六十話 物々交換しました!
「うお! こんなおっきなカニ初めて見たぞ! こっちは、キラーバードか!」
むしゃむしゃという音が、世界樹の下で響く。
ひときわ大きなトカゲ……アースドラゴンのロイドンは、俺達と昼食をとっていた。
巨大なキラーバードの丸焼きを一口で、茹でたシザークラブを甲羅ごと、まるで木の実をむさぼるように口に運んでいく。
その様子に、俺は隣のバリスと目を丸くして、顔を合わせる。
「ふむ……このような方はワシも初めて見ましたのう」
「俺もだ。王国の生物図鑑にも、アースドラゴンはいなかった」
先程、少しロイドンと話したところ、彼はエルト大陸のアースドラゴンと名乗った。
サンファレス王国は、バーレオン大陸で最強の国だ。
故に、大陸中の人間の都市とは、なんらかのかたちで交流がある。
戦争中でもなければ、違う国の都市でも、まず王国の商人がいるのだ。
だから大陸中の人間が知る情報は、王国でも知ることができる。
俺ももちろん、そこら辺はしっかり勉強していた。
アースドラゴンは全く未知の生き物と言っていい。
一部の者が知っていたとしても、王国ではほぼ無名の種のはずだ。
バリスが頷く。
「ですが、アースドラゴンということは、ドラゴンの一種なのでしょうな」
「ああ。リヴァイアサン同様、神話にでてくるような生き物だな……」
だが、彼らは通常、急峻な山の頂上や、まったく未知の海の向こうの大陸に住んでいると聞く。
エルト大陸という地名も初耳。
恐らくは、その未知の大陸がエルト大陸なのだろう。
いずれにせよ、ロイドンは人の住む世界とは、別の世界の者であることは疑いない。
リエナが他の魔物数体と一緒に、巨大な板にキラーバードの丸焼きを乗せ、やってくる。
「まだまだありますので、どんどん召し上がってくださいね!」
「お、わるいねえ! 最近、保存食しか食ってなかったから、こんなに新鮮でおいしいもの食べるの、久々でなあ……というか、この紫色の液体……おいしいな」
ロイドンは食事と一緒に、樽に入ったワインをぐびぐびと飲む。
「何か頭がほわほわしてきたな……ひっく」
このロイドンを見る限りは、とても神話の生き物とは思えないが……
食事はともかく、あまり飲ませすぎて暴れたりでもしたら大変だ。
ワインというか、酒を知らなかったみたいだし。
酒をもってこさせるのやめて、話に入るとするか。
「ロイドン。そろそろ、品物を見ていいか?」
「お、そうだったな。ちょっと、待ってくれ」
ロイドンはよいしょと立ち上がり、若干ふらつきながら後ろの袋から品物を取り出していった。
「おお、これはなかなか見たことがない品々ですな」
バリスが感心したように言った。
巨大な壺などの生活に使う道具、剣等の武具、中にはガラスの芸術品のようなものまである。
どれも、人が使うものの三倍の大きさはありそうだ。ロイドンにはちょうどいい大きさなのだろう。
装飾もさることながら、全体的にガラスや水晶のように透けているのも美しい。
赤いガラスや、緑色のガラスが多いか。
リルやメルは、そんな壺に潜ったりして遊んでいる。
そしてすたすたと現れたマッパも、巨大なガラスのような金槌を見て、ご満悦の表情だ。
「すごいな……どれも、見たことがないものばかりだ」
「だろ? どれも、ファイアードラゴンやグリーンドラゴンの鱗が原料だからな。硬さも耐熱性も折り紙付きだ!」
「ドラゴンの鱗?! なるほど……」
リヴァイアサンの鱗も透明であった。
マッパはそれらを加工して眼鏡を作っていたが、アースドラゴンにもそういった技術があるのだろう。
「あと、こんなのもあるぜ」
ロイドンは腰に提げていた麻袋に手をだす。
そしてその中から、巨大な丸い物体をいくらか出し始めた。
「ドラゴンの卵だ! どれも生でいける美味しさだぞ!」
「ドラゴンの卵……そりゃまた大したものをもってきたな」
「ああ。一番大きいのはファイアードラゴン。その他は少し小ぶりのワイバーンの卵だ。生でも焼いても茹でてもいける」
「そ、そう……孵ったりするのか?」
「うん? まあ、ちゃんと冷やしとかないと、たまに生まれてくるな。少し熱くするだけで、だいたい生まれちまうから」
生命力が強いというわけか。
バリスがロイドンに訊ねる。
「ワイバーンはワシも知っております。確か、馬ほどの大きさの胴体を持つ魔物でしたな」
「ああ、そうだ。俺達の大型竜の主食でもあるんだが、まあ、美味しいぜ」
アースドラゴンにとって、あくまでも他のドラゴンは食べ物なのか……
バリスは苦笑いしつつも、俺に言った。
「ワイバーンは小さい時から育てれば、育て主に懐くという話がありました。ここはいくらか購入するのも良いかと」
「なるほど。育てれば、空まで乗せてもらうこともできるな」
現状空を飛べるのは、バリスとメル、そして海に出たカミュだけ。
他のゴブリンやオーク、コボルトは飛べない。
空からの見張りと、世界樹の上層との行き来を考えると、是非仲間に迎えたい。
ロイドンが不思議そうに言った。
「食べねえのか? まあ、好きにすりゃ良いと思うが。皆、どれもまだ二か月ぐらいの卵だし、ちゃんと温めておけば、一か月しない内に孵ると思うぜ」
袋を漁るロイドンは、更に卵を十個ほど出した。
「全部で三十個はあるぜ。どうだ? 買うか?」
「是非欲しいが、代価はどうすればいい?」
「そうだな。このワインだっけ? あと、なんか植物みたいなのはあるか?」
「世界樹の枝と葉っぱ、他に果物とかもあるぞ?」
「ほう、それじゃあその世界樹とやらの枝をくれ。こっちは基本、木材不足なんでな」
「へえ。木がないのか」
「ああ、地上はだいたいドラゴン同士のブレスや火山の噴火でいつも燃えてるからな。数少ない森はグリーンドラゴンが抑えているし」
「へ、へえ……」
先程の卵といい、ロイドンのいる大陸では常時、戦いが起きてるのだろう。
「そうだな、俺が背負えるだけと、あといくらか果物をくれ。そしたら、ファイアードラゴンの卵もつけてやろう」
「本当か? ……だが」
バリスは俺の問いに頷く。
「ファイアードラゴンが魔物かどうかは不明ですのう。それに、我等に手なずけられるか」
ロイドンは俺に答える。
「その魔物がどうこうはよくわからんが、ドラゴンは基本、最初見たやつを親と認識する。親のいうことは逆らわないし、それは大丈夫だと思うぞ」
「そうなのか。それじゃあ、ファイアードラゴンのほうももらうか」
「決まりだな! いやあ、これでもう帰っても大丈夫だ!」
がははと笑いながら、ロイドンは再びワインを飲む。
「うん? その大地の反対側にある同族の里にはいかなくていいのか?」
「ああ。そこには木材を仕入れにいくつもりだったんだ。あそこは、他にドラゴンがいないからな。だから、逆に他のドラゴンの鱗製品や、卵が売れるんだよ」
「ほう。しかし、一か月とは大変だな」
「ああ。でも、おかげで十日間ぐらいは旅程を短縮できそうだ。助かったぜ!」
そう言ってロイドンはワインを飲み干すと、さっさと俺達との交換を済ませ、元来た道を戻っていく。
「また来るから、その時はもっと卵を持ってくるぜ!」
そう言い残し、ロイドンはまた来ることを約束してくれた。
シェオールは図らずも、一つ交易路を手にすることになるのであった。