四十二話 トロッコができました!!
ワインの倉庫を発見した翌日。
俺は今日も一日、採掘に精を出していた。
外ではもう夕方という時間、俺は今日の成果を、他にも採掘していた者たちに現物を見せたりして報告する。
「そして最後は……今日、大量に採れたこいつだ!」
俺は手の平……厳密に言えばインベントリから、透明に輝く小石を次々と放出していく。
山のように積まれるその石……ダイヤモンド×80を見て、フーレが声を上げた。
「ダイヤ! 私、こんな沢山のダイヤ、初めて見たかも!」
フーレは、ダイヤモンドの原石の山を両手で掬う。
ゴブリンやコボルト、オークも目を輝かせている。
どうやらダイヤ自体を初めて見る者も少なくないようだ。
俺も実際、ここまで大量かつ大粒のダイヤモンドは初めて目にした。
原石ではあるが、加工しても手に余るほどの大きさだ。
父であるサンファレス国王の王笏の先っぽについたダイヤモンドが、きっと小さく見えるはず。
大陸でこれだけのダイヤを持ってれば、爵位も領地も思うがままに手に入れられるだろう。
そもそもダイヤモンドなどありふれたもの、となってしまうかもしれない。
とはいえ、こういった宝石は加工者によって美しさが引き立てられるものだ。
誰か宝石職人でもいればいいのだが……とりあえずはマッパに加工を任せてみるか。
また、これを売るにしても、売れる場所に運ぶ船がまだできてない。
カミュがコボルトの乗ってきた小さな船を色々と改装しているようだが、いつ外洋に出られるようになるかの見通しは立っていないのだ。
「いやあ、すごいなあ……ルビーとサファイアが採れなくなったと思ったら、今度はダイヤモンドなんて」
まじまじとダイヤモンドを見つめるフーレに、俺は頷く。
「随分と奥まで掘ったしなあ。また掘れる物が違う場所に出たんだろう」
俺は心なしか今までより白っぽくなってる洞窟の壁面を見てそう言った。
石灰などもよく掘れるようになっている。
「それじゃ、ダイヤモンド以外の物も眠ってるかもね! よし、まだまだ頑張るぞ……って、そうだった」
フーレはまだ掘るぞ、と言いたかったのだろう。
フーレを含めここにいる者たちは、このシェオールにおいても採掘慣れしている。
もっと言えば、俺のように三度の飯より採掘が好きな者たちだ。
その気持ちは俺も痛いほど分かる……が、三度の飯は大事だ。
皆健康でいてほしいし、夜間の採掘は基本的に禁止している。
フーレはコホンと咳払いし、こう言い直した。
「……それじゃ、明日も皆頑張ろう!」
フーレが片手を天井に向かって突き出すと、周りの者たちもおうと応じる。
そんな彼らに同調するように、俺の手も小さく天井に向かっていた。
こうして一種の終礼が終わり、俺たちは後片づけの後、洞窟の出口を目指し歩くのだが……
「やっぱり長いな……」
採掘が進むにつれ、地上までの距離も長くなってきた。
ここから、あと二十数分というところだろうか?
フーレたちは村から水を汲むのにそれよりもっと掛かっていたと、特に苦でもないと言っていた。
しかし、俺は王宮育ちだからか少し辛く感じる……
少しの我慢は必要だ。
だが、このままだと片道一時間掛かるようになる日も遠くない。
さすがにフーレたちですら辛く感じるようになるだろう。
何か良い移動手段があると良いのだが……
例えば、昨日ワイン倉庫で手に入れた転移石が二個以上あれば、地上との行き来も楽になるはず。
でも、転移石はあの部屋に一個しかなかった。
転移石が掘れればな……
そんなことを考えていると、俺の腹がぐうっと音を立てる。
というより、腹減ったな。
リエナは今日、何を作ってくれてるだろうか?
「今日の飯、何かな……うん?」
何やら洞窟の途中で、魔物たちが集まっているのが見えた。
近づくと、注目を集めているのはまたもマッパだ。
得意げな顔のマッパの後ろにあるのは、鉄でできた箱のようなものに車輪が四つついたもの。
それに隣り合うのは煙突がついたような謎の鉄の箱で、これにも車輪が付いている。
どちらも俺の腰ほどの高さで、上から見ると穴がすっぽりと開いた形になっていた。
そしてこの謎の物体の下には、鉄の延べ棒のような物が二本、平行に洞窟の出口の方に伸びているようだが……これが何であるのかは、全く分からない。
「……なんだ? またマッパの奴、なんか作ったのか?」
首を傾げていると、マッパが俺に気が付き、さっさと来いと手招きする。
どうやら、作ったものを早速俺に見せびらかしたいようだ。
……なんだか不安だな。
そう思うのは、マッパの突飛な行動のせいだろうか。
もちろん、作る物はその印象に反して、だいたいしっかりしてるのだが……
俺が近づくとマッパは仰々しく一礼して、鉄の箱から出た取っ手を握った。
すると、鉄の箱の側面を扉のように開く。
もしかして、馬車のようなものなのだろうか?
車輪もついているし、中には人が二人座れるような段差もある。
でも、馬やロバがいるわけでもないし……
困惑する俺だが、マッパは座れと言わんばかりに頷くだけだ。
「それじゃあ……失礼」
「あ、私も!」
俺が腰かけると、隣にフーレが座った。
他にスライムのシエルや、コボルトの赤ちゃんリルも乗り込む。
それを見たマッパは、俺たちの乗る鉄の箱の扉を閉めた。
そして煙突の付いた鉄の箱に乗り込み、何やらがちゃがちゃ弄り始めた。
すると……
「うおっ!?」
急にこの鉄の箱が動き出した。
やはり、これは馬車の類だったらしい。
俺たちの乗る鉄の箱は、煙突から煙を吐く隣の箱に牽かれている。
驚きの声を上げる魔物たちを背に、鉄の馬車はどんどんと加速していく。
どうやら、床に敷かれた平行な二本の金属の線に沿って進んでいるようだ。
どういう原理かは分からないが、マッパの奴またもややってくれたな……
これなら地上まで、誰の苦労を掛けることもなく戻れるというわけだ。
しかも、随分と速い。
それこそ馬が牽いているんじゃないかという速さだ。
「すごっ! あの人真っ裸だけど、作るものはぶっ飛んでるなあ」
フーレは興奮気味にそう言った。
リルやシエルも面白いのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「確かに……マッパはやっぱすごいな……でも、何かこれ……」
先程から、速度が落ちる気配がないのだ。
馬車はおろか、普通に馬に乗ってるような速度……いや、それすらも凌駕する速さになっていく。
歩ける通路と、この鉄の馬車が通る道の間には鉄の柵で区切られており、歩行者を撥ね飛ばすことはなさそうだが……
また、天井をよく見ると、この前温泉を汲み上げるために造られた管とよく似たものが張り巡らせられていた。
どうやら煙突から出た煙は、この管に定間隔で設けられた穴に吸われているようだ。
つまり、この馬車は色々とよく考えられて作られている……のは間違いないだろうが、この速度ははっきり言って異常だ。
俺はたまらず、前方の箱に乗るマッパに言った。
「お、おい、これやばいんじゃ……って、壁が!」
ものすごい速度で進んでいく俺たちの前に、曲がり角が見えたのだ。
二本の線も角に沿ってゆるやかに曲がっているようだが、この速度ではとても曲がり切れるとは思えない。
俺はすぐさま皆の体を守るため、バリアーを周囲に展開した。
と同時に、マッパに「前、前!」と注意を促す。
しかし、鉄の馬車はスピードを維持したまま、曲がり角を華麗にカーブしてみせた。
そればかりか、次々と曲がり角を曲がっていく。
「うわああああ!」
あまりの速さと急カーブに、俺は思わず声を上げる。
だが、フーレやリルたちは楽しそうに絶叫しながら手を上げていた。
一分もしない間に、鉄の馬車は出口へ続く坂道を登り始める。
さすがに坂道は速度が落ちるようだが、ここまで来ればもう一分ほどで地上に帰れるだろう。
「ああ……怖かった……」
俺の口からはそんな言葉が自然と零れた。
だが、フーレのほうは上機嫌な顔で呟く。
「ああ、面白かったあ! 今度はこの坂道下りたら気持ちよさそう!」
リルも同様に、嬉しそうな表情だ。
とても同意はできないが……とにかく便利であることは確かだな。
まあ、慣れるまでは大変そうだけど……うぷっ……
吐き気を抑えていると、坂道を猛スピードで駆け下りる者が見えた。
全身がミスリルでできたゴーレム……十五号だ。
鈴を鳴らしているということは緊急事態であるのは、間違いない。
「どうした? 何か地上であったのか?」
隣を進んでいく俺に、十五号は頷く。
また何かがこの島にやってきたようだ。
「そうか……俺たちはこのまま地上に向かうから、他の者たちにも伝えてやってくれ」
十五号は俺の声にびしっと敬礼すると、すぐにまた鈴を鳴らして駆け下りていった。
フーレは先程とは打って変わって、真面目な顔で呟く。
「……何が来たんだろう?」
「ああ、なんだろうな……ん? これは……っ?!」
俺は地上に近づくにつれ、海のほうに魔力の反応があることに気が付いた。
ただの魔力の反応ではない。
海を埋め尽くすほどの魔力反応だ。
それもリヴァイアサンどころの大きさではない。
まるで、海そのものが魔力となって押し寄せてくるような規模なのだ。
いったい何が来たというのだろうか?
リヴァイアサンを倒すのもやっとだったのだ。
それよりも強い奴なんて、とてもじゃないが倒せる気がしない。
というより、こんな大きな生物がこの世界に存在するなんて……
鉄の馬車が地上に到着すると、海から押し寄せる赤い波が俺の目に映るのであった。