四十三話 赤い波が押し寄せてました!!
「ち、血の波?」
フーレは停まった鉄の馬車から降りて、目をぱちくりとさせた。
赤くうねる波に、俺も同様に我が目を疑う。
そしてそれが、無数の赤い個体で構成されていることを知ると、思わず体が震えてしまった。
赤い波の正体は……真っ赤なカニのような生き物が集まったものだったのだ。
「いや……カニ?!」
フーレも赤い波の正体が生物の集合体であることを理解したらしい。
「カニはカニでも、あれは……」
「確か、シザークラブだっけ?」
フーレの声に、俺はうんと頷いた。
まだ遠いので大きさが分かりづらいが、ここからでも分かるほどの巨大な腕は、どう見ても普通のカニのそれではない。
それなりの魔力を蓄えていることからも、あれは魔物の一種シザークラブだろう。
シザークラブは巨大な腕に大木を両断する鋭利なハサミを持つ、強力な魔物だ。
胴体自体は人のものとそう変わらないが、八本の脚が実際の大きさ以上の威圧感を感じさせる。
彼らは王国の沿岸に上陸しては、家畜や農産物を食い荒らすことで知られていた。
同じように王国から害獣扱いされるキラーバードと違うのは、海岸や河川沿いの水際の村しか襲わないことだろうか。
だがそれにもかかわらず、シザークラブはキラーバード以上に王国人から恐れられていた。
というのは、シザークラブの体は鉄のような殻で覆われており、魔法以外の攻撃が通りにくいのだ。
しかも、シザークラブ自体が、相手を麻痺させるような雷属性の魔法を使える。
城壁のない漁村などでは、このシザークラブ一体に村民全員が殺されたなんて事例もあるほどだ。
「確かあれ、ゴブリンも食うんだよね……」
「ああ。人間も食べるし、基本はなんでも食べるって話だ」
島に上陸させたが最後、住民は洞窟に逃げられるにしても畑は全滅だろう。
なんとしても、追い払わなければならないが……
俺とフーレは、バリスたちのほうへ走って向かう。
だが、既にバリスたちが水際で、シザークラブを迎撃しようとしてるのが見えた。
バリスの他にはリエナ、カミュ、エレヴァン、アシュトンやハイネスの姿も見える。
弓矢を持ったゴブリンやコボルト、オークたちが整列し、ゴーレムも数体待機しているようだ。
弓矢はともかくとして、基本シザークラブ自体は魔法に弱い。
バリス、リエナ、カミュは魔法を使えるので、倒すのには苦労しないだろう。
早速、俺以外では一番の魔法の使い手であるリエナが、炎属性の魔法をシザークラブの集団に向け放った。
それに続き、バリスとカミュ、ゴーレムも炎の魔法を放つ。
薙ぎ払われるようにシザークラブは吹き飛んでいった。
しかし、すぐさま後方のシザークラブが穴を埋めるようにやってきた。
それを見たエレヴァンは、弓兵隊に攻撃を開始させる。
普通の弓矢はあまり効いていないようだが、マッパの作ったクロスボウはシザークラブの殻を軽々と撃ちぬいていた。
皆、少しもひるむことなく戦ってくれているようだ。
特にクリスタルで膨大な魔力を手に入れたリエナの魔法はすさまじく、シザークラブを次々と葬っていく。
そこに魔法が使えるようになったフーレも加わると、見る見るうちにシザークラブは数を減らしていくのであった。
俺はというと、今回は皆に魔力を供与したり、シールドで敵の雷魔法を防いだりして支援役に徹する。
やがて動くシザークラブが見えなくなると、自然と歓声が沸き起こった。
俺もそんな中、リエナたちを讃えるように歩み寄った。
「皆、良く対処してくれたな。見事だ」
そう言うと、リエナたちは皆嬉しそうな顔をした。
「もったいないお言葉です、ヒール様! ですが、ヒール様のお力がなければ……」
リエナの声に、バリスとカミュも頷く。
「ええ。先程の魔力……ヒール殿がくださったのでしょう。あれがなければ、上陸を許していたはずです」
「そうよ。とてもじゃないけど、あたいたちの魔力だけじゃ倒しきれなかったわ」
どうやら魔力を供給していたことは、ばれていたらしい。
いや、隠すつもりは別になかったが……
「いや、皆が魔法をちゃんと勉強してなきゃ倒せてなかったことだし。魔法を使えない者たちもよくやってくれた」
俺はエレヴァンやアシュトンたちも称えながら、島に打ち寄せられたシザークラブの死骸を見る。
「……しかし、どうしてまたこんなに大量に?」
シザークラブが海からやってくることは分かっている。
確か、産卵のための栄養をつけるため、食糧を求め沿岸やら川岸へとやってくるだとか。
だが、リヴァイアサンに続いて、このシザークラブの異常な大群……
偶然なのだろうか?
「神様かなんかが、遣わしてくれたんじゃないですかね? ともかくこりゃ大漁ですぜ!! さ、お前ら! 引き揚げるぞ!」
エレヴァンが皆に、海に浮かぶシザークラブの引き上げを命じている。
確かに、食糧が増えたのは単純に嬉しい。
シザークラブの身は絶品と聞く。
また、その堅い殻や鋭利なはさみは、道具や武具の材料にもなった。
「ああ。こうしちゃられないな。腐る前に、冷凍庫に入れるぞ!」
俺はひとまず、皆とシザークラブを回収していくのであった。