五十二話 遊ぶ場所ができてました!
「まもなく洞窟入り口! 洞窟入り口に到着いたします!」
鉄の馬車を操るゴブリンが元気よくそう言った。
馬車の円筒から出る煙でよく見えないが、もう間もなく地上らしい。
ちなみにこの煙であるが、洞窟の天井に張り巡らされた金属製の管にある小さな穴に吸われ、俺たちが吸うことはなくなっている。
だが、これはどうも煙を吸うだけではなく、洞窟のあちこちに地上の風を送る役割ももっているようだ。
そのおかげか、洞窟内でも潮や世界樹の葉の香りを含んだ新鮮な空気が吸える。
これができるまでは、洞窟の中で汗臭さや埃っぽさを感じていたが、今ではそんなことはない。
どういう仕組みかは分からないが、マッパの知恵で間違いなさそうだ。
マッパや皆は基本自由にさせているので、いつの間にか見たことのない道具や設備ができてたりするのだ。
おっと、そんなこんなで外が見えてきたな……
「シェオール入り口! お降りの際は足元にご注意ください!」
洞窟の入り口近くで停まる鉄の馬車。
だが、軌道はここで終わりではない。
どうやら海側のほうまで延伸されているようで、漁をする者たちの足にもなっているようだ。
ここから一番遠い岸までいくのにゆっくり歩いて十分はかかるので、延ばすよう要請もあったのだろう。
「さあ、到着だ!」
俺はリルとメルを放して、地上に降りた。
早速リルとメルはその場で、かけっこをしだす。
さて、どこから向かうかな……
改めて島を見渡すと、随分と広くなり、活気にあふれてきたものだ。
だが、それでも下の広大な洞窟と比べれば狭すぎるぐらい。
海に潜ったアシュトンの話だと割と浅い海がしばらく広がっているというので、埋立地をもっと広めても良さそうだ。
【洞窟王】の補助機能のおかげで海を掘らなくて済んでいるのもあるが、やはりすぐ上が海というのは少し怖い。
リヴァイアサンみたいな怪物に体当たりでもされたらと思うと……
この島をもっと安全にしないとな……
と、そういえばエレヴァンが見張り台だかを作るって話だったな。
埋立地の一番向こうに立派な石造りの塔が見えているので、それがそうだろう。
「まずはあそこから遊び……視察に向かうとするか。行こう」
俺は石造りの塔に向かって、歩き始めた。
リルとメルはそんな俺の少し先を進んでいく。
ちなみに俺の胸元には常にスライムのシエルがいる。
何かあると伝令に移動に役立ってくれるシエルだが、最近胸がひんやりとして気持ち良いことに気が付いた。
シエルのほうも俺の胸元が気に入ったのか、なかなか離れようとしない。
すでに当たり前となってしまったが、洞窟を掘る度に今でもスライムは見つかる。
そのスライムはシエルの説得のおかげか、皆俺にテイムされているのだが、今は確か……五百体以上いるはずだ。
つまり、この島で最も多い種族は、スライムといえる。
依然として謎の多い種族だが、色んなことで役立ってくれるし覚えも良いので、心強い仲間だ。
こうやってよしよしと撫でてやると、プルプルと震えてくれるしな……なんだか癒される。
しばらくそうしていた時、ふと塔の上部へと顔を上げた。
すると、塔の頂上から目を疑うような光景があった。
「な⁈」
塔の頂上で、ゴブリンの子供が宙に浮かんでいるのだ。
ゴブリンだけじゃない、コボルトやオークの子供まで。
しかし、皆全く怖がってる様子がない。
よく見ると胴体を糸で縛られているようであった。
加えて、彼ら子供から伸びる一本の糸が、塔の頂上に立つ金属製の傘のようなものの先っぽに括りつけらている。
「……なんだあれ? って」
突如として、子供たちが宙を動き出す。
そして塔の上を円を描くようにぐるぐると回り始めた。
「な、なんだありゃ……」
大人がしつけるためにやってるのか?
俺が子供の時は、何か粗相をすると、山よりも高い城の塔から宙づりにされたことがあった。
その時の恐怖は今も忘れていない。
きっと魔物たちにもそういったしつけがあって……
だが、あそこで回っている子供たちはなんとも楽しそうだ。
「お、大将。こんなところで会うなんて珍しい」
その声に振り返ると、そこにはゴブリンのエレヴァンが。
「ああ、エレヴァンか。あれはなんなんだ?」
「あれですかい? あれはタランの蜘蛛糸を使ったブランコですよ」
「ブランコ? それなら俺も知っているが……」
ブランコは子供が遊ぶ遊具だ。
王国内でもよく知られており、王宮の庭でもいくらか見かけた。
「しかし、俺の知るブランコとはだいぶ違うな……ゴブリンのブランコなのか?」
「ええ。まあ、普通はいつ壊れるか分からないから、あんな高い所には作りませんがね……マッパとタランの奴がいたからできたことでさあ」
「なるほど……」
中央の傘と棒はマッパがつくったのだろう。
確かに、折れる心配はなさそうだ。
同様に縄はタランたちケイブスパイダーの蜘蛛糸を使い、決して切れることがないようになってるはずだ。
だが……
俺がブランコを見ていると、エレヴァンが不安そうな顔で訊ねてきた。
「……すいやせん。駄目でしたかね?」
「え? いや、そんなことはないよ!」
「本当ですか? あまり晴れた顔じゃなかったんで、怒らせてしまったのかと」
「いやいや、怒ってなんかいないさ。ただちょっと……まあ、色々あってだな。とにかく怒ってなんかいないよ」
俺の声に、エレヴァンは「そうですかい」と少し不思議そうに答えた。
「むしろ、子供の遊ぶ場所ができるのは大歓迎だ。もともと、埋立地だって子供のために作ったんだし。この通り、リルとメルも……って、すでに向かってるな。二人も気に入ってくれてるようだ」
「そりゃよかった! それじゃあ、ヒール殿もいかがですか?」
「あ、いや、俺は……」
「子供はもちろん、大人も楽しめますぜ! さあ、行きやしょう!」
「待って……エレヴァン。俺は大丈夫だ」
俺は……あの子供のとき宙づりされたこともあって、実を言えばあまり高いところが得意じゃない。
立つことぐらいならまだしも、あんな高いところに浮かぶなんて……
「そんな恥ずかしがらずに! すでに俺も他のいい年したおっさんも楽しんでます!」
「いや、そういうわけじゃなくてだな!」
高いところが苦手……それこそ子供っぽいって思われそうだ。
だが、バリスやカミュが飛べる今、俺も空に連れていかれることも出てくるだろう。
そもそも、これは苦手を無くすいい機会かもしれないぞ……
「ヒール殿もたまには気を晴らしたほうが良いですぜ! 海がすごくきれいに見えるんです!」
俺は強引にエレヴァンに連れられ、空中ブランコに乗せられるのであった。