四十話 ワイナリーを掘り当てました!!
朝、俺はリルと一緒に洞窟を掘っていた。
リルの前で、その体躯より大きな岩ががしゃんと崩れる。
「おお、もうそんなに掘れるようになったのか!」
俺の声に、リルは上機嫌な顔で飛び跳ねる。
俺が掘り方を教えて一日、リルはもう一人で立派に採掘できるまでになっていた。
とはいえ砕けた岩が飛んできては危ないので、常にスライムが数体周辺にいて身を守ってくれている。
「もう一人で掘らせても大丈夫そうだが……いや、しばらくは一緒に掘っていこうか」
昨晩、リエナからは、リルはまだ小さいから目を離さないようにと言われた。
リルは人間の赤ちゃんがするような予想外の行動はしないが、しばらくはちゃんと見てやる必要が有るだろう。
なので、俺はリルをちょこちょこ見ながら、採掘していく。
ペースは落ちるが、現状何かを急ぐ必要もないので、ゆっくり掘り進めていけばいい。
そんな時、俺の腹の音が鳴った。
……今日の昼ごはん、何かなあー。
宮廷のご飯を特別美味しいと思ったことはない。
むしろ、周囲の兄弟の視線のせいか、楽しめなかった。
しかし、今はそんな兄弟たちを気にする必要もなく、皆との食事は楽しい時間だ。
何よりリエナの料理が美味しいこともあって、更に至福の時間となっている。
さっき朝食を食べたばかりなのにすぐに腹が減るのは、体がリエナのつくる料理を求めてるからだろうか。
確かに食料の種類は少ないが、リエナの料理はそれほどまでに美味しいのだ。
だが、この島に来たときの魚も取れるか分からない状態と比べれば、遥かに恵まれた状況だよな……
現状、困っていることもないし……
「……いやあ、平和、平和!!」
俺がそんなことを呟くと、急に目の前が眩しくなった。
崩れた岩が自動回収されていくのと同時に、金色の壁が現れたのだ。
「……ん?」
もしやこれは……金?
もはや、金銀ぐらいでは驚かないが、ここまでの大きさとなるとインゴットいくつ分になるかも分からない。
今見えている部分でも全てが金なら、王国全土の金塊を集めたよりも多いんじゃなかろうか。
しかし、何故こんなところに?
どう見たって、人工的に作られた金色の壁だ。
もしかしたら、またゴーレムがいて……微弱だが魔力反応がいくつかあるな。
「……とりあえず掘ってみるか」
俺は近くにいたミスリルゴーレムの十五号を手招きする。
ゴーレムが攻撃してきた場合、俺やリル、スライムを守ってもらうためだ。
もちろん、俺もシールド魔法を皆の周辺に展開しておく。
「よし……十五号、頼むぞ」
十五号がびしっと敬礼するのを見てから、俺はピッケルを振ることにした。
すると、俺の目の前の金色の壁は崩れ、急に明るい場所に出る。
とっさのことなので、俺は思わず目を瞑り腕で光を遮った。
そしてゆっくり、恐る恐る目を開くと……
「……な、なんだここ?」
壁の中は外と見紛うほど、明るかった。
明るい原因は、壁や天井で光る石……輝石のおかげだろうか。
その光を反射させるのは、ピカピカの金色の床や壁。
右側には、同じように金色の金属でできた棚に、所狭しと主に金色の樽のようなものが並んでいる。
そして左側には、マッパが作ったような金属製の管が張り巡らされており、大きなガラス瓶のようなものがいくつも置かれていた。
一番奥の壁にはガラスがはめ込まれているようで、その中は紫色の液体で満たされていた。
俺は恐る恐る、この空間に入る。
「シエル。誰かスライムに頼んで、上の連中にここを調査するって伝えさせてくれるか?」
するとシエルは、スライムの一体に身振りで何かを伝える。
それを見たスライムの一体は、ぴょんぴょんと上へ向かっていくのであった。
「それじゃあ、調べてみるか。リル、おいで」
腰を落として手を差し出すと、リルは頷いて、俺の肩にぴょんと飛び乗った。
俺は立ち上がって、十五号やシエルらスライムとここを調べ始めた。
まず微弱な魔力の反応は、どうやら管が張り巡らされた壁付近の台にあったようだ。
台の上には、複数の取っ手や丸い突起、ガラスの向こうに埋め込まれた水車のようなものが見える。
……なんだこれ?
昔、どっかの異国の王族がサンファレス王国の宮殿に来たとき、あやしげな台を俺に見せたことがあった。
それは錬金術という、魔法とは異なる術のために用いられるらしいが……
確か、その時はボタンとかいう突起を押して、植物を合成していたな。
でも、あれはちっちゃなガラス瓶しかついてなかった。
この周囲には、人が丸々はいるほどのガラス瓶がいくつもあるのだ。
大量に薬でも作れるのか? というか、この形……
俺の手は不思議と、小さな突起に向かっていた。
なんというか……これ、とても押したくなる形をしているのだ。
だが、押すなよと誰かに言われている気がして、俺は思わず手を引っ込めた。
大量にある突起もそうだが、それに負けないぐらいたくさんある取っ手も気になる。
しかし、何か一つに触れれば、何かとんでもないことになる気がした。
「……今はやめとこう」
俺は首を振って、ひとまずここを離れ、他の場所を見ることにする。
「しかし、なんの液体なんだろうな?」
俺は奥のガラスの向こうの赤紫色の液体を見て、そう言った。
毒々しくも思えるが、なんだかワインのような色にも思える。
そして部屋中に、不思議とブドウの香りがするような気がした。
だが、香りがするのはガラスの向こうというよりは、やたら綺麗な棚の樽からか。
金色の樽には口が付いており、俺もよく知るワイン樽そのものだ。
一口舐めてみれば分かるだろうが……うん?
棚と棚の間で、不自然に岩が落ちている。
おおよそ人型の形をしたその中央には、俺もよく知る偽心石が見えた。
つまり、これはもともとドールだったものか。
しかし、岩と偽心石の他には、気になる物は無かった。
よく見ると、少し遠くにも同じようなドールの残骸が。
「ここも長く放置されていたみたいだな」
俺としても、もっとドール……ゴーレムを作れれば有難い。
防衛力向上にもなるし、色々と運搬にも役立ってくれるからだ。
ということで、これは回収しつつ……
俺が偽心石を回収していると、肩に乗っていたリルが俺の耳にちょんちょんと触れた。
「どうした、リル? って……あれは」
リルの視線の先にあったのは、右奥にある棚に置かれた四角いガラス瓶だった。
そしてその中身に、俺は思わず目を疑った。
ガラスの中には、綺麗な渋紫のブドウが見えたのだ。
どうやら水のような透明な液体に浸かっているようで、他にも赤や黄色など色の違うブドウがあった。
そしてそのガラス瓶の前には、種のようなものが入った小さなガラス瓶が。
俺はこの時、ここが恐らくワインの保管庫か何かだと判断した。
「おお、これはまた見たこともないような、場所ですな」
声の方向に振り返ると、そこにはバリスがいた。
あとは白い翼を生やした天使……に見える、元オークのカミュがいる。
「あら、あたいこういうゴージャスな部屋って、すごく好き!」
「バリス、カミュ。来てくれたか」
俺の声にバリスが頷く。
「ええ。しかし、これまた奇妙な遺跡……いや、遺跡と呼んでいいのでしょうか?」
「遺跡というには、小綺麗すぎるよな……でも、生きている奴はいないみたいだ」
本当にと言わんばかりに、あたりをきょろきょろと見渡すバリスとカミュ。
確かに、生き物はいないと言われても信じられない、管理された綺麗さだ。
しばらくすると、バリスやカミュの後ろの方にも、ゴブリンやオークの姿が見えた。
どうやら、続々と皆やってきたのだろう。
そんな時、カミュは何かに気付いたようで、はっとした顔をした。
「……この匂い、もしかしたらワイン?!」
「おお、カミュもそう感じるか?」
「もちろん! あたい、ワイン大好きだもん! これは上物の匂いよ!」
「そっか。酒は詳しくないが……多分、樽の中にワインが入ってるんじゃないかって……」
「きっとそうね! ……ワァインッ! ああ、なんて良い響きなの! 早速、味見しましょ!」
カミュは巻き舌でワインと連呼して、棚の近くにこれ見よがしに置かれていた金色の杯を手にする。
「待て待て。まあ、魔力の類はないようだが……一応、俺が魔法で毒がないか見てみるよ」
俺は、逸るカミュから杯をもらう。
「あら……ヒール様、やっぱやさしいー!」
以前のカミュの顔で言われたら、ちょっと不気味に思ったかもしれない。
しかし、今のカミュの顔は、王国中の男貴族がこぞって求婚するような顔だ。
不覚にも、俺は恥ずかしくなる。
照れてるでしょ、などと俺をおちょくるカミュ。
だが、俺はそんなことよりも、あることに気が付いた。
……本来こういうのって、俺の役目じゃない気がするんだよな。
いや、やりたくないってわけじゃなくて、なんだか落ち着かないというか。
いつもはもうそこら辺にいて何かやらかしている、”あいつ”がいないのだ。
というか、”あいつ”はどうした?
こんな場所なんだ。もうそこら辺にいてもおかしくないだろ?
まあ、鍛冶を教えるので大変なのかもしれないが……
俺は杯を手に、樽の栓を抜こうとした。
しかしその時……
「きゃああああああっ!!!」
リエナの悲鳴が入り口の方で響く。
「リエナっ?!」
俺はバリスたちと一緒に、すぐに悲鳴の方向に向かった。
すると、リエナが真っ青な顔をして、壁にはめ込まれたガラスの向こうを見ていた。
リエナだけじゃない。
この場にいるゴブリンやオーク、コボルト、ケイブスパイダー……誰もが同じような顔をして、ガラスの方へ目を向けている。
俺も、ガラスの向こうの紫色の液体に視線を移した。
すると……
「……ま……マッパ?」
そこには大きく口を開き、白目を剥いたマッパが力なく漂っていたのであった。
「……ま、まま、ま! マッパぁあああああっ!!!」
俺の悲鳴が、この金色の部屋に響くのであった。