五十六話 森が出来てました?!
世界樹に近づくと、机が並べられている場所があった。
机の上には、清潔な白い布が並べられている。
この世界樹はあまり近寄ってしまうと、頭がぼんやりとしてしまうのだ。
恐らくは、世界樹から漏れ出ている金色の粉のようなものがそうさせているのだと、バリスは言う。
それだけ聞くとなんだか危なそうな金の粉だが、植物の成長が早まるのは、これのおかげでもあるようだ。
これが地上に降り注ぐことで、植物がすくすくと育っているのだろう。
もしかしたら、先ほど見た大きくなったサタン貝や魚も、その粉を食べてるおかげかも?
ここにきた魔物たちは皆、当初痩せ細っていた。
だが、今はやけに肉付きが良くなってる。
やはり健康にいい物なのかもな……実際、とても気持ちよかったし……
いやいや、その考えは危険か……
以前はマッパが埋まってしまっていた穴のせいで、金の粉が大量にでてきてしまった。
その穴はもうないので、そこまで心配しなくても良いだろうというのがバリスの見解だ。
しかし、上に登ってどんなことがあるかも分からない。
この白い布は、粉を吸わないようにするためのマスクなのだろう。
俺は布は付けずに、周囲にシールドという魔法を展開することで、金の粉を吸わないにようにした。
そうして、俺たちは世界樹に沿うような螺旋状の桟道を登り始めるのであった。
ゆっくりと歩いていく俺だが、リルとメルは競うように俺の先を行く。
桟道は世界樹の枝からのばされた縄によって吊られていた。
幅は、人が三人通れるほどの広さはあろうか。
蜘蛛糸を使った縄で、ちゃんと手すりのようなものまでつけられている。
多少揺れるので、リルとメルが落ちないか心配……することもない。
手すりの下は目の細かい網が張られているのだ。
見た目より立派なのは、やはりケイブスパイダーの蜘蛛糸が頑丈だからか。
途中、後ろからばたばたと足音が響くので振り返ると、そこにはミスリルゴーレムの十五号がいたのだ。
俺になんか用かな?
いや、違ったようだ。彼の手元には何やら麻袋が握られていた。
誰かが何かを運搬させてるようだ。
まあ、ともかく走らないでほしいものだ……
徐々に高くなる景色……揺れる桟道……せっかく気分が戻ったと思ったのに、また喉が……
俺は回復魔法を己の喉に掛けながら、登っていく。
すると、前に見覚えのあるコボルトが二体見えた。
コボルトの兄弟、アシュトンとハイネスだ。
アシュトンとハイネスは、先行していたリルとメルをよしよしと可愛がっている。
やがて俺が近づくと、二人はこちらに気が付いた。
アシュトンはリルを放して、俺に頭を下げた。
「おお、ヒール殿。こちらに来られるのは珍しいですな」
「ああ。世界樹側に来るのは夜だったから、こんなのができてたなんて気が付かなくてな。いつできたんだ?」
「正式に完成したのは、つい昨日です。塔よりも見晴らしが良いため、見張りを置くことになったのですよ。ですが、それよりも……いえ、せっかくですからご自分の目でご覧になられたほうがよろしいでしょう」
「ほう? 見てのお楽しみってことか?」
アシュトンは穏やかな顔で、うんと頷いた。
ハイネスが続ける。
「そういや、上にはリエナ様もいらっしゃいましてね。ヒール様に見せようと思っていたのが、もう少しで完成するそうですぜ!」
「ほう。それじゃ、日を改めたほうが良いのかな?」
「いや、あとは十五号が持ってくる物を待つだけと仰ってました。さっき見かけたんで、もうできてると思いますぜ」
「そっか。それじゃあ、見てくるよ」
「それがいいでしょう。それじゃ、俺たちは失礼しますぜ」
ハイネスはアシュトンと共に、頭を下げると、リルとメルに手を振って桟道を下りていった。
「何か上にあるようだな。ともかく、行こうか」
俺はリルと共に再び、桟道を登り始めた。
時間はかかるが、桟道の傾斜はそこまできつくないので、あまり疲れない。
かれこれ十分上っただろうか……横を見ると、そこには広大な海原が広がっていた。
これは見張りにはうってつけだな……高いのが苦手な奴にはきついが……
「もう少し……頑張るぞ。あ……」
俺が苦しそうにしていると、足元にスライムのシエルがやってくる。
どうやら登るのを手伝ってくれるようだ。
「シエル……ありがとう」
シエルは何も言わず、立ったままの俺を運んでくれた。
それから三分ぐらい、ついに桟道の終わりが見えた。
世界樹の枝が分かれる場所まで到着したのだ。
太い幹にとっては、頂上部分ということになるか。
そこで、俺は思わず息をのむことになる。
「ここは……森?」
枝といっても、世界樹のそれは地上の木のような太さ、高さがある。
それが何本も上側に向かって生えている光景は、まさに森のようであった。
そして枝の生え際、幹の頂点部分には草や花が生い茂っていた。
「いつの間に生えたんだ?」
種子は渡り鳥が運んできたのだろうか、実際に羽を休めている鳥もいる。
高い場所ではキラーバードがいるのが少し気になるが……
他に蝶などの虫も見えた。
しかし、鬱蒼としてるかと言えばそうではない。
太陽の光が金色の粉を照らしてるからか、非常に幻想的で明るい場所になっている。
リルとメルもこういった場所は初めてなのだろう。
虫に手を伸ばし、ぴょんと跳ねている。
「綺麗な場所だな……そういえば、リエナはどこだろうか」
俺がきょろきょろと周りを見てると、そこに駆け足で十五号がやってくる。
そして仰々しくそこで跪き、俺に付いてこいと促した。
「リエナが呼んでるのか? 案内を頼めるか?」
十五号は深く頭を下げ、俺たちを案内し始めた。
途中、世界樹の葉っぱや小枝を回収している魔物の姿もあった。
下で採るよりも多く採れるようだ。
中には、枝の一部から出ている金色の液体を壺に集めている者もいるようだ。
樹液……か何かだろうか?
そうこうしているうちに、目の前の木と木の間の向こうに水平線が見えてくる。
どうやら、この森のような場所の終着点になるようだ。
近づくにつれ、そこに長い黒髪の女性がいることに気が付く。
その子……リエナは俺を見て、嬉しそうにほほ笑んだ。
「ヒール様! 随分とお早かったですね」
「ああ、十五号と会ったのはそこだったからね。しかし、これは……」
俺の目の前に飛び込んできたのは、一面に咲く色とりどりの花畑だ。
近くの枝からは樹液だろうか、水が流れて小さな滝のようになっており、音が心地よい。
そして少し視界を移すと、どこまでも続く海……
まるで神話にでてくるような楽園……女神のような、美女もいるし。
その女神は俺に更に笑顔を見せる。
「はい! あまりに綺麗な場所でしたので、花を植えてみたのです! 十五号さんに頼んだ種も、もう咲いています。どうでしょうか?」
「ああ、言葉にできないぐらいに綺麗だよ……」
主にリエナが……と、また金の粉のせいで頭がどうかしちゃったかな?
「ありがとうございます、ヒール様! 更にこの近くにヒール様のお屋敷を建てようと思いまして!」
「俺の屋敷⁈ いや、大丈夫だよ。というより、こんな綺麗な場所、独占するのは勿体ない……」
「ですが、ヒール様はこの島の王、我らの王です! いつまでも私たちと同じような石室には……」
示しがつかないってことか……一理あるだろうが、俺は王様ぶるつもりは……
「俺はみんなと一緒で良いよ」
「ヒール様……」
リエナは納得できないような顔を見せたが、すぐに嬉しそうに頷いた。
「やはり、ヒール様はお優しいですね」
リエナの笑顔に、俺は思わずくらっとくる。
可愛いな……おっと。
顔をにやにやさせていると、リルとメルが俺の胸元にやってきた。
二人ともはしゃぎすぎたのか、さすがに眠そうにしている。
俺がよしよしと撫でてやると、二人ともすぐに眠りについてしまうのであった。
「あらあら、二人とも穏やかな顔ですね」
「色々回ってきたからな。疲れたんだろ」
「まだ赤ちゃんですからね」
リエナはそう言いながら、近くにあった袋を持ち上げる。
「ヒール様もお疲れでしょう。ごはんを持ってきましたので、お食事にしませんか?」
「おお、ちょうど腹が減っていたところだ」
「はい! 魚を世界樹の葉で蒸し焼きにしたもの、レモンで作った甘い飲み物もあります!」
「美味しそうだな……よし、昼にしようか!」
「はい!」
すでに目の前の景色のおかげか、気持ち悪さはすっ飛んでいた。
俺はそこで腰を下ろし、リエナやシエルと共に、絶景を眺めながら食事を楽しむのであった。