五十九話 貿易商がやってきました?!
俺が展開したシールドに、べちゃっと水しぶきがぶつかる。
「な、なんだぁ?!」
確かになんだろうか?
……え? 今、誰が喋った?
突如聞こえた野太い大きな声に、俺は周囲を見渡す。
シエルもリルもメルも、喋ることができない。
かといって、後方には誰もいないし……
改めて視線を花のあったほうに戻すと、そこには元の大きさに戻った花と、光る大きな赤い目が。
その赤い目は、俺の目をじっと見ている。
「「……うわあああああああ!!」」
俺とその赤い目の者の叫びが、合唱のように響く。
ひとしきり大きな口で叫ぶと、俺と赤い目の者は口を閉じた。
互いが、生き物であることを認識できたのだ。
その赤い目の者は、茶色く、トカゲのような体をしていた。
だが、トカゲにしてはクジラのように大きく、鱗のようなものも見える。
そのトカゲはゆっくりと、花のような口を開いた。
「な、なんなんだお前さん?! 見たことのない生き物だな?!」
人間を知らない?
一方の俺も、こんな巨大なトカゲみたいな生き物は見たことがない。
「それはこっちのセリフだ……なんで、こんな場所に? というか、なんで口だけ嵌ったんだ?」
「え? そうだ、それなんだ! オレ様に掘れない場所はなかった! それなのに今の壁は破れなかったんだ。ただの岩だったはずなのに……」
トカゲはもう一度、洞窟の壁をその巨大な爪で掘ろうとした。
が、その鋭利な見た目にもかかわらず、まったく掘り出せない。
「なんでだ……」
確かに、なんで掘れないのだろうか……
これも俺の【洞窟王】の効果のせいなのか?
≪はい。【洞窟王】によって掘られた洞窟は、紋章所有者と従僕以外の環境改変からは保護されます≫
なるほど……俺以外の誰かがこの洞窟を壊そうとしても、守られるわけだ。
≪ただし、あくまで保護機能ですので、保全を保証するものではありません≫
とすると、壊そうと思えば、壊せなくないと。
このトカゲは、口だけ出せた部分は破壊できたのだろう。
というか、それが分かっていれば落盤とかを必要以上に恐れる事もなかったな……いや、万全とは助言者も言ってないから、今までの用心も無駄ではないだろう。
トカゲは諦めるように腕を下すと、俺を見て言った。
「一体なんだってんだ……それにお前さんの魔力。ただ者じゃねえ。何者だ?」
こいつ、魔力が分かる?
いや、俺も魔力探知ができるが、こいつも結構な魔力を持っているのが分かった。とすると、俺同様魔力を探知できるのだろう。
それだけじゃない。
明らかにこいつの口が開いてない時に、言葉が響いている気がする。
と同時に魔力が消費されたのも感じた。
言葉を翻訳する魔法があるなんて話を聞いたことがあるが、こいつはそれを使ってるのか?
ともかく、見てすぐに襲ってくるような奴じゃないのは確かだな。
話ができるだろう。
「俺はこの島の領主、ヒールだ」
「ヒールね……オレはロイドンって言うんだ」
ロイドンを名乗るトカゲは、律儀に凶悪な爪を差し出す。
握手のつもりだろうか、俺はその爪を握った。
「いや、しかし驚いたぜ。ここら辺の上は海だって話だったし、まさか同じ種族以外と会うなんて」
「俺も言葉を話せる奴と地下で会うのは初めてだな……ロイドンは、ここらへんの地下に住んでいるのか?」
「いやいや、俺は……そうだなここから大地の反対側から、一か月ぐらいかけて来たんだ。ちょうどもう少しで、この星の半周ってところだったな」
「反対? ……半周?」
言ってる意味はよく分からないが、ここの近くの者ではないのは確かなようだ。
「……まあ、いいや。ところでお前さん。なんか珍しいものとか持ってないか?」
「珍しい物か……まあ、地上でいくらかそんなものもあるが」
「そりゃいい! もしよかったら、物々交換しねえか?」
「交換?」
「ああ! 俺は駆け出しの貿易商でよう。もうちょっと行ったところにあるアースドラゴンの里まで仕入れに行くつもりだったんだが、商品があるなら見せてくれよ!」
貿易商……ひょっとしたらいつか遭遇するとは思ったが、まさか海ではなく地下からやってくるなんて。
ロイドンは背中にあった茶色い袋をよいしょと俺に見せる。
何が入ってるかは分からないが、俺の背丈以上の幅と高さのある袋。
結構な品々が入っていそうだ。
よく見れば、腰にも色々と袋を提げており、確かに商人っぽい服装だ。
このロイドンはどこか別の場所から一か月かけてやってきたという。
カミュが手に入れられないものも、こいつは持っているかもしれない。
「もちろん、俺達は歓迎だ。よければ、ご飯でも食べながら色々話さないか?」
「お、いいのか? それじゃあ、馳走になるか!」
こうして、シェオールに初めての商人が訪れるのであった。