六話 領民(掘り仲間)が増えました!
「すっんませんしたっ!!」
将軍と呼ばれたゴブリンは、勢いよく地面に頭を下げた。
「我らを助けてくださったにもかかわらず、武器を向けるとは! ああ、なんで俺はいつもこうバカなんだ!」
将軍は何度も頭を地面に打ち付ける。
「ま、まあまあ。俺も笑ってすまなかったよ……」
「何を謝られる! 俺らの姫の呪いを解いてくださったのです!! 俺たちが謝り、感謝することはあれど、あなた様……あっ」
将軍は俺の名前が分からないので、言葉に詰まる。
「……ヒールだ。なあ、まずは自己紹介がてら食事といかないか? 俺も腹が減っていてさ」
「こ、これは失礼しました! 俺はベルダン族の将軍エレです!」
それに続くように、姫と呼ばれたゴブリンも名乗る。
「私はベルダン族の王ローダンの王女”リ”です……」
「ワシはベルダン族の祈祷師、バリと申します」
なるほど、短い名前だな……
彼らの部族では、名前よりも役職が重要なのだろう。
王女は部族長の子、将軍は戦士を束ねる者、祈祷師は祭祀を司る者。
役割さえ分かればいい社会。
「さっきも言ったが、俺はヒール。サンファレス王国の王子……だった人間だ」
今もまだ一応王子のはずだが、自信はない。
とっくに死亡者扱いされてるかもしれないし。
俺に応えるように、将軍エレは口を開く。
「王子? なるほど、それであのような魔法の数々を」
「そんなすごい魔法じゃないよ。それに呪いを解いたのは、魔法なんかじゃないんだ。あれは採掘した石の効果なんだよ」
「石?」
「まあ、見えなきゃそう思うよな……良かったら、後で見せるよ。そんなことより、お前たちはどうして、この岩場に?」
エレは悲痛な顔で答えてくれた。
「それは……我が部族はオークどもに故郷を焼き払われたのです。王やその子は、ここにいる”リ”様を除いて、皆亡くなられた。それから我らはここ一年、住処を求めてバーレオン大陸を放浪しておりました。しかし、我等を受け入れる部族はなく、人間には追われ……残った八百名の仲間と何隻かの船を造り、新たな大陸を目指すことにしたんです」
だが、船は沈んで……というところか。
ゴブリンの祈祷師バリが続ける。
「今では、ワシら以外の者たちの安否すら分かりませぬ。いや、もともとあんなぼろ船、すぐ沈むはずだったのじゃ。だから、ワシは止めたのに……」
恐らくは計画を推し進めたのは、将軍のエレなのだろう。
エレはそれに何も言い返さなかった。
そこに、姫である”リ”が口を開く。
「バリ、もうエレを責めないでください……どちらにしろ、私たちの運命は陸にいても同じだったでしょう」
「そうですな……姫、失礼しました」
今度は俺に向けて、”リ”が言う。
「ヒール様。私たちを助けてくださり、本当にありがとうございます……なんと感謝申し上げれば良いのか」
「いや、いいんだ。それとだが、お前は……」
”リ”の本当の寿命が今日だったとして、亀石が伸ばした命数は79日。
呪いは消えたらしいので、これが縮むことはないだろうが……
”リ”はうんと頷く。
「分かってます。どちらにしろ、私の寿命は長くないのでしょう……それでも、私はこんなに嬉しいことは初めてです。生まれてずっと痛かった胸が、今は全く痛くないのですから」
心臓の音を確認するように、”リ”は胸の前に手をやった。
その顔は確かに穏やかだ。
エレやバリは複雑な心境なのか、僅かにほほ笑むだけだ。
死は免れない、そう思ってるのだろう。
「……そうだな。今のままじゃ、確かにお前は長くないだろう。でも、諦めるのは早いぞ」
「え?」
「さっき俺が使った亀石……それが、この地下には大量に眠っている。これがあれば、いくらでも寿命は延ばせるはずだ」
俺の言葉に、エレが身を乗り出す。
「そ、それは本当ですか、ヒール殿?! そんなものがこの世にあると?!」
「ああ、ちょうど俺の力で加速度的に採掘量が増えていたところだ。三日でこれだ。俺が一週間掘れば、一年以上の寿命は稼げるんじゃないかな?」
エレはバリと顔を見合わせる。
「ひ、ヒール殿……虫が良い話とは思いますが、その亀石、俺たちにもどうか掘らせていただけないでしょうか?」
「え? いいよ」
俺があっさり即答したのを、エレとバリは信じられなかったようだ。
だが、次第に理解したようで、二人とも俺に頭を下げる。
「ありがとうございます! ありがとうございます!!」
その一方で、”リ”は目を丸くして訊ねる。
「ど、どうして……そんな貴重な物を私たちに分けていいのですか?」
「気にするなって、どうせ使う機会なんてそうそうなかったし。掘るのが目的で、使うのは目的じゃないんだ。それに、俺も一人じゃ寂しかったところだ。あ……」
俺は”リ”が涙を流していることに気が付く。
そりゃ誰だって死にたくない。
生きる希望が見えれば、嬉しいはずだ。
”リ”は頭を下げて一言、「ありがとうございます」と言った。
本当に大したことじゃないんだけどな。
一応俺の領地ではあるけども。
「どういたしまして……だけど、どうするかな?」
俺がここまでサクサク掘れるのは、ひとえに【洞窟王】の効果によるものだ。
ピッケルはいくらかあるが、渡したところでたいして掘れないだろう。
ましてや、変なところを掘って、落盤にでもなったら元も子もない。
助言者……何か、いいアドバイスはないかな?
≪現在の【洞窟王】の効果により、テイムした魔物に効果の一部の恩恵を与えることが可能です≫
具体的には、採掘スキル向上、経験値向上、採掘最適化機能による採掘補助があるらしい。ただし、向上値は【洞窟王】を持つ本人には及ばない。
また、インベントリ、自動回収、暗視機能などは共有不可能だそうだ。
なるほど……とりあえずはテイムの必要性があるってことか。
しかし、ゴブリンはスライムと違う。
まあ、聞くだけ聞いてみよう。
「だが、それには条件がある。俺にテイムされてくれ」
「そ、それはつまり、ヒール様の部下になれと?」
「命令するつもりはないし、嫌なことはもちろん断ってもらっていいが……というより、亀石を掘るのは俺だけでもいいんだぞ? 心配しなくても、好きなだけ分けるよ」
「いやいや! ここまでしていただいて、さらにわがままを言うのです! 俺とバリはもちろん、お仕えさせていただきます! だが、姫だけは……」
エレがそこまで言うと、”リ”も口を開く。
「ヒール様! 私も失礼でなければお仕えさせてください!」
エレは待ったと口を挟む。
「ひ、姫! しかし、あなたは王女なのですぞ……」
「皆が私のために動いてくれるのです。私も何かしなければいけません。それに、ヒール様にはご恩も有ります。このご恩になんとしても報いなければ。微力な私に何ができるかは分かりませんが……」
「姫……」
「ヒール様。どうか、どうか私をあなたの僕にしてください。新たな名前を、どうか私に」
まだ人の幼児ぐらいの背丈である”リ”は、俺を真剣な眼差しで見つめた。
新たな名前と言うからには、テイム自体がどういうものかは分かっているのだろう。
弱ったなあ……こういうのは苦手なんだが。
まあ、やめたくなったら、やめてもらえばいいだろう。
「……分かった。じゃあ、テイムさせてもらうよ」
≪テイムが可能な魔物がいます。テイムしますか?≫
相手の同意も得られたようだ。
俺は一体ずつ、命名する。
エレはエレヴァン、バリはバリス。
由来は、王国人の一般的な名前からだ。
「これよりこのエレヴァン、ヒール殿を大将と呼ばせていただきます」
「バリス……新たな名を賜り光栄でございます。老齢なれど、精一杯お仕えいたしましょう」
「ああ、よろしく」
そして”リ”は……
「リエナ、とかどうだろう?」
「リエナ……それが私の新しい名ですね。このリエナ、この身の全てを捧げて、ヒール様にお仕えいたします」
こうしてリエナたちは俺にテイムされた。
皆、改めて俺に跪く。
「……まあさ、難しく考えるより、さっさと食べてから実際に掘ってみようぜ」
「「はい!」」
本心は、俺が採掘に早く戻りたいだけ。
ピッケルを振ってないと……動悸がするのだ。
俺たちは簡単な食事を済ませる。
三人とも皆相当腹をすかしていたようで、よく食べた。
それから俺は皆にピッケルを渡して、地下へと進む。
だが、バリスが言う。
「ひ、ヒール殿、明かりもなしに危険では?」
「え? あ、そうか。暗視効果は俺だけだったな……」
明りがないんじゃ、掘るのは中々難しいだろう。
松明でも作るか……あ、そういえば。
「ちょっと待っててくれ」
俺は入り口に戻り、持ってきた物資から松明用の木の棒を三本取り出す。
そしてインベントリから、先程手に入れた輝石を三つ取り出した。
光が消えない石……
これを使えば火を使う必要もないし、火種の交換の必要もない。
輝石を紐で棒の先に括りつければ……消えない松明の完成だ。
普通の松明より、広く明るく照らせるようだ。
これも大量に掘りたいところだな。
「い、今、その石をどこから出されたのです?」
バリスが恐る恐る訊ねる。
「えっと……説明すると長くなるな。掘りながら話すよ。はい、これで周りも見やすくなるだろう」
俺は松明を皆に配り、まずは地下に降りることにする。
そしてインベントリの説明や、自動回収について教えた。
だが、いまいち何を言ってるか伝わらないようだ。
皆首を傾げる。
無理もない。
自動的に目の見えない場所に保管されるなんて、人間も信じない。
「まあ、見てくれた方が早いかな……ここらへんがいいだろう。ちょっと見てて」
俺は岩壁の前で立ち止まり、ピッケルを振り上げる。
「白い光が見えるか? そこを叩けば安全だから、そこに振るうんだが……えい」
早速、掘ってみる。
すると、小さな個室ほどの岩が一気に崩れた。
しかも、岩はすぐに光に包まれ、どこかへと消える。
皆、驚いたような顔でそれを見ている。
普通じゃ考えられないもんな……
リエナが訊ねる。
「い、いったい何が?!」
「まあ、最初からこうはいかないだろうけど……慣れれば、お前たちもこれぐらい一度で崩せるようになると思うぞ」
そう声を掛けるが、ゴブリンたちは皆、ただ口をぽかんとさせるだけだ。
「あ、でも自動回収機能はないんだよな……俺が近くにいれば回収できるだろうが」
すぐに回収する必要はないかもしれない。
だが、足元が危険だしな……うーん。
俺はそこらへんでたむろしているスライムに気が付く。
そしてその中には、シエルもいた。
「……シエル、ちょっといいか?」
その言葉に、シエルは俺の前に進み出た。
またもや身体言語で、俺はシエルにあることを頼む。
シエルは何も言わず、スライムたちのもとに戻った。
理解したかは、実際に行動してみないと分からない。
「よし、とにもかくにもやってみようぜ。習うより慣れろだ」
「はい!」
俺の声にピッケルを振るうゴブリンたち。
俺はというと、少し離れてそれを見守った。
すると、ゴブリンの足元に落ちた岩を、スライムたちが俺の近くに運んでくる。
そして俺は自動回収機能で、それらを回収した。
うん、どうやら上手くシエルに伝わったようだ。
スライムたちに、俺の近くまでゴブリンの採掘物を運ばせるよう頼んだのだ。
ゴブリンたちもピッケルを振るいながら、スライムの働きに感心する。
これで、足もとの心配もなくなったな……
「よーし! どんどん掘るぞ! 疲れたら、各自勝手に寝るなり休んでくれ!」
ゴブリンたちは俺の掛け声に、おうと応じる。
それからしばらく、俺たちは採掘に勤しむことになった。
この日から、洞窟内は一気に賑やかになるのであった。