五話 新しい石を使ってみました!
ゴブリンたちを救助した後、俺は地下深くで採掘に励んでいた。
「ふう……一度でだいぶ掘れるようになったな」
額の汗を拭いながら、俺は呟いた。
ピッケルを一振りするだけで、小さな寝室ほどの大きさを掘り出せる。
採れる資源も、一度で岩×100以上が普通になってきた。
「何か珍しいものは取れたかな……」
ここ三日で新たに採れた資源は大理石ぐらい。
そろそろ何か、真新しい石でも来てほしいが。
俺はインベントリの情報を、助言者から聞き出す。
◇インベントリ
岩×5963
鉄鉱石×79
銅鉱石×96
金鉱石×5.9
銀鉱石×9.1
石炭×124
石灰岩×131
大理石×14
……
ルビー×1.8
サファイア×1.7
クリスタル×29
亀石×89
禊石×1
輝石×4.5
どれも着実に増えているが……二つほど見慣れないものがあるな。
俺は助言者に【洞窟王】の効果の一つ、鉱石図鑑を発動させる。
≪輝石……輝きを失わない石≫
なるほど、つまりはずっと光る石ってことか。
これは、洞窟を照らす松明代わりになるかもしれない。
俺には【洞窟王】による採掘補助効果、暗視があるので必要ないが。
≪禊石……使用することで、あらゆる呪いを解く≫
呪いか……
闇属性の魔法にはいくつか、呪いと分類される術がある。
毒のように体を徐々に蝕んでいく”浸蝕”という魔法が、その代表例だ。
通常、これらの呪いを解くには、神官が得意とする聖属性の魔法が必要になる。
だが、呪いの種類や毒によって解呪法も違うので、魔力だけでなく高度な専門知識も必要なのだ。
……とはいえ、誰もいない洞窟でこれが必要になるかな?
でも、俺自身は解呪に詳しいわけじゃないから、何かある時に助かるだろう。
「……まあいい、とにかく新しい石を手に入れたんだからな」
そう、使えるか使えないかはあまり重要じゃない。
見た事もない新しいものを手に入れるというのが、快感なのだ。
「さあ、続けるか! ……うん?」
肩を鳴らして張り切っているところに、液体が零れるような音が響く。
この音は……スライムが跳ねている音だ。
俺が振り返ると、やはりぴょんぴょんとこちらに向かうスライムがいた。
「シエルか? ゴブリンたちに何かあったか?」
スライムのシエルは頷くこともなく、早く乗れと言わんばかりに体を広げた。
とりあえず一旦中断して戻るか。
腹も減ったことだし。
俺はシエルに乗って、洞窟の入り口に戻るのであった。
外の光が見えるようになったところで、野太い声が響く。
「離してくだせえ、姫!!」
それに応えるかのように、弱弱しい叫びが聞こえる。
「やめてください、将軍!! 勝手に誰かの食料に手を付けようなど!」
「姫の仰る通り! まずは交渉してからにすべきですぞ、将軍!」
低い声の者も同調するように言った。
何やら言い争っているらしい。
俺の食糧についてか。
俺はシエルから降りて、彼らの前に姿を現す。
彼らはやはり、先程救助したゴブリンだった。
ゴブリンたちは皆、こちらに顔を向ける。
「だ、誰だ?!」
野太い声のゴブリン……オークのような大柄のゴブリンが、短刀を向けてくる。将軍はこいつか。
その顔は敵対的というよりも、俺を恐れているような感じだった。
残りの小さく丸っぽいゴブリンや、しわくちゃのゴブリンも怯えているようだ。
だが、丸っぽいゴブリンは、すぐに弱弱しい声で将軍を諫める。
「しょ、将軍! この方は私たちを助けてくれたのでしょう! 武器を降ろしなさい!」
「姫……それはできません。こいつは……やばい奴です」
姫と呼ばれた丸っぽいゴブリンの呼びかけにもかかわらず、将軍は短刀を俺に向け続ける。
言葉が互いに通じるのは、彼らはサンファレス王国があるバーレオン大陸に住んでたゴブリンだからだろう。
バーレオン大陸には、いくつかの人間の国が存在する。
だが、山脈や深い森などは人の手が及ばず、魔物の住処になってたりするのだ。
そしてバーレオン大陸で、人間と魔物双方で多く使われているのがバーレオン語。サンファレス王国の公用語もこれだ。
しかし、やばい奴とは心外な……
とにかく、敵対する意志がないことを伝えよう。
「ちょっと待ってくれ。俺はお前たちに何かしようなんて思ってないぞ」
「人間の言葉など、信じられるか!」
将軍は声を荒らげた。
人間が信用ならない……彼らは人間を嫌うゴブリンなのかもしれない。
でも、姫ともう一体のしわくちゃのゴブリンは、諫めるのに必死だ。
争いを好まない可能性も有る。
「何かを企んでいるはずだ……でなければ、何故さっきからお前は我らを笑っている?!」
将軍の意外な問いに、俺は首を傾げる。
「……え?」
別に笑ってなどいないが……
俺はシエルを持ち上げて、体を真っすぐ伸ばさせる。
すると、鏡のようにシエルは俺の顔を映し出した。
そこには、目をかっと開いて、口角をぎゅっとあげた男が……
口は常に開いており、異常に猫背になっている。
あ、これは確かにやばいやつだ。
この顔で敵意はないと言われても、信じるやつは誰もいないだろう。
まだ数日とはいえ、俺はここで一人だった。
そして何かに取り憑かれたかのように、ピッケルを振るった。
採掘だけが楽しみで、普通の人間ではなくなりつつあったのだろう。
俺はいかんいかんと首を横に振って、表情と姿勢を正した。
「……すまん、失礼した。そんなことより腹減ってるだろう? 食糧なら、そこの食べていいからさ」
そう言っても、将軍は少しも表情を緩めない。
「……毒でも入っているのだろう?」
そりゃ、そう思うか……
あんな顔した人間が、ピッケル片手に真暗闇から現れたんだ。
簡単には信用してもらえないだろう。
「うーん、じゃあこれならどうだ」
俺は食糧の入った樽から、パンを出して食べてみる。
そしてもう片方の手で、将軍にパンを差し出すが……受け取ってくれない。
毒が入ってないと証明したつもりだったが、これでも駄目か。
じゃあと、今度は洞窟から出て、雷属性の中位魔法ボルトを海に放つ。
すると魚が浮かんでくるので、それをウィンドでこちらまで吹き飛ばした。
5匹ほどの魚がぴちぴちと跳ねる。
「これならいいだろう?」
魚を手にして振り返るが、将軍はさらに難しい顔をしていた。
「それだけの魔法が使えて……何故、俺たちをすぐに殺さない? 殺すなら、すぐに殺せ!!」
困ったな……魔法が更に不信感を強めてしまったか。
……というか俺、説得下手過ぎない?
俺が途方に暮れていると、姫と呼ばれたゴブリンが怒りを露にする。
「将軍! あなたは何故、いつもそう決断を早まるのです……うっ」
「姫!」
姫と呼ばれたゴブリンは、その場で倒れてしまった。
将軍はすぐに姫の体をゆする。
「姫! 姫! 起きてください、姫!」
だが、姫は起き上がらない。
その隣で、しわくちゃのゴブリンが首を横に振った。
「……将軍。残念ながら、もう姫は限界なのだろう。ここ最近、姫は何度も意識を失われていた。生まれながらに抱える、寿命が縮まる呪いのせいであるのは疑いない……もう、ワシらもここらでよろしいでしょう」
「だが……姫は王家の唯一の生き残り……」
「そうだが、これ以上姫が苦しむのをワシは見とうない……将軍もそう思われませぬか?」
将軍は涙を流しながらも、それに頷く。
「……ああ。せめて我らの手で楽にして差し上げよう。そしてあの世で、我らは先王たちから罰を受けるとしよう……」
えっと……なんだか全員で自殺する流れになってる?
うーん、止めていいような雰囲気じゃないが……
あ、そういや呪いがどうとか言ってたな。
俺はすぐに割って入る。
「待った待った! 呪いなら治せるかもしれないぞ」
「嘘を吐くな! 我らはどんな手でも試したのだ! 人間に頭を下げたことすらあった……だが、それでも駄目だったのだぞ」
「まあまあ、物は試しだ……」
俺は助言者に、先程手に入れた禊石を姫に使用すると伝える。
すると、姫の体が光に包まれた。
「……な、なんだ今の光は?」
将軍の問いに、俺は図鑑で得た知識を答える。
「禊石っていう、あらゆる呪いを解く石を使ったんだ。俺も使うのは初めてだけど」
「……石? そんな物どこに?」
「ああ、えっと……」
説明すると長くなる。
というより、インベントリなんて信じてもらえないだろう……
「あ、そんなことより寿命も短くなってるんだったな。ちょっと待て……」
続いて、亀石を使う。
非常用に10個残して、後の79個を使うとしよう。
亀石は使っても、光などの反応は見られないようだ。
代わりに、姫が「うん?」と目を覚ます。
「え……どうして? 私、死んだと思ったのに……それに体がどこも痛くない……」
体を起こし、目をぱちくりさせる姫。
どうやら、禊石と亀石がしっかり効いたらしい。
「姫ぇっ!! 良がっだあっ!!」
将軍たちは涙を流して、姫の回復を喜ぶのであった。