五十四話 色々大きくなっていました!
「なんだ、こいつ⁈」
俺はとっさにシールドを前面に展開し、タランやバリスを守る。
岩のような巨大な貝……サタン貝が吐き出した紫色の液体は、シールドに勢いよくぶつかるとすぐさま蒸発した。
「ヒール殿、お任せを!」
俺の隣のバリスはそう言って、右手を前に出した。
「スパーク!!」
バリスの右手から放たれた電撃は、サタン貝を瞬時に痙攣させた。
紫色の液体をまき散らしながら、びくびくと暴れるサタン貝。
やがて泡を吹きはじめ、貝殻の中から中身がにゅるっとでてきた。
貝の中身……色々グロテスクだが、サタン貝のは特に禍々しい。
しかも、大きいし……
俺は空中ブランコで催した吐き気が、更に強まるのを感じた。
タランはサタン貝の中身をつんつんと腕で触る。
どうやらもう動けないようだ。
「……バリス、ありがとう。魔法の習得のほうは順調のようだな」
「これもヒール殿のおかげです。それに殺すつもりはなかったのですがのう……」
「魔力のコントロールが難しいのかもな。バリスは【魔導王】の紋章を持ってるから、俺なんかより魔力が多くなりがちなんだろう」
【魔導王】……この紋章を持つ者は多くの魔力を扱えるようになり、上位魔法すらも軽々と扱えるようになる。
進化の前のバリスは、ただのゴブリンであった。ゴブリンは生まれながらに魔力を扱えない。
だから、【魔導王】の効果を活かすことはできなかったのだ。
だが、悪魔のような姿に進化した今、バリスはその効果をいかんなく発揮できる。
見た目からして、なんだか【魔導王】っぽい。
バリスは魔法を放った手を見ながら、こう答えた。
「ふむ……より精進いたします。しかし、驚きましたな。ここまで大きなサタン貝がいるとは」
サタン貝……確か、この前バリスがこいつの粘液を乾燥させたものを、すり鉢で擂っていた。
なんでも上質な貝紫……王族が使うような紫色の染料になるのだそうだ。
バリスは腰に提げていたポーチから、手に少し余るぐらいの大きさの貝を取り出した。
「この島の周辺にサタン貝がいることは知ってましたが、大きくてもだいたいこれぐらいの大きさでした」
「それと比べると、今倒したのは明らかに大きすぎるな……」
「ええ。それに、魚が大きくなっているのも感じました。漁船で取るより、この近くで獲れた魚のほうが大きい……」
確かに、この島に来て初めて獲った魚と比べると、明らかに大きくなってる。
徐々に採れる魚が大きくなっていたのだろうが……いったい、いつから。
俺は後ろに高々とそびえたつ世界樹を見る。
あの樹ができてから、植物の成長も格段に早くなった。まさか、魚も……
「食べる魚が大きくなると思えば、有難いことだが……このサタン貝の粘液は毒が含まれているんだったな?」
以前、バリスが貝紫を作ってる途中で、マッパがサタン貝の粘液を舐めたことがあった。
その際、マッパは毒で倒れてしまったのだ。
幸い、俺が近くにいてすぐ治せたが……
バリスはうんと頷いた。
「ええ、微量ですが……しかしここまで大きくなると、その効果も分かりませんな」
「そうだな。今、調べてみるよ」
「それでしたら、小さいほうの粘液とも比べてください」
バリスは俺に粘液の入った小瓶を見せた。
俺はリサーチという魔法で、その小瓶の中と今倒したサタン貝の粘液の毒を比べてみる。
「うん……明らかに毒の量が増えている。触るぐらいなら大丈夫そうだが、飲んだりしたら大変だ」
「そうですか。すると、貝紫をつくる際は相当気を付けなければなりませんな」
「また、マッパが舐めて倒れたりしたら大変だからな……」
「ええ。マッパ殿にはよく言い聞かせておきましょう」
だが、とバリスは顔の表情を緩める。
「裏を返せば、もっと大量の貝紫が採れるということ。これを加工して、カミュ殿に交易品として渡せば……」
「大儲け間違いなし……」
俺はぼそりと呟く。
もちろん、すでにこの島には多量の金銀財宝がある。
なので、儲けがどうこうなんて今更どうでもいい話ではあるのだが。
バリスはうんと頷く。
「ともかく、釣りをする際はゴーレムを何体か警備に就かせることにしましょう」
「そうだな。もっと大きなサタン貝が現れることもあるかもしれないし……」
見た目的にはあまり考えたくないことだが……
というより、タラン。サタン貝の中身を蜘蛛糸でぐるぐる巻きにして、雑巾のように絞るのやめてくれないか……
タランは貴重な物と知ってるのか、サタン貝の中身から粘液を絞っている。
その様子を見て、バリスは微笑んだ。
「タラン殿。粘液を絞り切ったら、その肉は焼くとしましょう。サタン貝の肉は美味。貝殻に戻し、熱するとこれまた酒がすすみましてのう……」
タランはうんと体を動かし、嬉しそうに干し肉のようになった貝を俺に見せつけた。
その肉があまりにグロテスクで……おえっ……
俺が喉を両手で押さえると、バリスが心配そうな顔をした。
「ヒール殿? お体の調子でも?」
「……いや、大丈夫だ、ありがとう、タラン。俺は視察の途中だから、先に食べておいてくれ」
俺はそう言って、すぐに埋立地のほうへ戻っていくのであった。