五十七話 見送りました!!
俺の手の平からは今、この世で知られる金銀宝石の数々が放出されている。
金銀はもちろんのこと、ルビー、サファイア、ダイアモンド、エメラルド……色とりどりの宝石が俺の背よりも高く積まれているのだ。
この島の住民は、ここ埠頭の近くにできた財宝の山を囲みながら、驚きの声を上げていた。
「す、すげえ……こんなお宝の山、多分世界中でここだけだ」
「ええ……それに、まだまだ出てきそうですな……」
エレヴァンとバリスは思わず、口を唖然とさせた。
なかなかインベントリからなくならない金銀宝石に、俺も正直怖くなってきたほどだ。
今まで皆で掘ったものは、俺のインベントリに保存されていた。
だから数字では量を把握していたのだが、こうして目で見えると、改めてえげつない量だなと思う。
今は市場価値の高そうな金銀宝石だけを出しているが、岩とかも含めたらどうなってしまうんだろうか……想像もつかない。
やがて、ついにインベントリから宝石類がなくなると、リルやメル、魔物の子供たちが宝のほうへ群がった。
「あ、お前ら! ここにあるのは、おもちゃじゃないんだぞ!」
それを見たエレヴァンや大人の魔物が止めようとする。
だが、せっかくだし遊ばせてあげればいい。子供はきらきらしたものが好きだろう。
「まあまあ。好きに触らせてあげよう。少しなくなるぐらい、たいしたことじゃない」
「そ、そりゃそうかもしれませんが……いや、これは大将と島の大事な資産です! お前たち、触るのは良いが、持っていくのは駄目だぞ!」
エレヴァンの声に皆、「はーい!」と元気よく応じるのであった。
それから宝探しでもするように、金銀宝石の山を掻き分けたり、両手ですくったりし始めた。
隣のリエナがその様子を見て、嬉しそうに呟く。
「こんなにあると、思わず手で掬ってみたくなっちゃいますね!」
「ああ。俺も誰もいなかったら、あの上で寝転んでたかも」
きっと大金持ちになったような気分を味わえるだろうな……
リエナはふふっと笑った。
「私もその気持ちわかります! しかし、こんなにあればなんでも買えちゃいそうですね!」
「そうだな。買えないものを見つけるほうが難しそうだ……」
恐らく、王国で商品として売られているものならなんでも買えるだろう。
価値としては、王都にある全ての品を買えてもおかしくないはず。
まあ、それは現実として難しい。そもそも、俺と魔物は、王都で買い物ができないからな。
同じく、山を前にしたカミュが口を開いた。
「そうね。子供が両手ですくえる量の宝石だけで、オークの港にあるもの全部買えちゃうわね。こんなに出す必要なかったんじゃない?」
カミュの言う通り、貿易の資金は、小さな麻袋に金を詰めるだけで十分事足りただろう。
「まあ、そうだけど……皆でどれだけ掘ったか、ちょっと確認もしたかったんだよ」
「そう。それにしても、普通じゃ考えられない量ね……それで買ってくるものだけど、確認するわよ」
俺はカミュの言葉に頷く。
「ああ。作物や植物の種、家畜、技術や文字が学べるような本を中心に買ってきてくれると助かる」
種子はこの島の食事の種類を豊かにするため。
また、薬や染料、繊維をつくるために買ってきてもらう。
家畜も牛乳などの食糧のためだが、羊毛も欲しい。
本はこの島の技術を向上させるため。
道具などはマッパがいるおかげで、買わなくても良さそうだ。
何か作れそうもない珍しいものがあればと、カミュには伝えてある。
「了解。それと、オークで技術を持ってそうなのに声かけるんだったわね」
「ああ。技術があるなしに関わらず、来てもいいってやつがいれば連れてきてくれ」
「わかったわ。まあ、オークは基本武闘派で、技術持ちが少ないからあまり期待しないほうがいいと思うけど……あとはコボルトやゴブリンの捕虜の身代金を払って解放ね。だけど、本当に解放だけでいいの?」
カミュによれば、オークの港ではコボルトやゴブリンの捕虜が大量にいるらしい。
彼らは奴隷としてオークの港で売られているが、最近は王国船の取り締まりも厳しく、買い手がなかなか見つからないという。
そんな彼らを、この金を使って解放するのだ。
カミュはせっかく金を使うのに、彼らをこの島に連れてこなくていいのかと思っているのだ。
「確かにもっと領民は増やしたいが……行く当てがなくて困っているなら連れてきてほしいけど、無理やりは考えてない。彼らの自由にしてやってくれ」
「分かったわ。それと今後コボルトやゴブリンを捕虜にしたら、私が来るまで売らないように言っておくわね」
「ああ、頼んだ。俺からはそんなところかな。他に、皆欲しいものがあったらカミュに頼んでくれ」
俺が言うと、リエナが真っ先に手を挙げた。
「カミュさん。魔法の本は買ってきてくださると思うのですが、できれば料理や洋裁の本もお願いできますか?」
「そこらへんも、当然買ってくるから安心して。服のレパートリーは私ももっと増やしたいし! 本でなくても、参考になりそうな服は当然、色々買ってくるわ」
カミュはにやっと笑って答えた。
なんだか、怪しい服を買ってくるんじゃないか不安だが……まあ、防寒着など服は確かに重要だ。
「ありがとうございます! よろしくお願いしますね」
「任せといて。そもそも、港にある本はほぼ全て買ってくるつもりよ。オークの殆どは本を読まないから、今頃倉庫で埃をかぶってるはず……きっと珍しい書もあるでしょうね」
実用的でない音楽の本や詩集であっても、島の生活が豊かになるはずだ。
カミュの声に、俺も頷く。
「そうだな。娯楽も少ないし、なるべく多くの本を買ってきてくれ。こっちも本棚とか作っておくよ。他に誰か、欲しいものとかあるか?」
俺が問いかけると、次にバリスが手を挙げた。
「売っている船などありましたら、買ってくるのも手かと。この島でも造ってはいますが、たくさんあって困ることもないはずです」
「わかったわ。余っている船でいいのがあれば買ってみる。他にいくつか私の船も泊めてあったから、それも持ってくるわね。他に何かあるかしら?」
カミュの呼びかけに、主立った者たちからはもう声はあがらなかった。
「こんなところね。基本、この島に足りなさそうなものは買ってくるから、後は任せて」
「ああ、美術品やおもちゃ……嗜好品、まあなんでも買ってきてくれればいい」
「全部買ってもおつりがくるぐらいでしょうしね。じゃあ、そろそろ行くわ」
「うん、頼んだよ。くれぐれも皆無事で帰ってきてくれ」
俺が言うと、カミュはふっと笑う。
「あのリヴァイアサンでも来ない限りは、大丈夫よ。何度も通ってきた海だもの。今ならリヴァイアサンが来ても逃げきれる自信があるわ。船は頑丈で速いし、今の私は風魔法も使えるからね」
「そうか。まあ、いらない心配だったな」
「ううん、そんなことないわ! 毎晩、私を想ってね!」
カミュは誘惑するように体をくねらせる。
以前のカミュなら、正直とっさに目を逸らしただろう。
が、今のカミュの姿は長いブロンドの髪の美女。違う意味……恥ずかしくて、目を逸らしてしまう。
「そして帰ってきたら……私にご褒美を頂戴」
どうせ碌な要求じゃないだろうが……まあ、三週間ほど帰ってこられないんだ。帰ってきたらできるかぎり、労わないと。
「できることだったら、なんでもするよ……」
カミュは俺の言葉を聞いて、顔を明るくする。
「やった! さっさと用を済ませて帰ってくるわ! 目標は二週間ね!」
「おう。帰ってきたら、祝宴でも開こう」
「約束よ! それじゃあ、適当に宝を持っていくわね」
そう言って、カミュは麻袋に金銀宝石の類を入れていった。
そして他のオーク達と一緒に、帆船へと乗り込む。
すでに船には物資が詰め込まれており、八十名の乗組員が三か月の航海に耐えられる食糧等がある。
ワインや世界樹の葉で作った薬、衣類もあるので快適な航海になるだろう。
乗組員のオークもこの島から離れるのが寂しそうではあるが、不安はなさそうだ。
まだリヴァイアサンを恐れてはいるが、以前船の甲板にミスリルの板を張ったことで、彼らはもう一度海に出られるようになった。
ミスリルなら少なくとも、船が噛みちぎられることはない……転覆させられる恐れは依然として残るが、今やカミュも魔法が使える。風魔法を使えば、船を高速で動かせるのだ。
自分がいればリヴァイアサンも振り切れると、カミュが皆に言い聞かせていたのも、オークたちの不安を和らげたようだ。
白い帆を広げ、船はついに出航した。
甲板からはカミュやオークたちが手を振っている。
「じゃあね!! ヒール様!!」
俺たちはカミュたちが見えなくなるまで、手を振ったり、声を出して見送るのであった。