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四十四話 カニ鍋を食べちゃいました!

「ああ、疲れたあ……」


 俺は肩をぐりぐりと回しながら、洞窟に設けられた冷凍庫を見る。


 山のようなシザークラブを保存するのに、今までの冷凍庫ではとてもじゃないが収まらなかった。

 かといって、貴重かつ美味な食糧を無駄にはしたくない。

 だから、急遽冷凍庫を拡げたのだが、随分と時間が掛かり、今ではもう夜も更けてしまった。


 とはいえスペースを掘るのは慣れてるし、皆の協力もあってさして苦労はしなかったのだが……


「というより……はっ! はっくしょっん! ……さぶっ!」


 俺は白い息を出しながら、鼻を手拭いで拭った。


 冷凍庫一面をフリーズという氷魔法で凍らせたので、非常に寒い。

 王国にいた時の冬の寒さとは、比べ物にならないほどだ。

 そしてここに運ばれてきたかちんこちんのシザークラブの見た目が、更に俺を身震いさせる。


 そんな俺の隣で、フーレが口をがたがたさせながら言った。


「わ、わ、私たちも、早く出ない? ゴーレムたち、シザークラブを全部運び終えたみたいだよ」

「あ、ああ……そ、そうしよう」

 

 俺たちは巨大な冷凍庫を出て、扉を閉める。

 少しは寒さが紛れると思ったが、洞窟はもとより地上より涼しい。

 この冷え切った体が温まることはない。

 

 手の感覚もないし、これは一刻も早く焚火にでもあたるべきだな……


 ゴーレムたちが足早に地上に向かっていく中、俺とフーレの足取りは重い。


 そんなことを思っていると、俺たちを待っていてくれたのか、マッパが鉄の馬車に乗っていた。

 隣にはゴブリンが二体乗っていて、操作方法を教えていたようだ。


 本来、マッパは鍛冶が担当だ。

 自分は本業に専念するため、鉄の馬車を操作する者は、別に育成するつもりなのだろう。


 とはいえ、言葉も使えないのに本当に伝わってるのだろうか……


 マッパは俺に気が付くと、手招きしてさっさと乗れと促す。


 俺とフーレはこれはありがたいと、迷わず鉄の馬車に乗った。


 すると、俺たちを乗せて馬車は入り口に向かっていく。

 ゴブリンたちは取っ手などを引いていて、マッパはただそれを見守っているのを見ると、ちゃんと操作方法は伝わってるらしい。

 

「はあ、腹減ったな……」


 自然と、俺の口からそんな言葉が出ていた。


 そういえば、シザークラブがやってくる前までは、完全に夕食を食べる頭でいた。

 だが、それも貴重な食糧を確保するためには、仕方のなかったことだ。


 それに腹が減っているのは、俺たちだけではない。

 俺や採掘慣れした者たちが冷凍庫を拡げる一方、エレヴァンたちはシザークラブを海から地上に引き揚げていた。

 リエナやバリスは、まだ覚えたての氷属性の魔法でシザークラブを凍らせるなど、皆が頑張ってくれたのだ。


 腹が減ってるのは俺だけじゃない……隣で腹をぐうっと鳴らしているやつもいるし。


「い、いやあ、本当に腹減ったね」


 恥ずかしそうにフーレは自分の腹を押さえている。

 いや、そんな頬を染めなくても……ゴブリンも俺たち王国人と同じように、なんとなく恥ずかしいという感覚があるのだろう。


「ああ……でも、もう少しでシザークラブをやまほど食べられるぞ」


 そうだ、シザークラブは王国の貴族が好んで食す高級食材。

 俺も一口ぐらいは食べたが、それはもう絶品だった。


 あの時は焼かれたものを食べたな……

 今回も炎魔法で焼けばいいだろう。


「……うん? なんだこの匂いは?」


 俺がシザークラブの味を想像していると、鼻にその味を凝縮したような香りが届いた。


 こんなに美味しそうな匂いだったか……?

 いや、腹が減ってるから、余計にそう感じるのかもしれない。


 とにかく、なんでも良いから食べたい。そんなことを思っているうちに、ゴブリンの操る鉄の馬車は地上まで戻ってきた。


 そんな俺の前に飛び込んできたのは、巨大な鍋で煮られているシザークラブの大きな脚。

 だが、さすがにこれでは大きすぎて食べられない……と思ったら皆別途小さな鍋に切り刻まれたシザークラブの肉を食べているようだ。 


「……ただ焼くだけじゃなくて、こんな食べ方もあるのか」

「あ、ヒール様! それに、フーレ! おかえりなさい!」

 

 小さな鍋を持つリエナが俺に気が付いたようだ。

 

 俺はこちらに向かってくるリエナに応える。


「ただいま、リエナ。凍らせるだけじゃなく、まさかこんな料理を作ってくれてるなんてな……疲れてないか?」

「いえいえ! ヒール様のほうこそお疲れでしょうし……それにこんなに良い食材が手に入ったのですから、私としては料理しないわけにはいきません!」


 リエナはまるで女神のように、優しく微笑む。

 ああ、リエナを見ていると疲れが吹き飛ぶな……

 

「ちょうど、皆の分を作り終えたところです! ヒール様たちも食べましょう!」


 シザークラブを回収した後は、先に休息するよう命じていたので、すでに食事を食べ終えた者たちも見える。


「おう、そうしよう! もう腹ペコでな……」


 俺が腹を鳴らしながらそう答えると、リエナはふふっと笑った。


 そして焚火に鍋を置き、俺たちに座るよう促した。

 すると、リエナは小さな器に鍋からシザークラブの肉などをよそう。

 シザークラブだけではなくて、魚や貝などの類も一緒に煮られていたようだ。


 茹でたカニ、というよりはスープの類なのだろうか。

 香ばしい焼いたカニを期待していたが、とても体が冷えている今、むしろこちらのほうがありがたい。


 そういえば、エレヴァンたちはどうしているのだろうか?


 見回すと、一部手を大きく広げて寝そべっている者たちが。


 ……アシュトンもハイネスも、カミュも酔いつぶれているな。ちなみにケイブスパイダーのタランも。

 カニを食べながらワインを飲んだのだろうが、樽一つをまるまる空けてしまうとは。

 皆幸せそうな顔で眠っているのを見るに、カニもワインもさぞかし美味しかったのだろうな。


 エレヴァンたちを見ている間にも、リエナは魚介のスープを盛った小さな器とスプーンを、俺とフーレ、そしてマッパに差し出す。

 どこからともなく、コボルトの赤ちゃんリルも現れ、俺の隣に座った。


「さ、皆さま、どうぞ召し上がってください!」

「ああ。それじゃ遠慮なく頂くとしよう。って、あ……」


 スープを持つ右手はじんわりと温まってきているのだが、左手のほうは感覚がなくスプーンを地上に落としてしまった。

 拾おうとするも、小刻みに震えて上手く掴めない。


「ちょ、大丈夫、ヒール様?」

「ああ、大丈夫だ。ちょっと温まるまで待つよ……俺は気にせず、フーレも食べてくれ。フーレも早く体を温めたほうが良い」

「……うん。それじゃお先にいただきます」


 フーレはそう言ってスープを口にする。


「……っ! 美味しい! やっぱり姫のカニ鍋だ!」


 顔を明るくするフーレに、リエナは笑って応える。


「ふふ。ありがとう、フーレ。でも、シザークラブと世界樹の葉がなかったら、こんなにおいしくはできなかったでしょう」

「腕がいいからだとは思うけど……でも、確かに川で取れた小さなカニとは比べ物にならないぐらい、美味しい!」


 フーレはそう言って、次々とカニ鍋という名のスープを食べていく。

 

 ああ、美味しそう……まあ、俺もこのまま器に口をつけて飲めばいいか。


 俺がそんなことを思っていると、リエナがスープを代わりにも持って、一口分をスプーンですくった。


「はい、ヒール様。お口開けてください」

「え? い、いや、リエナ、悪いよ」

「そんなこと言わずに! 温かいうちに召し上がってほしいですし!」 

「あ……ありがとう」


 リエナの強い要請に、俺はそう言って折れた。


 誰かに食事を食べさせてもらうのはまるで小さな子供みたいで恥ずかしい。

 しかも、こんな綺麗な子に、まさか食事を食べさせてもらえるのだから……


 とはいえ、腹は減っている。

 俺はリエナの、「はい、あーん」という声に、俺は素直に口を開く。


 きっと外から見た俺の顔は、鼻の下が伸びているだろうな……あ……


 俺の口にゆっくりと運ばれるカニ。

 口を閉じた瞬間、カニがとろけるのが分かった。

 それが魚介の風味が溶け込んだ汁と共に、喉の奥へと流れていく。


 なんだこれは……これは料理なのか……?


 今まで王宮で食べてきた物がすべて過去になった気がする……


 俺がしばし感動のあまり硬直していると、リエナは心配そうに俺を見つめた。


「も、申し訳ございません、ヒール様! お気に召しませんでした?」


 俺はゆっくりと、首を横に振る。

 

「リエナ……お前はきっと神様の生まれ変わりだろう……じゃなきゃ、こんなもの作れるわけない」

「ヒール様? そりゃ、さすがにいくらなんでも大げさでしょ」


 フーレは小さく笑ってそう言った。

 俺の言葉を冗談と思ったのだろう。

 が、大げさなんかではない。


 そしてリエナも、体をプルプルと震わせ、涙を浮かべた。


「そ、そんな……まさか、そんなに褒めていただけるなんて! ……ああ、嬉しい! ヒール様、私幸せです!!」

「ああ、リエナ! 俺も今、とっても幸せだ!」


 リエナはすぐにもう一口掬って俺に差し出す。


「……ヒール様っ!」

「リエナ!」


 それを俺はすぐにパクリと食いついた。


 フーレは俺とリエナに少し困惑気味であったが、俺はこの日腹いっぱいになるまでカニ鍋を頬張るのであった。

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