六十五話 見つかりました!!
「大丈夫か……?」
俺が声をかけると、シエルは体からちょこんと手のようなものを伸ばし、それを振る。
シエルが伸びてすぐ、俺は回復魔法をかけてやった。
どうやら魔力を消費したことで、体に負担がかかっていたようだった。
そして今は……いつもと同様に、俺と温泉にいる。
「休んでいた方がいいんじゃないか……?」
シエルはなおもその体を振って、俺の背中をごしごしとする。
誰が俺の体を流すかで以前、バリスやリエナと話になったが、あの後スライムのシエルが無難であろうという話になった。
だから、シエルが体を洗っている……のだが。
このいつもと変わらない行為を恥ずかしく感じるのは、今日の出来事の為だろう。
綺麗な人だったな……
俺は墓地で見た、長い金色の髪をした女性、シエラを思い出す。
宮廷で美男美女はごまんと見てきたつもりだ。
しかし、立ち居振る舞い、喋り方……その全てから神々しさを感じた。
そんな人の魂が入ったスライムに、俺は体を洗わせている……
シエラが言うには、スライムのシエルにはちゃんと独立した魂が宿っているようだが。
「し、シエル?」
俺が言うと、シエルは不思議そうに体をくねらせた。
いつもの可愛らしい、無垢な感じだ。
「な、なんでもない。明日からも、よろしくな」
シエルはうんと体を縦に振り、また体を洗いはじめた。
向こうも気にしてないようだし、まあいいか……だけど、今日はなんかやたら体の動きが激しいような。しかも、腰回り……顔の近くが今日は念入りなように……
いや、俺が意識しすぎなだけか……
その日、俺は久々にシエルと一緒に寝るのであった。
久々に気持ちのいい夢を見ながら……
次、目を覚ました時、俺の耳には鈴の音がけたたましく響いていた。
これは海から何者かが来たときに報せるため、洞窟に設置された鐘の音だ。
俺は洞窟内に設けられた寝室をでて、すぐに陸地へ向かう。
陸地には、すでに武装した魔物たちとゴーレムの姿が見えた。
そしてその彼らの視線の先……そこに一隻の船が停泊している。
まさか、カミュがもう帰ってきた……?
いや、まだ一週間も経ってない。それに、カミュの船は旗を掲げていないはず。
だが、停泊している船は、立派な旗を船尾と船柱に掲げているのだ。
王国の旗か……? 駄目だ、ここからじゃわからない。もっと近寄らないと……
「ヒール殿、塔までお運びいたします! エレヴァン殿もあそこにおりましょう!」
「お、おお、頼む!」
後ろからきたバリスは俺を掴むと、空高く飛び立った。
高い場所が苦手な俺だが、今はそんなことは言ってられない。
バリスは塔の頂上に着くと、俺をそこで降ろしてくれた。
すると、そこにはエレヴァンが、すでに斧を持って待機していた。
「大将、起こしちまってすいやせん。でも、あの船、カミュのじゃないのは確かだったんで」
「ああ、カミュのより船も小さい……しかも、あの旗」
サンファレス王国のあるバーレオン大陸の国は、全て知っている。
バーレオン以外の大陸の国でも、主要な国の旗も一応は覚えているつもりだ。
「……あれは、確かバーレオン公国の旗」
赤地に金色の木……王国と長年大陸の覇権を争ってきた、元はバーレオン帝国と呼ばれていた国の旗だ。
公国はサンファレス王国の西、大陸西よりの国。
バリスが俺の声を聞いて、こう呟いた。
「ああ。とすると、あれはバーレオン帝国の生き残りの船だと」
バーレオン帝国はかつてバーレオン大陸を統一した国家だ。
「すでに王国の一部だと思っておりましたが、まだ存在したのですのう」
「ああ……まあ、王国の言いなりみたいなものだけどな」
帝国が大陸の覇権国家だったのは、もうずいぶんと昔の話だ。
今はサンファレス王国の台頭で、その国土と国力は大きく後退。帝国を名乗ることも許されず、公国と名を改めさせられた。
今では大陸の超大国だった面影はなく、海沿いの一都市とその周辺を治めるだけの国となっている。周囲の国境と海の大部分を王国に囲まれ、政治も経済も外交も、王国にお伺いをたてなければいけないのが現状だ。
いわば、属国というわけだが……どうして公国の船が?
王国と戦争する力もないので、大陸での勢力拡張は諦め、海の探検に力を入れてるのかもしれないが。
新たな貿易相手、新たな入植可能な土地……それを見つけるために。
そんな時、バリスが口を開いた。
「ワシも現在大陸にある国の旗は覚えているつもりでしたが、よくご存じでしたのう」
「え? まあ……王国人も知ってる人は少ないと思うよ」
だいたいの王国人は帝国は滅びたと認識している。
なのでだいたい王国人の十人に一人が、あの国を知ってるかどうか。
俺も婚約の話で、公国が帝国の残骸であるのを知ったぐらいだ。
「ほほう。流石ヒール殿、勤勉ですな。しかし、どうも攻めてくる気配はなさそうですのう」
「ああ。大した武装も見えない……まあ、公国に軍船は存在しないからな」
バーレオン公国が所有できる船は、王国によって制限されている。
エレヴァンが拍子抜けと言わんばかりの表情をした。
「ってことは、取るに足らないやつらってことですかい……ああ、せっかく久々の戦いだと思ったのに」
「将軍……まだ、戦わないと決めたわけではないのですぞ」
「……え? そりゃどういうことで?」
「あの船が危険であるのは変わらない……そうではありませぬか、ヒール殿?」
バリスは真剣な顔を俺に向けた。
「こちらが沈める選択肢もあると……」
「はい。王国の言いなりというのであれば、父君のお耳にも、この島の発展が漏れてしまうやもしれません。そうなれば……」
「この島に王国の手の者がやってくる……」
父がこの島の現状を知ってどうするか……俺の処遇はどうでもいいとして、この島の皆を処刑なり追放を命じる可能性は高い。
遅かれ早かれ、こうなることは恐れていた。
ここまで大きな島になり、空高くそびえる世界樹……目に付かないわけがない。
最初に発見したのが、王国船ではなく、公国船というのが意外であったが……
公国にこの島の情報がもたらされた時、公国政府はどういった対応を取るだろうか?
恐らく、公国内でも市民にどれだけの情報を開示するかは、公国政府が決めることだ。
せっかく得た情報が、国外に漏れるのを恐れるため……
公国はできる限り、王国には情報を漏らしたくないだろう。
だけど、それは希望的観測に過ぎない。
しかも、仮に政府がこの島について黙っていても、王国貴族と親交のある公国貴族が口を滑らすのは目に見えている。
それならばあの船を沈没させて、そもそもこの島の情報を持ち帰らせない……
さすれば戦は避けられる、というのがバリスの言わんとしていることだ。
だが、ここで船を沈めたって、また同じように船が来るはず。
それをまた沈没させる……
そんなことを繰り返せば、多数の船が消息を絶ったこの島の付近にはなにかあると、さらなる興味をひくことにも繋がりかねない。
そもそも絶対条件として、俺は誰とも争うつもりもないし、殺したくもないんだ。
「……甘いかもしれないが。俺は沈めるつもりはない」
「……よろしいのですか?」
「父の使いが来れば、税金なりなんなり支払う。もしそれで決着がつかないなら……その時は、抵抗するまでだ」
俺が言うと、表情を強張らせていたバリスがほっと息を吐いた。
「……やはり、ヒール殿はヒール殿ですな」
「え?」
「いや、それでこそヒール殿です。ワシらが知るヒール殿は、絶対に不要な戦は起こさない」
「え? いや、まあ、それは……そうだけど」
別にすごいことでも、褒められるようなことでもない。
逆にこういう性格が、王国で俺が弱いと蔑まれる原因にもなった。
「ワシらはそんなヒール殿に従うまでです……と、帆を上げましたな」
バリスが喋る途中で、公国船は真っ白い帆をいっぱいに広げ始めた。
そして碇を上げて、北へと進路を取る。
「帰るか……」
あの船からもたらされた情報を、公国はどう処理するのか?
そして王国の父の耳に入った場合……
その時、父をどう説得するか……
俺の頭に、あの厳しい男の顔がよぎるのであった。