四十九話 白い鳩がいました!
「と、鳥?!」
いつの間にか俺の肩にいたそれは、俺の頬を舐めたりつついたりする。
「カモメ……にしては小さいわね。雛かもしれないけど」
カミュの言うように、俺も最初はカモメと思った。
白い体に黄色いくちばし……カモメの持つ特徴と一致する。
しかし、かもめの翼は黒かったり灰色っぽいが、こいつの翼は真っ白。
加えて、ルビーのように真っ赤な瞳……
「微妙にカモメじゃない……だけど、どっかで見た形だな」
この島にもカモメはよく来る。
最近は飛来するキラーバードが減ってきたので、むしろ目につくのはカモメばっかり。
だから、カモメも見慣れているのだ。
こいつは、カモメじゃない。
というか、こんな馴れ馴れしいカモメがいるだろうか?
俺はとりあえず、頬に体を擦り付ける白い鳥を優しく掴むと、抱えるように胸にもってきた。
今までどこにいたのか分からないリルもそこにやってきて、小鳥とじゃれ合う。
うん……なんだか、微笑ましい。顔がだらしなく緩むのを感じる。
そんな時、船を見物に来ていたアシュトンが小鳥に気が付いたようだ。
「おお! ヒール殿、鳩を捕らえたのですか!」
「鳩……ああ、そうか! この形は鳩か!」
コボルトであるアシュトンは狩りに慣れている。
鳥や魚に詳しく、この小鳥が鳩であることが分かったようだ。
確かにこの小鳥は、鳩の特徴の一つである鳩胸を持っている。
だが、よく見る鳩がだいたいスマートな形をしてるのに対し、こいつは少々丸っぽい気もするな。
「しかし、こんな遠く大陸から離れた場所に何故、突然鳩が……」
首を傾げるアシュトンに、カミュもそういえばという顔をする。
「確かに、鳩はあまり海の上では見ないわね。迷ったのかしら」
「かもしれませんな。だが、まだこんな小さいのによく渡ってこれたものだ」
言われてみれば、俺もこの島に来て鳩は見たことがない。
というか、先程も言ったようにこの島にやってくる鳥はカモメかキラーバードぐらいのものだ。
最近は、普通の渡り鳥も見られるようになったが。
アシュトンの近くにいた弟のハイネスも口を開く。
「しかも、ここまで真っ白な鳩はなかなかいませんぜ」
「ハイネス。俺はよく分からないんだが、白い鳩はいるものなのか?」
「ええ。鳩だけじゃなく、だいたいどんな鳥でもたまにいます。でも、ここまで真っ白なのはなかなかお目にかかれませんよ」
ハイネスは俺にそう答えると、今度はアシュトンに言う。
「鳩か。鶏ほどじゃないが、こりゃ、良い食料源になりそうだ」
「ふむ。だが、ここまで小さいと肉にする価値はないだろう。卵を産ませるにも、相手がいないとな……」
アシュトンの答えに、「それもそうだな」と納得するハイネス。
鳥と見れば食糧……いや、なんも間違ってはないが。
しかし、ここまで小さいと、俺はとても食べ物とは結び付けられない。
何より、リルのほっぺたをつんつんと突く白い鳩があまりにも愛らしすぎた。
俺の胸もとには二つの暖かいもふもふ……こんな幸せな光景があるだろうか?
「もう二人とも! いつも食糧のことばっかり! こんなかわいい子、食べるわけじゃないの! ね?!」
カミュがそう言って、白い鳩に手を伸ばす。
だが、白い鳩は俺の着ているシャツに潜ってしまった。
「もう、まだ小さいのに私の魅力に恥じらうなんて!」
「いや、カミュ殿……そうではないと思いますが……」
アシュトンに「何よ!」と声を返すカミュ。
その一方で、俺は小刻みに震えていた。
胸で暴れる白い鳩のせいで、くすぐったかったのだ。
「ちょっ! くすぐったいって! ……って」
笑いをこらえていると、地面に落ちている白い破片に気が付いた。
まるで、割れてしまった卵のよう……
「まさか……リル、さっきの卵は?」
俺の声にリルは、白い鳩の翼を引いて再び胸元に顔を出させた。
そして俺に紹介するように、その背中をポンポンと叩く。
「あの卵から、そいつが生まれたって言うのか? い、いや、いくらなんでも……」
何年、卵があの場所に埋まっていたのかは分からない。
だが、とても一年、二年前にああなったとは思えない。
そして俺が知る卵は、一か月も経たないうちに腐ってしまう。
困惑する俺だが、白い鳩が俺に身を摺り寄せてきたとき、頭にある声が響く。
≪テイムが可能な魔物がいます。テイムしますか?≫
「……魔物?」
俺は思わず周囲を見渡した。
リルはすでに俺にテイムされた状態になっている。
この場で、テイムされてないのはこの白い鳩だけ。
しかも、この白い鳩からは、ここにいるオークたちと比べても格段に高い魔力の反応があった。
魔物の卵であったなら、あの地下で生き抜いた理由も説明が……つくとは思えないが、俺の知ってる鳩とは違うのだから、生き抜いてきた可能性は捨てきれない。
白い鳩はリルと共に俺の顔を不思議そうに見上げている。
どうやら不安にさせてしまったようだ。
俺は二人を安心させるため、胸元でリルと白い鳩を撫でてやる。
「ごめんごめん。 ……えっと名前は」
この白い鳩が喋れるようになるかは分からない。
だが、この懐きようを見るに、俺やリルを家族と認識してしまったようだ。
ひとまずはテイムして、しばらく成長を見守るか。
「そうだな……えっと……」
……良い名前はないかな?
こうしてみると、リルと兄妹みたいだから……
「……ラル。いや、なんかもう少し柔らかい感じが良いか……マル、メル……よし、メルにしよう!」
俺の声に、白い鳩は翼をばさっと広げる。
どうやら、メルという響きが気に入ったようだ。
「メル、よろしくな!」
そう言うと、メルは早くも翼を広げ、俺の顔の前にやってくる。
そしてまた俺の顔を優しくつついた。
こうして、またこの島に新たな仲間が増えるのであった。