられそうだ。
こうしてこの空間は、シェオールの訓練場と決まるのであった。