五十三話 埠頭ができました!
「うぷっ……」
吐き気を抑え、俺はようやく空中ブランコから塔の頂上へ降りる。
安全性は確かなようだが……、
塔からの上というだけならまだしも、宙に浮いた状態はさすがに怖かったな……
苦手意識なんてなくならなかった。むしろ、更に高いのが怖くなったといっていい。
「ひどい目に遭った……うぶっ⁈」
突如、背中をそう強くない力で叩かれ、俺は思わず口を手で押さえた。
痛くはないが、喉までなにかが上がってきているのを感じる。
俺は必死にそれが出ないよう、口を閉じるのであった。
落ち着いて振り返ると、そこにはにこにこと微笑むエレヴァンが。
「え、エレヴァンか……」
「大将、乗り心地はいかがでしたかい⁈」
「そ、そうだな……子供は皆喜びそうだ」
ブランコに乗っていた魔物の子供たちは、誰一人として俺のように気持ち悪がってない。
リルとメルも赤ちゃんとは思えないぐらいに、このブランコを楽しんだようだ。
エレヴァンは自慢するように言った。
「そうでしょう、そうでしょう! それじゃあ、もう一回!」
「い、いや、遠慮しとくよ! 実は最近地上を見てなかったから、視察の途中なんだ」
「そうでしたかい。まあ、遊びたいときはいつでも言ってくだせえ!」
「わ、わかった……」
悪いが、自分から好き好んで乗ることはないだろうな……いや、頼まれてももう……
ともかく、次に向かうとしよう。
「……それじゃあ、次はどうするかな」
俺は塔から埋立地を見渡してみる。
どこか、地上で変わった場所……お?
埋立地から海に向かって、いくらか細い岩場が突き出している場所がある。
そこには小さな漁船の他に、ミスリルの板が張られた帆船も泊っている。
道具を積み込んだりと、出航の準備を着々と整えているようだ。
あれは……桟橋やら埠頭かな。
カミュやらバリスが造らせたのだろう。
「次はあそこを見に行くか」
俺は塔を下りて、その埠頭へと向かう。
近づくにつれ、埠頭はそれなりの大きさであることがわかった。
桟橋は五本ほどあるだろうか。
途中曲がっているのは波を防ぐための桟橋か。他も、それぞれ船によって使い分けるのかもしれない。
そして一つ気になったのが、桟橋で棒の先に糸を垂らしている者たちだ。
スライム、ゴブリン、オーク、コボルト、ケイブスパイダー……種を問わず釣りに勤しんでいるようだ。
今日は波が高いせいか、漁船が出ていない。だから、皆埠頭で釣ってるかもしれないな。
というより、スライムが釣り竿を持っている⁈
そういえば、ピッケルを持つ者もいた気がしたが……
シエルを始め、スライムたちの学習能力はたいしたものだ。もしかしたら、喋ることもできるようになるかも分からない。
そんな魔物の中には、人間の少女の姿をした……元ゴブリンのフーレもいた。
「おお、フーレ。今日は釣りか」
「うん! ここは昨日できたばかりだから、早速使ってみたくて。午後からは採掘にもどるつもり」
「そっか。で、釣れるのか?」
「結構釣れるよ。ほら」
フーレはにっと笑って、隣にあった壺の蓋を開けてみせた。
その中には、大きな魚が数匹入っている。
「これまた大きな魚ばかりだな」
「でしょ? しかも、餌を垂らせば、すぐに食いついてくる感じなんだ」
「へえ。本当か? 俺もやってみるかな」
「それなら、この桟橋の先に釣り竿と餌が置いてあるよ! そこにバリス様もいる!」
「バリスも? それじゃあ、とにかく行ってみるか」
俺はフーレと別れ、釣りをする者たちの後ろを通っていく。
「お、またかかった!」
「おい、このでかい魚知ってるか?」
左右どっちからも、魚が釣れた声がひっきりなしに上がっている。
たくさん釣れているのはもちろん、俺が見たこともないような大きな魚や珍しい色の魚もいた。
その光景に、隣を歩くリルとメルも目を輝かせている。
もう、魚を美味しいものという認識しているのかもしれない。
そんなこんなで桟橋の先っぽまで来る。
すると、そこには静かに釣竿を海に向けるバリスと、六本の釣竿を自在に操るケイブスパイダーのタランがいた。
「バリス、大漁のようだな」
声を掛けるも、今は悪魔のような見た目となったバリスは振り返らない。
これは相当集中しているか……
だが、リルとメルがその背中をぽんぽんと叩くと、バリスははっとした顔でこちらを見た。
「これは、ヒール殿。申し訳ございませぬ、お恥ずかしい姿を」
「いやいや。こちらこそ集中しているところごめん。大漁のようだな」
「ええ。今日は漁船ではなくこちらで釣りをすることになってましたが、漁師の皆も驚いているようです」
「それほどか。これなら漁船を出せない日でも魚が獲れそうだな。俺もちょっとやっていいかな?」
「もちろんです。そこにある釣竿や餌は、ご自由にお使いくだされ」
「ありがとう。それじゃ、やってみるよ」
ただ魚を獲るだけだったら魔法でいい。というより、魔法のが早いし一杯獲れるだろう。
フーレもバリスも、そうしたほうがいいはずだ。
しかし、魚を獲るというのと、釣りをするでは意味が異なる。釣りは一種の娯楽として、嗜む者が王国でも多かった。
しかも、釣竿だけでたくさん釣れるというのだ。俺も皆と同じ環境で実感してみたい。
俺は釣り針に餌を付けて、海に臨んだ。
すると、タランが何か言いたげに赤い目を俺に向けてくる。
「どうした、タラン? ……まさか」
俺の問いにコクリと頷くタラン。
「なるほど……今度は釣り勝負ってわけか。いいぜ。どっちが多く、大きいのを釣れるか勝負だ!」
そう言って、俺は釣り針を海に投げた。
「よし、大物こい! ……って、もう食いついた⁈」
俺は釣竿をすぐに引き上げようとする。
だが、びくともしない。
採掘であれだけ岩が掘れたので、感覚で狂っていたかもしれない。
俺はただの人間で、そもそも腕力は強くないんだ。
もちろん、人間の中では弱くないとは思うが……うん⁈
俺は急に体を引っ張られる。
そして海に落ちそうになった時、タランが俺の釣竿に手を貸してくれた。
「た、タラン……ありがとう、助かったよ」
タランは気にするなと言わんばかりに、体を横に振った。
「……しかし、なにが食いついたんだ」
釣り竿は、今にもぽきっと折れそうなぐらいしなってる。
ただならぬ様子に隣で海面を見つめるバリスが、こう答えた。
「マグロやサメなど、体の大きなものでしょうか?」
「かもしれないな……タラン、引き揚げられるか?」
タランはうんと頷く。
「よし、じゃあ一緒にひくぞ……せえのっ!」
俺は力いっぱい釣り竿を引き揚げた。
タランもそれに二本の腕を貸してくれる。
そうして釣り上げたのは……
「岩⁈」
ごつごつとした表面……しかし、岩にしては黒く禍々しい。
俺の隣でバリスが言った。
「いや、ヒール殿! これは岩ではなく……サタン貝です!」
俺たちの前に、とても貝とは思えないような物体が現れるのであった。
そしてそれは紫色の液体を吐き出すのであった。