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四十七話 温泉を視察しました!!

 マッパは洞窟を通って島の反対側、世界樹のほうへ向かっていく。


 洞窟を抜けると、湯気の立つ区画が見えた。

 やはり、世界樹の近くで造られていた温泉が完成したようだ。


 近づくと、岩が敷き詰められた凹みにお湯が張られているのが見える。


 俺のポケットの中に入っていたリルは、先程手に入れた卵を手にして降りていった。

 どうやら温泉が気になるらしい。


 近くで温泉を眺めていたリエナはそれを見て、俺の存在にも気が付く。


「あ、リルちゃん。それにヒール様も! お待ちしておりました!」


 リエナと共に、近くでゴブリンと話していたバリスが俺のもとへやってくる。


「二人ともお待たせ。温泉、完成したんだな」


 リエナは元気よく頷く。


「はい! やはり最初は、ヒール様にお入りいただこうと」

「俺が最初に? いや、嬉しいけど……」

 

 俺の声に、バリスがこう答えた。


「今しがたお湯を張り終えたばかりでしてな。遠慮などせず、どうか入ってくだされ」


 まだ昼とは言え、体は汗だく。

 さっぱりできるのはありがたい。

 

 しかも、目の前には世界樹と見渡す限りの海という絶景が広がっている。

 この景色を前に風呂に入るのは、気分的にも気持ちよいだろう。 


 しかし、裏を返せば全方位から丸見え。

 そんなところで裸になるわけには……えっ?


 服を脱ごうとするリエナに、俺は一瞬体が固まる。

 が、すぐに「待ったっ!」と叫んだ。


「ヒール様、どうかされましたか?」

「いや、どうもなにも……リエナも一緒に入るつもりか?」

「まさか。私は入りません。私がヒール様のお体を綺麗にするだけです!」


 それ、一緒に入るのと俺からすれば変わらない……

 いや、気持ちはありがたいのだが、俺の正気が持たないのは変わらない。


 俺は自分を律するために、こう答えた。


「……ありがとう、リエナ。気持ちは嬉しいけど、大丈夫だよ」

「え? ヒール様は、お体を洗わないでお風呂に入るのですか?」

「い、いや、俺も体は洗ってから入るよ。そうじゃなくて、一人で体は洗えるってこと」


 俺は冷静を装いながら、きっぱりとそう答える。


 ちょっと残念そうにするリエナだが、残念なのは俺も同じ……いや、領主としてこれ以上鼻の下を伸ばすような顔は見せられない。


 魔物たちにとって温泉は男女混浴で、こう開放的なのが普通だとしても、俺は人間だ。

 俺はどうしてもリエナを意識してしまうだろう。


 すると、隣のバリスが俺に言った。


「なるほど……では、ワシが背中を流しましょうかな?」

「ば、バリスがか?」


 意外なバリスの申し出に、俺は思わず意表を突かれる。


 バリスの顔はいたって真剣そのもの。

 

 いや、俺にそっちの気は……

 もちろん、バリスにそんな気などないのは分かるのだが。


「ええ。女性ではなく、男性に洗わせる方もおられるでしょうから」


 なるほど……二人とも、高貴な身分の者は誰かに体を洗わせるのが普通と思っているのだろう。

 それは人間社会でもそうだった。


 サンファレス王国の王族や貴族は皆、入浴の前に誰かに体を洗わせる。

 それだけでなく、酒や食事を供する者や、音楽を奏でる者が近くにいるので、決して一人で入浴することはないのだ。


 俺も小さい頃は召使に洗ってもらっていたが……気が付けば、自分でやってくださいと冷たくあしらわれるようになってた。

 なので、俺は入浴の際自分で体を洗っていた。


 ともかく支配者階級の風習は、ゴブリンたちにも似たものがあるのだろう。人間と同じ、二本ずつの手足を持ってるわけだし。


「ワシでは駄目ですかな? ワシが駄目なら、他の者を呼びますが」

「い、いや、そういうわけじゃなくてだな……」


 先程から、俺が強く言えないのには理由がある。

 俺はこの島でも宮廷でも、自分がどうしたいかをあまり主張してこなかった。

 わがままを許すような父親ではなかったのだ。


 だが……あまり自分を主張しないのも問題だろう。

 入浴のことなど大した問題でもないし、ここは正直に話してみるか。


「その……できれば何か壁みたいのが欲しいんだ。視線の中で裸になるのは恥ずかしくてな……基本、人間は裸で何かやる時、ひっそりとやるんだよ」


 人間の一般論として語ったつもりだが、なんだか意味深長な言い方になってしまったな……


 リエナとバリスは俺の告白にはっとした顔になる。

 そして二人で顔を合わせた後、何か納得したように頷いた。


 バリスが俺に答える。


「なるほど、そういうことでしたか! 知らぬこととはいえ、申し訳ございません」

「謝ることなんてないよ。皆はそのままでも良いんだ。でも、俺はあとで壁かなにかで、一部分を囲わせてくれないか?」

「いえ、ヒール殿。それには及びません。建築はワシらの領分。ワシらで、ヒール様専用の浴場を設けておきましょう」

「いやいや、悪いよ」


 個人的な希望のために何かをやってもらうのは、なんだか悪い。

 しかし、リエナは首を横に振る。


「ヒール様。私たちはいつもヒール様に助けられています。私たちも、ヒール様のために働かせてください!」

「リエナ……分かった。お願いするよ」


 俺の声に、リエナは「はい」と嬉しそうに頷く。


「といっても、本当に簡単な壁でいいからな。天井もいらないし」

「かしこまりました! どうぞ、私たちにお任せください!」


 リエナはそう言い残して、バリスと一緒に資材のある場所に向かうのであった。


 まあ、地上のことは任せると言ったんだ。

 その分、俺は皆のため地下で頑張ればいい。


 それに最初に温泉に入るのが誰かなんてどうでもいい。

 強いてあげれば、相応しいのはお湯を引いてきたマッパだが……もう入っているな。


 俺は温泉でぷかぷかと仰向けに浮かぶマッパを見つける。

 

 なんとも気持ちよさそうだな……

 マッパのように最初に裸を見せつけていれば、何も気にすることないんだろうな。


 かといって、俺は皆に尻をさらすような男にはならんが……おっ。


 俺はマッパの近くで、その真似をするように浮かぶリルに気が付く。


 まだ生まれて間もないのに、もう風呂に入るとは。

 バリスから聞いてはいたが、採掘といい学習能力が高い。


 よく見るとリルは先程掘り出した卵を、大事そうにお腹の上に抱えている。


 俺に預けたけど、やっぱあの卵が気に入ったのかもしれない。

 まあ、リルが見つけたようなものだし、好きにさせてもいいが……え?


 俺は卵を見る目を、何度かぱちくりさせてみる。


 今、卵がぴくんと動いたような……いや、リルの腹の動きだろう。

 あんな地中で埋まっていたのだ。生きた卵なわけがない。


 俺は首を横に振って、温泉を後にするのであった。

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