七話 掘ってたら、何かいました!!
「はあー、一働きした後の水はやっぱ最高だな!!」
俺は水をごくっと飲み干して、そう言った。
ゴブリンたちを仲間にして三日目の夜。
洞窟の入り口で、俺たちはこれから晩御飯にしようとしていた。
大きなゴブリンであるエレヴァンが、同調するように頷く。
「ええ! 水が酒のように美味しく感じますぜ! まさか、採掘がこんなに楽しいことだとは、思いもしませんでした!!」
「うんうん、そうだろ、そうだろ」
エレヴァンも採掘にハマったことに、俺も思わず嬉しくなる。
また、俺たちと一緒に輝石の山を囲む、ゴブリンの祈祷師バリスも上機嫌だ。
「まさか、ワシのような老人でもここまで掘れるとは思いませんでした。姫の寿命も順調に延びてますし、掘り甲斐があるというものですな」
「ああ、リエナの寿命を延ばすって目的があると、また違う達成感があるかもな……そういや、今日の亀石は」
俺はインベントリを開いてみる。
◇インベントリ
岩×14988
鉄鉱石×256
銅鉱石×180
金鉱石×18
銀鉱石×43
石炭×1190
石灰岩×1911
大理石×68
……
ルビー×21
サファイア×19
クリスタル×8987
亀石×328
禊石×3
輝石×0
輝石が0なのは、今俺たちが焚火の代わりにしてるからだ。
本来なら、輝石は×49ある。
そして亀石だが、一昨日と昨日の収穫分はその日にすぐリエナに使っていた。
今日の分を合わせれば、リエナの寿命は二年を超えるはずだ。
「皆さん、お待たせしました! 今日はリンゴのパイですよ!」
そう言いながら、リエナは岩場に設けた調理場から戻ってくる。
この三日で、俺はいくつか島の施設を作った。
一つはそこの調理場。
岩を積み上げた簡単な台所だ。
小さな窯もあって、そこで火を起こせるようになっている。
二か所目は、手洗い。
洞窟の一か所に横穴を設け、下に穴をあけた個室を作った。
定期的に、俺が火属性の魔法で全てを焼き払ってる……
ゴブリンの体は魔力を宿せるようにはできてない。
故に、魔法が使えず、俺が焼くしかないのだ。
そして最後に貯水池。
俺一人なら、水を飲むときも体を洗う時も、ただ水魔法を使えばよかった。
しかし、ゴブリンは魔法を使えない。
なので皆が使いやすいように、水を溜めとくことにしたのだ。
まあ施設とは言ったが、正直そんな大層なものじゃない。
ここには圧倒的に植物由来の資源が不足している。
元ある物資や流木からでないと、薪や木材も得られないのだ。
不足しているのはそれだけじゃない。
「お、姫のアップルパイですか! こりゃ楽しみだ!」
エレヴァンは、待ってましたと両手を上げた。
それに俺も同調するように呟く。
「おお、今日も美味しそうだな!」
「ヒール様のお口に合えばよろしいのですが……」
そう言って、リエナはアップルパイを乗せた皿を俺に差し出した。
リエナは料理が得意だ。
一昨日は魚と野菜のスープ、昨日はエビと貝のグラタンだったが、いずれも絶品。俺は料理なんて、何かを焼くか煮るしかできないから、これは本当に嬉しい。
「昨日も一昨日もあんなに美味しかったんだ。合わないわけがないよ」
早速、俺は焼きたてのアップルパイを頬張る。
うん、美味しい。
確実に、そしてはるかに、俺が食べてきた王宮のどんな料理よりも美味しい。
どうしたら、こんなにリンゴが甘くなるのだろう?
リエナはやはり、料理の天才だ。
だがこれは、俺が持ち込んできた食材から作られている。
バターや砂糖、小麦粉……父である王が手向けとして俺に渡したものだ。
もちろん、料理が分からない俺に食材は、宝の持ち腐れ。
リエナが来てくれたことで、食材自体も腐らせずに済んだが。
「リエナ、小麦粉ってもうあまりないよな?」
「そうですね……同じパイを作るとしたら後、二回分かと」
「そうか……」
せっかく美味しい食事がこれからも食べられると思ったのに、材料がないんじゃな……
そう、食糧も圧倒的に不足しているのだ。
厳密に言えば、食糧の種類というべきか。
魚はいくらでも取れるのだから。
でも、さすがに毎日魚だけは飽きる。
栄養面も心配だ。
しかしここは、岩肌が剥きだしの孤島。
木も小麦も取れないどころか、土がないので育てることもできない。
ない物は交易で手に入れるしか無いよなー。
でも、船もなかなか通らないし……
頭を悩ます俺に、リエナはこう元気づける。
「わ、私、魚だけでも、ヒール様にご満足いただけるように頑張りますから!」
「リエナ……ありがとう。でも、無理はしないでくれよ。採掘は俺たちに任せてくれたって良いんだから」
「いいえ、採掘も料理も、精一杯頑張ります!」
リエナは丸っぽくて黒っぽい緑の肌のゴブリンだ。
エレヴァンやバリスが明るい緑の肌をしていて、端正な顔立ちをしてるのと比べると、いまいちぱっとしない。でも、愛嬌があって頑張り屋なのが、なんだか可愛らしい。
「なら、俺ももっと頑張らないとな……よーし、腹ごなしに一掘り行ってくるか」
俺は立ち上がり、体を伸ばす。
すると、エレヴァンが言った。
「大将、俺もお供いたします!」
「私も行きます!」
「ワシも行きましょうぞ」
とまあ、リエナとバリスまで立ち上がろうとした。
「おいおい、俺は紋章のおかげでほとんど疲れてないが、お前たちはへとへとだろう。スライムもお疲れ気味だし、今日はもう休め。これは領主命令だ」
ゴブリンたちは、輝石の周りでだらんと伸びているスライムを見る。
運搬役がこの様子じゃ、採掘はできない。
エレヴァンは少し残念そうにしながらも、こう答える。
「かしこまりました……それでは、お言葉に甘えさせていただきますね」
「うん、よろしい。それじゃ、ちょっと一掘り行ってくる」
俺はピッケルを片手に、再び奥へと潜るのであった。
途中、スライムのシエルが乗れと誘うので、俺もそれに甘える。
そして深くまで潜ると、俺は一心不乱に採掘を……できなくなっていた。
ピッケルを振りつつも、採掘に集中できないのだ。
先も言ったように、複数で暮らしていくならもっと資源が欲しい。
さっきは食糧や木材を不安に思ったが、いずれ俺の服もぼろぼろになるはずだ。
うーん、まさか一周回って領主みたいな悩みが出てくるとは……
とりあえずやれることを増やすためにも、新たな石を狙ってみたり、クリスタルで魔力を増やそう。
あとは交代で、やはり船が通るか見張りをしてもいいかもしれない。
宝石と交換で、食糧や物資を得ることもできるだろう……
そんなことを考えながら、ピッケルを振った時だった。
いつものように岩が崩れた……
だが、その前には広い空洞があったのだ。
なんだここ?
俺は空洞に入って、周囲を見渡す。
天井と壁が夕日のように光る石で埋め尽くされていた。
そして足元が柔らかいことに気が付く。
これは……土か?
足元は、なんと土になっていた。
神官が言うには、土は太陽の恵みでできており、地表にしかないはずだが……え?
黒い物体が目の前に現れたので、俺は思わず顔を上げた。
するとそこには……俺の何倍もの大きさの黒い蜘蛛が。
蜘蛛はいくつもある赤い目で俺を凝視する。
これは死んだ、間違いなく死んだ。
元々俺、蜘蛛は苦手なんだ……
と、言ってるわけにもいかない。
俺はとっさに右手を蜘蛛に向け、魔法を放とうとする。
反撃してくるか?
しかし、そんな予想とは裏腹に、蜘蛛はあわてて空洞の奥へ逃げていった。
そこには、小さい……といっても俺と同じぐらいの大きさの蜘蛛がいた。
なるほど、子供を守ろうと戻ったのか。
だが、まさか俺みたいな小さい人間に怯えるなんて……
向こうから攻撃してくる気配もないな。
「え、えっと……何かごめん。ここ、君たちの住処だった?」
声を掛けるが、怯える蜘蛛の代わりに助言者が口を開く。
≪テイムが可能な魔物がいます。テイムしますか?≫
え、魔物だったの? というより、どうして可能になった?!
≪魔物は戦意を喪失。テイムが可能です≫
いやいや、まだ何もしてないけど……
だが、人見知り、というか人間馴れしてないだけかもしれない。
ううむ。どうしようか?
このまま、見なかったことにするか?
だが、どうせなら……
「えっと……俺の仲間にならないか?」
俺はピッケルを置いて、蜘蛛の前に歩み出た。
すると蜘蛛は恐る恐る、俺に前脚を差し出す。
ふさふさの黒い毛におおわれた前脚が俺に触れる。
うん。意外にもふもふしていた。
「えっと、良いってことかな? よし、じゃあ……タランなんてどうだろうか?」
≪命名完了。タランをテイムしました≫
よく分からないが、蜘蛛の魔物が仲間になってくれた。
そして助言者によれば、タランの子供たちもテイムできるらしい。
なので、他の蜘蛛13体も仲間にする。
13名分の名前を考えるのは、意外に時間が掛かるな……
そんなことを思っていると、
≪各熟練度が一定値を超えたため、紋章【洞窟王】をランク2にアップします≫
よく分からない単語が、頭に響くのであった。